第二十九話前編 切り替える①

6月24日 09:22 〔大広間〕


 談話室から逃げ去った赤いコートの人物。それが今回の被害者である桃道シラベだったのではないか。僕の示した突拍子もない可能性に場は騒然となる。


「テイシ、冗談もいい加減にするんだな。お前はシラベがクビと繋がっていたとでもいうつもりか?」


「まさか。きっとシラベさんはクビに嵌められたんです。シラベさんもジンケンさんやコロさんと同じく睡眠薬で眠らされていた、僕はそう考えています」


 話している間にも徐々に僕の中で理論が組みあがっていく。元からそこにあったかのように今まで集めてきた証拠の数々がパズルを崩した様を逆再生した時のごとくあるべき場所へと収まっていく。そして、だとしたらクビの正体は……僕は自身の背を走る冷感に体を震わせる。本当にあの人が?

 僕は迷いを振り払い目の前に現れた論理の道を進む。


「僕らに事件を報せた防犯ブザーはロッカーの中から見つかりました。シラベさんはロッカーの中で眠らされていたのではないでしょうか。目を覚ましたシラベさんは当然そこから出ようとし、その際に扉に引っ掛けられていた防犯ブザーからひもが抜け音が鳴った」


「ぼ、防犯ブザーが鳴ったのはクビが仕掛けた罠だった? で、でもシラベさんはテイシさん達を見ても逃げ出すように霊安室に駆け込んでいったんですよね。く、クビに襲われていたのなら普通助けを求めると思うのですが」


 コロの疑問。僕はそれに首を横に振って返す。


「シラベさんの格好を思い出してください。シラベさんは牢屋への襲撃の際にクビが纏っていたものと同じ衣装を着ていた。これは寝ている間にクビが着せたものでしょう。ロッカーの前には全身が映るほどの大きな鏡が置かれていましたよね。ロッカーから出たシラベさんが見たのはクビの格好をした自身の姿と、床に横たわる首の無い死体。シラベさんはパニックに陥ったでしょうね。さらには鳴り響く防犯ブザーにより談話室にはすぐに誰かが駆け付ける状態でした」


「ロ、ロッカーから出たシラベさんは鏡に映る自分の姿を見て、自身がクビだと思われるのを恐れて、逃げ出した?」


「はい。シラベさんは談話室を立ち去る際、防犯ブザーを止めています。少しでも自身が見つかる可能性を減らしたかったからでしょう。談話室から出たシラベさんは僕たちと鉢合わせ、慌てて霊安室へと逃げ込み鍵をかけたんです」


「? でもよお、そりゃあ違和感がねえか。なんでシラベは霊安室に向かったんだ。そんなことをしたら逃げ場がなくなっちまう」


 ジンケンは首をかしげて問いかけてくる。


「忘れたんですか、ジンケンさん。霊安室には焼却炉からつながる隠し通路があったんです。そしてその存在を知っていたのはクビと、シラベさんだけ」


「なっ!? つまりシラベは隠し通路を通って逃げようと考えたのか!?」


「はい。皆が霊安室に集まっているうちに隠し通路から逃げ出す算段だったんでしょう。隠し通路の存在を知っているのはクビと自身だけ。クビが他の参加者に隠し通路のことを話せばその人物がクビだと発覚してしまう。ですが、シラベさんがそう考えるまでがクビの計画だった。コートと仮面を外したシラベさんは隠し通路に向かい、そして焼却炉の中で通路を反対から通ってきたクビに殺されてしまった」


「まさか、そんなことが」


「クビがこれだけのことを仕込んだっていうのかよ」


「ぜぜぜ、全部クビによる計画的犯行だったんですか!?」


 急流の議論。解き明かされていくシラベの行動の謎に、皆が緊張の面持ちを浮かべる。シラベを襲った悲劇。けれどもそれに反論の声が上がる。


「テイシさん、それはさすがに都合がよすぎませんか? 確かにシラベさんが霊安室に逃げ込んだ理由は納得できるものです。ですが、シラベさんが必ず霊安室に向かうとは限りませんよね? 仮にシラベさんがやってきたテイシさん達に事の真相を正直に伝えていたのならそれだけで計画は破綻してしまう」


