業務必需品

 スーツは安物のパンツスーツを買う。

 金がないから、スカートが嫌いだから、というのも理由の一つにはめり込んでいるが、それより大きな理由がある。

 現地作業の際に、我々はスーツ姿のまま端末の設置やサーバの調整を行う。複雑に絡んだコードや、その下に積もった埃を除去する時に、片足で踏ん張って作業をすることも多い。スカートだとそれが難しい。床に四つん這いになることも当たり前なので、高いスーツは躊躇われる。


 皆そんな感じなので、スーツでテーブルや床の下に潜り込むことに抵抗がない。

 そして、その躊躇いのなさを利用して、「作業場所」として与えられた倉庫を快適な状態にしようと、皆で大移動や清掃を始めることも多い。


 ある時与えられた部屋は、長いこと使っていない会議室だった。パソコンどころか電源タップも引けない状態なのを見て、マネージャー(アラフォー)が動き出した。

 積み上げられた廃材やダンボールに手をかけながら、サブマネ(アラサー)の方を振り返り、多分キメ顔で言った。


「俺が今からここをすげぇ綺麗にしてやるから見てろよ」

「本当ですか」

「おう。こういうのはな、男らしくざっくりと片付けるのが………ひゃああああ」


 男らしくない悲鳴が聞こえた。

 いつもの頼もしさはどこへやら、マネージャーは自分が除けたダンボールの奥を見ている。そしておもむろに視線を逸らすと、人差し指でそちらを指さした。


「ゴキブリ……」


 まぁ、お約束である。彼らはエブリデイエブリタイム我々と一緒。

 リアクションや指さすまでの時間から考えて、死んでいるようだ。

 ならいいじゃないか、と言いかけた時にマネージャーがサブマネを見た。


「取って」

「俺ぇ!?」


 普段、一人称を「僕」と言っている人の素が出た。本当は「俺」なんだ。へぇ。

 そんなことを考えていると、サブマネは溜息を吐きながらゴキブリをティッシュで包み、それをマネージャーに差し出した。

 更に情けない悲鳴を上げながらマネージャーは逃げ出したが、その途端に履いていたパンツが破ける音がした。


 こういうこともあるので、パンツスーツだろうとスカートだろうと、ソーイングセットは常に持っておくべきである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る