誰がために

 偶に凄い新人が来る。

 忘れ物が多いから「付箋を使え」と指示したら、買ってきただけでずっと鞄の中にしまっていたり、それらもあって指導をしていたら話の途中で「足が痺れたんで、もういいですか?」と言い出したハッピーライフメーカーは、三年目で「この会社は僕を活かしきれていない」と言って辞めた。


 本名でやっていたブログに「指導が悪いくせに足が痺れるまで説教!ブラック会社!」と書いているのを見たが、ブラック会社なのは本当だとして、前半は君が取引先に資料を忘れることを繰り返したからだと言いたい。


 まぁこの新人は自分の会社の人間だし、別部署だったから別にいい。

問題は他社の新人(この業種初めてな旧人も含む)である。


 他社の人間を怒るというのはリスキーなことである。自分の会社の人間を怒るのだって多少のためらいはある。


 世の中、他社の人間でも分け隔てなく説教する人もいるが、そういう人は元々責任のある立場であり、その行動の後始末を自分で出来る人だ。私のような「出世しないで責任を上に押し付けて生きていきてぇ~」と思っている奴は、そういうことをしてはならない。

 それでもどうしてもキレてしまったことがある。


 一年ほど、ずっと同じチームで複数案件を扱っていたことがあった。このチームについてもいずれ記載したい。

 そこにAさんという、私と同い年で他社の人がいた。社会人歴は同じだが、この業務では私の方が上である。


 彼はとても不思議な人だった。何を言われても元気よく「出来ます!」と言うのに、蓋を開ければ進捗ゼロなのである。

 どうやら会社の指導で「出来ないと言わない」というのがあったらしい。うん、それは多分意味合いが違う。


 そんな彼、悪気は一切ないし頑張り屋なのが厄介なところで、マネージャーも怒るに怒れなくて放置気味だった。


 ある案件で、彼が通信テストを任された。私は別の作業をしていたが、急に開発部から電話が鳴った。


「Aさんがアプリケーションが動かないと言うんですが、説明が要領を得ません」


 それは済まない。でも私のせいではない。

 仕方ないので、彼からテストを引き取って作業を継続した。勿論自分が元からやっていた作業も同時進行である。


 テストをしながら一人床の上(基本的に我々は床の上で仕事をしている)で悩んでいると、廊下の先からAさんが何やら右手を動かしながらやってきた。

 そして私のそばまで来ると、右手に持った名刺を振りながら言った。


「これ、名刺が増える手品なんですけど知ってます?」


 何呑気に手品の練習してるんだ。

 誰の仕事やってると思ってるんだ。


 そんなことを思わず怒鳴った記憶がある。それを聞きつけてやってきたマネージャーには軽く窘められたが、私の気持ちは分かってくれたので良しとする。

 別に仕事が出来なくてもいいから、神経を逆撫でしたりしないで欲しい。それが私のささやかな願いである。


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