第二十九話後編 切り替える②

6月24日 09:35〔大広間〕

【バーサス議論】テイシVSコロ Start!




「テイシさん。ぼ、僕は臆病なんですよ」


 皆が見守る中、僕とコロは相対する。自信なさげに俯くコロの口から放たれるのは、けれどもどこか強い意思を感じられる言葉だった。


「し、シラベさんの事件の前に起こった牢屋への襲撃。その時クビは赤いコートを羽織ってテイシさん達の前に現れましたよね? 赤いコートは、れ、霊安室にしかありませんが、僕は臆病だから霊安室にはシラベさんの事件調査の時まで近づいていないんです。つ、つまり僕にコートを手に入れる機会はありませんでした。これでは赤いコートを着て牢屋を襲撃することなんて叶いません」


 コロの主張。確かにコロは死体を極度に怖がり、死体運搬の時も、ウツミの事件調査の時も霊安室には近づいていない。


「ですが、今回の議論で霊安室には隠し通路があることが分かりました。皆の目を盗んで霊安室に入ることは可能だったはずです」


「か、隠し通路ですか? 残念ながら僕には不可能ですよ。ぼ、僕は臆病なんです。クビに殺されるかもしれないこの状況で僕は一度も単独行動をとっていません。唯一皆から離れたのはシラベさん殺害時にクビから眠らされたときでしょうか。ですが、それは牢屋への襲撃の後。皆の目を盗み霊安室に忍び込むなど不可能なんです」


 おびえた表情で自身の無実を語るコロ。確かにウツミの事件の際のアリバイは確認されているし、その後は基本的に皆で行動していた……いや、でもあの時なら?


「牢屋への襲撃の直前、その時ならどうでしょう。コロさん、シラベさんが大部屋で休憩しその外ではカタメさん、デンシさん、ジンケンさんが見張りを行っていた。けれどもカタメさんがジンケンさんを連れトイレ併設の浴槽へ向かったことで見張りはデンシさん一人に。デンシさんもクビにより眠らされていた。霊安室の鍵はマモルさんが管理していましたが霊安室へは隠し通路を使えば侵入可能です」


「て、テイシさんはどうしても僕をクビに仕立て上げたいのですか? で、ですが、それも不可能ですよ。僕がいた大部屋から霊安室や談話室へ向かうにはその間にあるトイレの前を通らなければなりません。ですが、その時トイレの前にはジンケンさんが居たんですよね。じ、ジンケンさん、霊安室の方向へ向かう私の姿を見ましたか?」


「はあ? ……! ああ。見たぜ、コロ。てめえが霊安室へと向かい歩いていくのをよ!」


 ジンケンの言葉。けれどもそれを聞いた僕たちはジンケンへと冷たい視線を送る。


「な、なんだよ!? みんなして。俺が嘘をついているとでもいうのかよ!」


「……ジンケン。犬でももう少しましな嘘を考えそうなものだがな。お前はすでに誰も廊下を通る人物は見なかったと証言しているだろ。自身が疑われているときにもコロが目の前を通ったと証言していないのに、それをいまさら覆したところで俺達が信じるとでも思ったのか?」


「うっ、くそが。確かに俺はあの時誰も見ちゃいねえよ」


 カタメに糾弾されたジンケンが押し黙る。だとするとコロの主張は正しいということになるのだろうか、いや。


「コロさん。確かにジンケンさんはトイレの前で中のカタメさんを見張っていました。ですが、その時ジンケンさんは途中で眠ってしまったと証言しています。ならばその隙にコロさんは霊安室へ向かうことが可能なはずです」


「……仮に僕がクビだとしてそんな危ない橋を渡ると思いますか? じ、ジンケンさんは寝ていたと言いますが、ジンケンさんが眠ってしまったのはたまたまですよね。そしていつ起きるかもわからない状況だった。そんな状態で、しかも霊安室から戻ってくる僕の姿を目撃されれば、僕はクビと断定されてしまう」


 コロの声色にいら立ちが乗る。確かに赤いコートを手に入れるためだけにクビがそんな危険を冒すだろうか。


「それなら、首輪の破壊防止機能を使ってジンケンさんを眠らせていたんじゃ」


「それはあり得ませんよ。じ、ジンケンさんは牢屋への襲撃があった際にはすでに目を覚ましていました。す、睡眠薬の効果は1時間以上継続する。仮に僕がジンケンさんを眠らせたのだとしたらジンケンさんは牢屋での襲撃が起きた際に眠っていなければならないはずです」


 僕が見つけた論理のほころびは、暴いたそばからコロにより修復されていく。コロのこの自信。やはりコロはクビではないのだろうか。

 他にコロが霊安室に入ることができたタイミングは……。


 言葉を止めた僕に降り注ぐのは周囲からの冷めた目線だ。僕は皆の視線から逃れるために顔を俯ける。


「て、テイシさん。ぼ、僕はクビなんかじゃありませんよ。ウツミさんの事件ではアリバイがありますし、牢屋への襲撃では赤いコートの入手が不可能なんです。た、確かにシラベさんの殺害に関してはアリバイがありませんがそれはジンケンさんも同じことです。僕はクビじゃない。テイシさん、信じてください」


 コロの悲痛な叫びは大広間を揺らす。


「テイシ。コロさんは本当にクビなのかな」


「テイシ。どうやらお前は、ありもしない可能性とやらに取りつかれているようだな。いい加減現実を見たらどうだ。現時点で最も怪しいのはジンケンだ。無理にコロを疑う必要はない」


