午前三時

 え、このタイミングで?

 と思いながらも逆らう気力も気概もないことは良くある。別に私が向上心のない馬鹿だからではない。夜の二時を超えると、なんか色々どうでもよくなるのだ。


 雪のちらつく夜、病院の中は寒かった。患者もいないのだから当たり前だ。

 この病院に私が来たのは二日前。明日というか今日は新しいシステムに切り替わる。

 なのに、二日前に来た私が見たのは初期状態のサーバだった。


 なんっもしてない。

 お前、ちょっと直前の調整だけしてくれ言ってたけど、なんっもしてないじゃねぇか。


 と、プロマネを睨みつけたが空虚な笑みが返ってきただけだった。

 一日でサーバの設定やら、アプリケーションのインストールやらをして、帰ったのが午前二時。


 その次の日は旧サーバから新サーバにデータを移し替えるという絶妙に面倒な作業。しかも途中でプロマネに別システムの作業も振られ、帰ったのが午前二時半。


 明けて今日(昨日?)は、とっくに午前二時を迎えているのに帰れる気配がない。

 端末を設置に行った人は、もう一時間くらい行方不明だ。探そうにも探す時間が無い。

 途中で営業が夜食を持ってきたが、まさかのフレンチトーストだった。口の中の水分を全部持っていかれた。おにぎり持ってこいよ。

 今日から動くはずのシステムは、現在進行形でコーディング中。さっき致命的バグが見つかったらしい。

 唯一まともに動いているのは我々の心臓くらいだった。でもちょっと動悸が激しい。


 でも動かないと無理だ。診察開始まであと五時間しかない。

 回れ、回れ、深夜の病院。

 薄暗い通り越して暗闇を這い回り、設置された端末を片っ端から起動して設定を行う。本当はネットワークで全部やってしまいたかった。でも端末設置担当が消えた今、LANケーブルが刺さってない端末には何も出来ない。

 そもそも私は設置系ではない。だが元から稼働メンバが五人しかいない状況でそんなこと言っていられない。端末が置かれなければ、私が念仏唱えながら作ったサーバは役立たずのただの鉄の箱になってしまう。

 五十台の端末を設定して回りながら、溜息を何度か吐く。もはや限界が近い。溜息一つに割く体力もない。喉奥から古のモンスターみたいな音が漏れる。

 それでも何とか立ち上がり、暗い診察室から暗い廊下へ出た時、誰かに呼び止められた。


 緑色の非常灯の下に、別システムの担当者が死んだ顔で立っていた。

 作業場所は全然違うはずなのに珍しいな、と思っていると反対側からプロマネが他のメンバを引き連れてやってきた。

 何だ? 戦争か? 私はキノコ派。


 やがてプロマネが険しい顔で口を開く。


「クライアントアプリケーションを入れ替える」

「はい?」


 どうやら誰も知らない隠れ機能が古いアプリケーションに入っていて、それがないと通信が出来ないらしい。

 今から作らせようにも元のソースや仕様がわからないので、兎に角入れ替えようというわけだ。


 しかしそこで私はあることに気付く。

 今回、端末を新しいものにしている。つまりOSを変えている。そのOSで古いアプリケーションは動かない。

 嘘ですよね? ちょっとしたプロマネジョークですよね?


「設置した端末を元に戻す」


 ジョークじゃなかった。

 何で今なんだ。昨日くらいに気付いていればこんなことにはならなかったのに。

 嘆いても仕方ない。文句を言うより先にすべきは、端末の撤去だ。


 全員が陰鬱をまとい、それぞれ駆け出す。

 夜明けまであと少し。明日は見えない。

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