最終話 入れ替える

6月24日 09:45 〔大広間〕

【バーサス議論】テイシVSコロ Continue!


 僕の手に握られているのは皆の思いが込められた証拠だ。ウツミの事件、牢屋への襲撃、シラベの事件。そのすべてを繋ぐ鍵が、この証拠には込められている。


「今回の一連の犯行、そこに仕掛けられたトリックを暴くカギはだったんです」


 僕はこの悪趣味で、凄惨な悪夢を終わらせるべくある人物へ向け口を開いた。


「入れ替わりですか? 一体何のことでしょう」


 マモルの落ち着いた口調。僕はその問いかけに答える。


「今回の一連の犯行はクビにより様々なトリックが仕掛けられていました。シラベとヨイトの死体の入れ替え。シラベを利用したクビとの誤認。ウツミさんの事件でいえば呼び出し状に使われた手帳の紙のすり替えが。僕らは苦しみながらもいくつものトリックを暴いてきた。すべては真の犯人であるクビを追い詰めるために」


 ですが、と。僕の言葉は声量を増す。


「僕たちはクビを特定するために一番重要な入れ替わりを見逃していたんです。今までの議論でも上がったある可能性、それを裏付ける決定的な証拠はすでに僕らの手に握られていた」


「ふっ。テイシ、今までさんざん議論を尽くしてきたんだ。ここに来て新たな可能性だと?」


 カタメから反論が飛ぶ。確かに僕は今までその証拠を見逃してきていた。何度もはずなのに、僕は見抜けなかったんだ。


「テイシ。もったい付けずに出してみるんだな。お前の言う決定的証拠というやつを」


 ポケットに忍ばせた右手に触れる固い質感。突き付けるんだ! シラベが、ウツミが、死んでいった者たちが遺してくれた決定的な証拠を。


「僕たちが見逃していたもう一つの入れ替わり。それを示す証拠が、これです!」


 僕はポケットから手を引き抜くとそこに握られたを皆の前に掲げる!







――ザザッ


『……シラベさん。話って何かしら』




「こ、これって」


「テイシ、それは」


 場から上がる声。僕はそれらの声を手で制し、皆へ清聴を促す。




『ははは。そう警戒なさらずに。何も、私はあなたを取って食おうというわけじゃないんですから。ただ、この監禁生活の中に、あなたという犯罪者の存在が紛れている。そこに首謀者の意図を感じ取りまして。ならば、あなたなら首謀者に心当たりがあるのではないか、そう見当をつけたわけです』


『……私が犯罪者、ですか。何か証拠でも?』


『あれ、証拠が必要ですか? あなた、麻薬の渡し手ですよね? 以前、ある男の信用調査の際にその男が麻薬を摂取していたんですよ。その時、男に麻薬を渡していたのがあなただった』


『……論より証拠。証拠がないのなら、この話は終わり……今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい』


――ブチッ




 流れた音声。それは僕の握る【テープレコーダー】が発したものだった。


「テイシ、もう質問していいよね? 今のは、なんなの。それって、ウツミさんとシラベさんの密会の音声が納められたものだよね」


 首をかしげるマコ。周囲を見回すと他の皆も疑問の表情を浮かべている。ウツミとシラベの密会が議題に上がったのはウツミの事件の時だ。どうしていまさらその証拠を。皆はそう思っているのだろうか。


「ああ。確かにこれはシラベさんの残してくれた証拠だ。そしてこれがクビの正体を示す重要な手掛かりなんだ」


「手がかり? 確かにウツミさんの過去が録られたそれは重要な証拠だよ? でも、シラベさんもウツミさんも死んじゃってるんだよ。その音声がクビを示す証拠になるってどういうことなの?」


「僕らが見逃していたもう一つの入れ替わり。マコ、君ならわかるはずだよ。この音声に込められたもう一つの意味を」


 僕が押すのはテープレコーダーの巻き戻しボタンだ。少しだけテープを巻き戻した僕は、もう一度再生ボタンを押す。




『……論より証拠。証拠がないのなら、この話は終わり……今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい』




