火を借りる

 空港のターミナル外の喫煙室で、上司を見つけた。

 ライター貸して下さい、と言ったら無言で使い捨てライターを放られた。別に上司が無愛想な訳では無い。携帯で留守電を聞いている最中だったからだ。

 暫くしてそれを終えた上司は面倒そうに言った。


「飛行機乗ってると電話掛かってくるんだよな。さっき降りたから電源入れたら、着歴溜まってた」

「あぁ、よくありますよね。私、もう切っちゃいました」

「お前、今から何処行くんだ」

「青森。上司は何処から帰ってきたんですか」

「熊本」

「へぇー。そういえば、一ヶ月ぶりですね」


 直属の上司と一ヶ月くらい会わないと思ったら、こんなところで再会するとは思わなかった。別に申し合わせたわけでもなければ、互いの動向も把握していない。

 こういうことも、そんなに珍しくない。

 単独行動が過ぎて、会社からは「あいつら連絡ないけど、どうせ出張だろ」と雑に括られる始末である。


 空港ターミナルでは様々な出会いが、みたいなキャッチコピーが翻る下で、私が出会うのは上司か先輩くらいである。

 あとは例の如く、道に迷った人。


 まるでオフィスにいるかのように上司と仕事の会話をして、出張精算日の確認をして、そして昼休憩から戻るかの如くお互いに別の方向へ向かう。

 一部始終を見ていた他人が怪訝そうな顔をしていたのは気のせいではない。


 ライターを返し忘れたので、ちゃんと二週間後に別の空港で返しておいた。

 直属の上司から火を借りるのに、こんなに苦労するのは私ぐらいではないだろうか。

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