「なあ!? 俺はクビじゃねえっつってんだろ! そんなことをいやあよお。俺だってウツミ殺しの時にはアリバイがあるんだ」


 大広間には喧騒が広がっていく。現状シラベ殺しが可能とされているのはコロとジンケンだ。だが、その二人にはウツミ殺しの際にはアリバイがあり犯行は不可能とされている。

 ウツミ殺しの際、ジンケンは大広間で皆と行動していた。コロは一度トイレに行くため席を立っているがその際にはウツミが付き添っていた。


「ぼ、僕には赤いコートを持ち出すことも、ウツミさんを殺す罠を仕掛けることもできなかったんです。テイシさんならわかってくれますよね。僕はクビじゃありません」


「俺だって違えよ。なあ、テイシ。さっき隠し通路を見つけた時見たいによお、俺の無実を証明してくれよ!」




 二人の主張。現状彼らがクビであるという決定的な証拠は示されていない。

 事件の焦点は一つ。ジンケン、コロのどちらに一人になることができる時間があったのかどうかだ。

 ここまで来たんだ。疑問を残したままどちらかをクビとして断ずることなどできない。皆が納得する形で決着をつけるんだ。

 僕は頭をフル回転させ証拠を、記憶を、たどっていく。


「コロさん。例えば、コートは冷凍庫の中にもありましたよね。血のりを使えば霊安室に入らなくても赤いコートを用意できたのではないでしょうか」


「つ、使い終わった後のコートはどうするんですか? 冷凍庫には緑のコートが5着全てかかっていました。まさかまた緑の染料で染め直したとは言わないですよね」


「うっ、確かに。なら、やっぱりウツミさんとトイレに行った時です。ウツミさんの事件の前、牢屋に二人が戻ってきた時、僕らはウツミさんの声を聞きました。けれど二人とも顔を伏せていたため僕たちは二人の顔は確認していません。なら声さえ偽れれば実際はコロさんがウツミさんを担いできたのだとしても僕たちに起きていたのはウツミさんだと誤認させられます」


「? ということは、僕がウツミさんの声真似をしたということですか? そ、そんなめちゃくちゃな」


「……ならジンケンさん。ウツミさんが殺される前、一人でどこかへ行ったということは」


「そんなもんあるわけねえだろ! 俺は夕食の後からウツミが殺されるまで大広間から外に出ていねえよ」


「な、なら」


「テイシ! ちょっと待ってよ!」


 隣から飛ぶ強い静止の声。マコは僕の腕に手を当て……目には涙をためていた。


「マコ……」


「それじゃあただいたずらに人を疑っているだけじゃない! 少し落ち着いて。きっと何か、隠されていることがあるんだよ! 真実を追求するのは大事なことだけど、それでみんなが、なによりテイシ自身が傷つくのなんて見ていられないよ」


「でも、それでも僕らは前に進まなきゃならないんだ。全員が無事でここを脱出する。そのためにもクビの正体を暴くまで僕らは止まっちゃいけないんだ」


「テイシ、なんか怖いよ。人が変わっちゃったみたい」


「……」


 人が変わったよう? 僕はマコの言葉に内心舌打ちする。だって仕方がないだろ。皆の命がかかっているんだ。ここで無理をしなければ嘘だろ! ……だから、マコ。そんな顔をしないでくれよ。僕はみんなを、マコを守るためにこそ動くことができるんだ。それをマコに否定されてしまったら、僕は。

 心が急速に冷えていくのが分かる。クビに食らいついているという実感が、皆を守るという決意が、真実を必ず突き止めるという情熱が急速に僕の心から抜け落ちていくのだ。

 今僕は、皆を守るために戦っていたはずだ。それなのに、僕はまた……


「マコ……僕は、また暴走していたのか」


 熱が冷めた心に残るのは、後悔の念だ。クビを突き止めることだけにとらわれて僕は周りの人のことなど考えずに、言葉をたたきつけ、傷つけてしまっていた。


「……うん。前に進むテイシのその姿勢はテイシのいいところだよ。みんなを守ろうとするその思い、それが私を救ったんだから。でもね、守るための剣を向ける先を間違えたらいけないよ。テイシはすごい人なんだから、それぐらいの事分かるよね」


「でも、今は皆で生き残るために」


「うん。もちろん一番大事なのはみんなの命だよ。だけど、前にも言ったよね。それを一人で抱え込む必要はないんだよ。テイシは一人じゃない。だから、もっと私たちのことも頼ってよ」


 マコの言葉に僕は返す言葉を持たない。

 はあ。僕は本当につくづく成長しないなあ。ははは。また、マコを怖がらせちゃうなんて。人が変わったようってそんなの僕が一番わかっているよ。感情が高ぶれば自分を見失ってしまう。守るためにふるっていた言葉が誰かを傷つけてしまう。

 だから僕は一人で戦ってはダメなんだ。守るんじゃなく皆で一緒に戦う。僕は一人じゃないんだ。僕はマコから力を受け取る。


「人が変わったよう、か。ありがとう、マコ。気づかせてくれて……事件の真相がわかったよ」


「それじゃあ」


「ああ。今回のクビの犯行。そのすべてを今、明らかにするよ」


 僕はポケットの中に忍ばせるあるものを握りしめる。皆の思いが詰まったこの証拠で、この最悪の惨劇に終止符を打つんだ。

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