 流れてきたのはシラベから逃げようと話を終えるウツミの声だ。そう、も聞いたウツミの声。


「て、テイシ。これ、もしかして」


「ああ。僕らはしっかりと耳にしていたんだよ。クビが残した唯一の決定的なヒントを」


 僕は大きく息を吸い込む。ウツミの声が、シラベの残したテープレコーダーが指し示すクビの正体。僕は人差し指を立てると、その人物に向け突き立てる。









「コロさん、テープレコーダーの音声。あなたなら心当たりがありますよね?」



 突き付けた人差し指の先。そこに立つ人物は変わらずおびえた表情でこちらを見つめている。


「え、ええ!? いったい何のことですか? ぼ、僕は何も知りませんよ」


「ウツミさんが殺害される前、あなたは牢屋の見張り中ウツミさんとともにトイレに立っています。トイレから戻ってきたとき、二人は顔を伏せており一人が一人を担でいる状態だった。僕たちはウツミさんの声を聞いて、ウツミさんがコロさんを担いで戻ってきたのだと思った。でも! その言葉は、これだったんだ!」


 僕が示すのはテープレコーダーだ。僕は再び再生ボタンを押し込む。



『今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい』



 静寂。音声を聞いた者は誰も言葉を発しようとはしなかった。感じた決着に僕は今回起きたすべての凶行、その元凶である茶池コロへ向け口を開く。


「ウツミさんが言ったと思われた言葉。それはテープレコーダーに録音された音声でした。つまりあの時、戻ってきたのはウツミさんではなく、このテープレコーダーを使いウツミさんに成りすました、コロさん。あなたです!」


 テープレコーダーがウツミの事件前に何者かによって奪われていたことをシラベは証言していた。ウツミはコロと同じぐらいの大柄。さらにはあの時ヨイトによりコーヒーをこぼされたために着替えを持たないウツミはコロに服を借り、ウツミとコロは同じ服装をしていたのだ。二人ともフードを目深にかぶっていたため、僕らはコロとウツミの入れ替わりに気付くことができなかったのだ。


「ぼ、僕がクビだと、テイシさんは本当にお思いですか?」


「はい。トイレに向かった際、ウツミさんが眠らされていたのだとすればコロさんのアリバイは崩れます。キッチンに向かい十分に罠を仕掛ける時間はありますし、牢屋への襲撃に使われた赤いコートを用意することもできます」


「ど、どうして僕なんですか! 臆病な僕が人を殺すはずがないでしょう」


「投票用紙のすり替え、ウツミさんとの入れ替わり、首なし死体の交換に、シラベさんを利用したクビへの偽装。コロさん、この全てが行えるのはあなただけなんです」


「そ、そんな。僕は、ぼ、僕は。僕はやっていない……」


 僕の言葉に顔を伏せたコロから返ってくるのはただ罪を否定する言葉だけ。僕はおびえるコロを糾弾する。


「ウツミさんとの入れ替わりはコロさん自身が仕掛けたものだ。それを可能にするにはウツミさんを眠らせなければならない。首輪の破壊防止機能を使えるのは暴力行為を禁止されていないクビだけ。つまりクビはコロさんでしかありえないんだ」


 弾けるように僕から噴き出す赤い感情。ウツミを、ヨイトを、シラベを死なせてしまった罪悪感が、コロへの怒りが、事件の解決という希望が僕の血管内を駆け巡る。




「ぼ、僕は知らない。僕はやってない! テイシさん、信じてください。皆さん、ぼ、僕は無実です。僕はやってない。やってないんだ……って、これじゃあヨイトさんの二番煎じですよね。僕って、お約束は好きだけど、マンネリは嫌いなんです」


