翼よあれが憔悴だ

 飛行機は好きだ。羽が動いているのが可愛い。

 外の景色なんてどうせ雲と空と他の飛行機だけだから、羽の横の席をよく選ぶ。あれを見ていれば一時間くらいは暇を潰せる。


 飛行機に何度も乗っていると、変なこともよく起きる。

 流石に事故ったことはないが、乗る予定だった飛行機が機材故障で乗れなくなったことなら何度かある。

 その場合は優先的に振替便に載せてもらえるのだが、ある時の席は最悪だった。

 真冬に入る前の、新千歳から羽田行きの帰りの便だった。


 まず、ジャンボ機の中央席だった。通路か窓際の席を皆好むものだと思う。私もそうだ。

 しかし振替便だから致し方ない。それは我慢しよう。

 だが、修学旅行生のど真ん中に入れられたことは受け入れ難い。

 これ絶対、欠席した生徒の席だ。楽しみにしてたのに病気や怪我でもしたのか、あるいはイジメでも受けて来たくなかったのかは知らないが、とにかく前後左右は修学旅行生である。

 高校生達が嬉々とはしゃぐ中で、私だけが浮いている。

 恐らく普段は制服で、修学旅行だから私服と小物でお洒落をしたのだろう、背伸びをした可愛らしい少年少女に混じり、スーツ姿の私は必死に気配を殺す。

 私の頭の上を飛び交う、旅の思い出とお土産のお菓子。偶に向けられる「誰こいつ?」といったものを全て無視して、行きの飛行機で全て読み終わった本に視線を注ぐ。でももう内容は覚えてしまった。読んでも読んでも集中出来ない。

 こんなことなら『中世騎士物語』とか『柳田國男論文集』とか持ってくれば良かった。簡単な本なんか選んだのが運の尽き。


 いいなぁ、皆楽しそうだ。預けたキャリーバッグなんてきっと大きくて、そこに不慣れな感じで数泊分の衣類とお土産が詰め込まれてるんだろう。

 二泊程度なら手荷物で済んでしまう私とは違う。彼らが動く度に踏みしめる床の上で、私のビジネスバッグはくったりとその形を崩して、前の座席の下に押し込められていた。


 楽しそうな若者たちに囲まれて、私はお通夜のように目を伏せる。羽田まではまだ遠い。

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