第二十八話 挿げ替える

6月24日 09:02 〔大広間〕

【議題:アナウンスが鳴らなかった理由】


 死体発見時、シラベは生きていたのではないか。僕の示した可能性に場は混乱を極めていた。


「テイシさん、一体それはどういうことでしょう。説明を願えますか」


 マモルの声とともに皆の疑心を孕んだ視線が僕へと注ぐ。ここで下手なことを言えば場は更なる混乱に包まれるだろう。慎重に、けれどもしっかりと自身の考えを伝えるんだ。

 僕は自身のたどり着いた可能性を皆へと伝えていく。


「僕とマコ、コロの三人は最初首の無い死体を談話室で発見しました。そして逃げるクビを追い霊安室へと向かった。ですが、その時点でシラベさんはまだ生きていたんではないでしょうか。おそらく霊安室の中で眠らされていたのでしょう。そして、クビはシラベを殺した。これなら意識のある参加者が同じ部屋にいるというアナウンスを回避する条件を満たせます」


「霊安室、ですか? ですがあそこにはシラベさんが殺された痕、具体的に言うならば血の飛んだ形跡は見受けられませんでしたよ」


「焼却炉の中ならどうでしょう? あの中で殺したなら衣類を焼却した際に血の跡は煤となって消えてしまいます」


※「……テイシさん、それなら談話室で死んでいた遺体。あれは誰だったんですか? 今回の被害者がシラベさんしか居ない以上あの死体はシラベさんとしか考えられないのでは」


 疑問を口にするマモルに僕は首を横に振る。霊安室で僕らが見つけた物。シラベの死体であるという先入観を排除すれば、それは首を切断された女性の胴体だ。僕はそれと同じ状況で保管されていた遺体を知っている。











「僕らが見つけた胴体。あれは【ヨイトの死体】の物だったのではないでしょうか。ヨイトさんの死因は首輪に首を刎ねられたことによる出血死。ヨイトさんとシラベさんは体型も似ていますし、同じ女性です。入れ替わっていたとして気付くことは難しいでしょう」


※「いや、少し待ってください。死体がヨイトさんの物だとしたら部屋中に飛び散っていたあの血はどう説明するんですか? テイシさんが死体を発見した時まだシラベさんが生きていたのだとしたら壁や床に広がっていた血に説明がつきませんよ」


 僕の話す可能性に未だ困惑するマモルは矢継ぎ早に僕へと疑問を投げかける。確かにあれが血液だとしたらあれだけの量の血液をどこに保管していたのかという疑問は生じるだろう。だが、僕は二度目に死体を見た時の違和感を思い出す。二度目の発見時、談話室の中は血液独特のにおいが充満していた。だが、一度目。僕らはそのにおいを認識していなかった。その時は緊張のために嗅覚が働かなかったのだろうと納得したが、この局面に来て僕の覚えた違和感は違う意味を持ったのだ。そう。僕が最初に死体を発見した時に見た大量の血。あれは本物の血液ではなかったんではないか。そして、血液の代替となるの存在を僕は知っている。









「ヨイトさんの荷物に入っていた【血のり】。談話室にまかれていた血の正体はただの赤い染料だったのではないでしょうか」


「談話室の血がただの染料だった? ですが、私たちが死体を発見した時には確かに部屋の中は血液独特のにおいが充満していましたよ。あれが血のりの匂いだとは到底思えませんが」


「はい。それは当然です。二度目に僕が死体を発見した時、あの部屋にはシラベさんの首が置いてありました。シラベさんは殺されたばかりであり、当然その傷口からは血の匂いがするでしょう。そして僕たちが最初に死体を発見した時に血の匂いは無かった。これは血のりが使われた証拠ではないでしょうか」


「首の無い胴体に、血のり。なるほど確かにその二つを使えばシラベさんの死を偽装できる、ということですか」


「はい。そして霊安室でシラベさんを殺したクビはその胴体をヨイトさんの死体保管庫へと入れたんです。そして逃走の際に頭部を談話室へと残した。死体保管庫の中は極めて低温に設定されています。僕たちが調査に入った時にはシラベさんの胴体から流れ出る血は凍っていたのではないでしょうか」


 ヨイトの死体に、血のり。僕の示した二つの証拠により場はシラベの死が偽装されたという僕の論に大きく傾いたようだった。


「アナウンスが鳴らなかった理由は、テイシさんの言う通りかもしれませんね。そうでなければ他にアナウンスを回避できる条件が整う場面はありませんから」


 マモルも僕の論に納得したようで肯定の旨を述べる。他からも反論の言葉は出ず、僕はひとまず息をつく。




【議題:アナウンスが鳴らなかった理由】Complete!