 僕の言葉を受け、コロは顔を上げる。生気を感じさせない青白い顔に浮かぶのは今にも泣きだしそうなひどくやつれた表情だった。

 コロの言葉を受け、大広間の視線は全てコロへと向かう。


「コロさん。そ、それじゃあ」


「フフフ。ああ、み、認めますよ。この館にみんなを呼んだのも、罠を仕掛けウツミさんを殺したのも、斧を持ってテイシさん達を襲ったのも、クビに見せかけ霊安室へ逃げ込ませたシラベの首を切り落としたのも、全部。ぜ、全部クビである僕の仕業だって! フフフ、フフフフフ」


 あげる笑い声とは裏腹にコロの表情はどんどん、酷く、醜くゆがんでいく。体を抱きかかえるように組んだ腕が、内また気味に体を支える足が、大きく細かく震えている。



【バーサス議論】テイシVSコロ Complete!


 

「コロさんがクビ? 何であなたが。どうしてこんなことを!」


「あれ? ま、まずは投票をしませんか。ぼ、僕は臆病なんですよ。せっかく僕が用意した舞台なんです。あ、あとは僕自身が裁かれて終わりなんです。こ、ここまで来て失敗なんて嫌ですからね」


『あひゃひゃ。コロ君が自白したようでありますな。それでは貴様ら方、さっさとクビだと思う者に投票をするのでありますよ!』


「なっ!? おい、コロさん、ぬいぐるみ! 何言ってるんだよ! 本当に、コロさん、死ぬ気なのか?」


 コロにぬいぐるみ。まるで自分の命を捨てることが決定事項であると、なんでもないことであると考えているような言い草に僕は思わず口をはさんでしまう。コロがクビだとしたらコロの死が僕らの解放につながるはずだ。だけど、いくら僕らをこんな状況に追いやった元凶だからと言って、その死を許容などできるはずもない。



「な、何を言っているんですか? テイシさん。ぼ、僕がクビなんですよ。死なないとこの舞台の幕は降りないんですよ。カーテンコールがお望みなら僕の処刑後にしてくれませんか」


『あひゃひゃ。コロ君はさすがにぶっ飛んでるでありますな。でも、その通りでありますよ。悪役と仲直りしてハッピーエンドなんて許されるのはドラマの中だけなのであります。罪には罰を! どうしようもない悪は散り際でこそ一番に輝くのであります!』


「コロさん、何を言ってるんだ」


「こ、これが僕の描いた脚本のラストだってだけですよ。ぼ、僕のは、僕が死んで完結するんです。だから見ていてください、テイシさん。あなたが引導を渡した僕の死を」


 成り立たない会話。コロへ向けて放つ言葉はすべてが届くことなく通り過ぎていく。戸惑う僕の前でコロは軽く微笑むと、僕らの名前の書かれた投票ボタンへと手を伸ばした。


「コロさん、いったいなんでなんですか。何事にもおびえていたあなたがどうしてこんなことをしたんです」


「ククク。ぼ、僕にはそれ以上に怖いことがあった。それだけですよ」


 僕の心の中の疑問符は解消されないままに、コロは再び口を閉ざしてしまう。伏せられた顔に僕が再び質問をぶつけようとする、が。


『あひゃひゃ。貴様ら方、クビは自白しているのでありますよ? これ以上投票を引き延ばすと遅延行為として処罰の対象になるのであります!』


「はあ? てめえ、そりゃ。卑怯だろうが」


「誘導されているのは好かんが、もうこれ以上議論の余地はない、か。ちっ。無駄に命を散らすな。投票するぞ」


 ぬいぐるみの言葉に大広間の人間は投票装置のボタンへ指を掛ける。


「テイシ! 今はとにかく投票しよ」


「あ、ああ。わかった」


 強いマコの口調。僕は一瞬だけ違和感を覚えるが、マコの言葉にうなずく。ゲームが終われば僕たちは解放される。コロがクビだというのは間違いないんだ。ならば今は大人しくルールに従うしかない。


 『茶池コロ』と書かれたボタンを、僕は押しこむ。

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