マンモグラフィー

 医療というのは性別が非常に関わるものだと思う。別にこんなところでジェンダーがどうたら言うつもりはないが、女性特有、男性特有の病気があることは誰も否めないだろう。


 女性特有の検査といえばマンモグラフィーである。めちゃくちゃ痛いことで評判のアレである。医学の進歩がもうちょっと早くならないかな、と女性の皆さんが切に思うやつ。想像がつかない人は二の腕の肉を万力でプレスされるのをイメージして欲しい。そういう痛さを伴う検査である。


 さて、検査後にお医者さんがそれをみて「このあたりに石灰化がありますね」とマーキングをしたいことがある。しかし撮影した画像に書いてもわかりにくいので、「シェーマ」と呼ばれる臓器や身体の部位を簡略化した絵に情報を書き込む。


 その絵を作ってくれと依頼されることがよくある。どうも男性だと描きにくいらしい。別に誰が描いたっていいと思うし、男性のほうが上手く描けるのではないかと思わなくもないが、断る理由もないので引き受ける。


 マンモに限っていえば、最低四枚必要だ。MLOとCCを左右一枚ずつの計四枚。横から見たのと上から見たのと二パターン必要なのだと考えてくれれば良い。

 それをペンタブとかソフトとかを使って描くのだが、描いた後に微調整を依頼されることもある。「もう少し大きく」「ここに線を入れて欲しい」「文字がもう少し小さくならないか」など、一つ一つは大したことのない修正だが、積もり積もると面倒になってくる。


 ある日、先輩が私の作ったシェーマを持ってきて、笑顔で言った。

「これを全体的に大きくして線を細くして文字を入れて欲しいんだけど、ちゃちゃっとやってくれる?」

 何かを作ってくれる人に対して一番言ってはいけない言葉の第一位は「ちゃちゃっと作っちゃって」である(当社調べ)。そんな簡単に出来るならお前がやれ、と言いたくなる。

 私は豪快な溜息をつくと、ペンタブを出しながら言った。


「そんなすぐに出来るわけ無いでしょう。私が毎年どれだけのおっぱいを描いてると思うんですか。年に四十枚は下りません。そりゃ、そんだけ描いてればおっぱい描くのも慣れてきますよ。でもおっぱい一つ描くにも労力がかかるんです。カーブとか大きさとか角度とか。先輩が描いたらどうですか、おっぱい」

「何か怒ってるのは伝わったから、普通に乳房にゅうぼうって言おうよ……」


 駄目だ。伝わらない。

 先輩にとって私の描く乳房など落書きがちょっと進化したものに過ぎないのだ。こんなに頑張って描いているのに。


 悲しい気持ちになりながら、頼まれた通りのシェーマを描いて、それを先輩の使用しているパソコンのデスクトップに並べておいた。

 今年、既に作っていた四十枚のシェーマと一緒に。


「デスクトップにおっぱい並べておきましたから、それ使って下さい」

「だから乳房……」


 数秒後に先輩の悲鳴が上がった。私だってちょっとは誇りを持っているのである。

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