 マモルの疑問。だが、それは問題じゃないんだ。


「クビはそれでもよかったのではないでしょうか。シラベさんが正直に話していれば殺人の準備をしていたクビとしてシラベさんは疑われ、シラベさんの言い分が認められたとしても、アリバイの無いジンケンさんに疑いが向く」


「……テイシ、その言い草。まるでクビはジンケン以外にいると言っているように聞こえるが」


「はい。クビがこれだけの仕掛けを施している以上、アリバイの無いジンケンさんがクビだとは考えづらいのです」


 僕はカタメに向けて断言する。見つけた可能性。そしてそれが真実なのだとすればクビは、あの人だ。


「テイシ、そこまで言うのなら見当がついているのだろうな。今まで姿を隠し続け俺達参加者の身の安全を脅かし続けてきたクビ。その正体が誰なのか」


カタメの問いかけに大広間中の視線が僕に向かう。


「はい。今回の事件。シラベさんが殺されたのはシラベさんが霊安室に逃げ込んでから、僕たちが霊安室に突入するまでの間です。そしてその間にアリバイがない人物はジンケンさんと、そしてもう一人」


 皆の注意が一身に僕へと向けられるのが分かる。いよいよだ。僕は緊張で乾いたのどを動かしその名前を告げる。









「談話室から逃げ出す赤いコートの人物。僕たちはその姿を追い、霊安室へと向かいました。鍵のかかった霊安室の扉、いつ危険が飛び出してくるかわからない状況。そんななか、僕とマコは扉の前に残り、コロさん。あなたは他の参加者を呼びに大広間に向かいましたよね」


「え、ええ。そ、その通りですよ? ど、どうしたんですか、テイシさん? か、顔が怖いです」


 僕は静かにコロへと体を向ける。おびえるコロの声に、けれども僕はしっかりとコロを見据える。

 僕の目に映るのは伏し目がちにこちらを見つめるコロの姿だ。大げさに体を震わせるコロはとても人を殺せるような人物には見えなかった。でも。

 仮に違ったのなら後で謝ろう。そして皆で生きてここを出るんだ。そのためにも僕は考えうるすべての可能性を言葉に乗せて仲間たちへと突き付けるんだ。僕は震える自身の手をしっかりと握りこんだ。


「コロさん。あなたが霊安室を出てから皆が駆け付けるまで5分以上の時間がかかりましたよね。霊安室から大広場まで30秒もあれば行けるでしょう」


「え、ええ? ええええええ! も、もしかして、テイシさんは僕を疑っているのですか!? ぼ、僕はやっていませんよ!?」


「そうだよ、テイシ。コロさんが皆を呼びに私達と離れていたのは少しの間だよ?」


「ああ。だけどコロさんのアリバイには5分以上の空白がある。それは事実だ」


 僕は淡々と、事実を告げるように宣言する。クビはコロだという僕の糾弾に場は凍り付く。

 コロ自身はもちろん、疑われていたジンケンや、隣にいるマコでさえその言葉には疑いと、戸惑いの色が浮かんでいる。


「コロさん。あなたは皆を呼びに行くと言って霊安室を出ました。実はその時、隠し通路を通って霊安室に向かったのではないですか? 霊安室でシラベさんを殺し、偽装工作を済ませた後何食わぬ顔で皆を呼びに行った」


「ぼぼぼ、僕はそんなことしていませんよ! 本当です! 第一、それを言うならジンケンさんだって同じことができるでしょう」


「ええ。ですが、ジンケンさんであれば偽装工作の意味がなくなる。わざわざ自分が疑われるように仕向ける人間は居ません」


「……て、テイシさん、それは理由になっていませんよ。その理屈では今疑われている僕もクビではなくなります」


 一瞬、コロの周りの空気が凍ったような幻覚を覚える。コロは冷静に自身の無実を訴える。


「た、たしかに僕はシラベさん殺しの犯行が可能だった。それは認めます。で、でもテイシさん達が襲われた牢屋への襲撃。そ、それは僕には不可能です!」


「それはどういうことでしょうか」


 果たしてコロはクビであるのか。審議を問う議論が幕を開ける。

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