→アナウンスが鳴らなかったのは死体発見時、シラベはまだ殺されていなかったからだ。

クビはヨイトの遺体を使いシラベの死を偽装した。




 明らかになった新事実。それは今回の事件の根幹を揺るがしかねない重要な事実であるはず、なのだが。


「シラベさんの死の偽装。クビはどうしてそんな手のかかることをしたのでしょうか」


「そんなもん、クビが俺に罪を着せようとして細工をしたからに決まってるだろ!」


 マモルの言葉を受け、吠えるジンケン。


「いえ、それはおかしくありませんか。殺害現場が談話室から霊安室に変わったところで犯行の流れに大きな変化はありません」


「それは、そうなのか?」


 マモルの解説を受け、ジンケンから上がるのは間の抜けた声だ。クビがシラベの死を偽装した理由。それは果たしてジンケンに罪を着せるためなのだろうか。各々が考えを巡らせる。


「シラベさんの死が偽装されたことにより何が変わったのか、そこから整理してみましょうか」


「ああ。変化したのは大きく分けて二点。つまり、シラベが殺害された時刻、そして殺害現場だ」


 マモル、カタメの言葉に僕らは頷く。僕はカタメの言葉を引き継ぎ、自身の考えを述べていく。


「クビの偽装により僕らはシラベさんが殺害された時間、そして殺害現場を誤認していたわけですよね。シラベさんが殺されたのはクビが霊安室に逃げ込んだ後であり、談話室だと僕らが思い込んでいた殺害現場が実は霊安室の焼却炉の中だった」


「だが、それらが変わったからと言って今までの論理展開に大きな変化が起こるわけではないだろう。なぜなら今、ジンケンがクビの最有力候補とされているのは談話室から逃げ去るクビが目撃された際に一人だけアリバイを確認できないからだ」


「なっ!? だが、俺は本当に眠らされていたんだって! テイシ達が見たクビは俺じゃねえ。クビは絶対に俺以外にいるはずなんだよ」


 ジンケンの反論。先ほどから何度も繰り返され棄却されてきた主張だ。その主張があり得ないということは先ほどからさんざん議論されているはずだ。だが、本当にそうなのだろうか。

 カタメは明らかになったシラベの死の真相は論理展開に影響を与えるものではないという。だが、それはおかしいのではないだろうか。シラベの死の偽装、それにはヨイトとシラベ、二つの遺体を運ぶ必要がありそれを仕掛けたクビにとってはそれ相応の労力が必要である。そんな大事をクビが気まぐれに行うとは思えないのだ。ならば、ここにはさらに隠された事実があるのではないだろうか。


 僕が思考する間にもジンケンに対しカタメは諭すように語り掛ける。


「ジンケン。さっきから何回説明されれば気が済むんだ。逃げ去るクビを目撃したのはテイシ、マコ、コロの三人だ。そして俺、デンシ、マモルの三人は大広間で行動を共にしている」




※「生存者の中でクビが目撃された時間のアリバイがないのは、ジンケンお前だけなんだ」


「! いや、それは違いますよ」


 思わず口をついて出た言葉。カタメから向かい来るのは冷たい視線だ。


「テイシ、何が違うというのだ? ジンケンしかクビ足り得ないという事実。これは今までさんざん議論を尽くしてきたことではないか」


 カタメは眉を吊り上げ僕へと言葉で詰め寄る。だが、僕はそれに頷くわけにはいかなかった。


「はい。確かに、ジンケンさんに犯行が可能である、このことは現状否定できません。ですが、先ほどのカタメさんの言葉で僕は気付いたんです。あの時、霊安室へと消えていった人物。その条件に当てはまる人がもう一人いるのだと」


「もう一人いるだと? まさかまた十一人目がいるとか言い出すわけじゃないだろうな」


「いいえ。そうじゃありません」


「なら誰だというんだ。談話室から逃げ去った人物である可能性が有る者とは!?」


 僕は大きく深呼吸する。ここが正念場だ。カタメの発言により気付いた可能性、それを突き付けてやるんだ。

 僕たちが目撃した談話室から逃げ去る赤いコートの人物の正体は誰だったのか。僕、マコ、コロは目撃者で、大広間ではカタメ、マモル、デンシが見張りを行っていた。生存者の中でアリバイが担保されていない人物はジンケンしかいない。今まではこういう論理展開だったのだ。だが。今、新たな事実が明らかになったのだ。僕らが赤いコートの人物を目撃した時、館の中にはもう一人、が居たのだ! 

 その人物はなぜクビの格好をしていたのか、それはまだわからないがこれは明らかに見逃せない可能性だ! 僕はそのもう一人の生存者の名前を皆に、突き付ける!









「死の偽装によりあの時、生存を隠されていた人物。そんなの一人しかいません! 桃道シラベ。談話室から逃げ出した赤いコートの人物の正体はシラベさん、彼女だったんではないでしょうか」


「シ、シラベさんが!? そそそ、そんなのあり得ませんよ!」


 コロの絶叫。驚きを孕んだ空気が大広間を覆いつくす。


「確かになぜ彼女がという疑問はあります。ですが、僕たちが赤いコートの人物を目撃した時刻よりもシラベさんが殺害された時刻の方が後になったことでシラベさんはまだその時、生きていたことになるんです! つまりジンケンさんがクビだとは言い切れなくなった、それは間違いありません!」


「なっ!? そんな、馬鹿げたことが、あり得るのか?」


「うおおおおおおおおおおおおおお、なんだかわかんねえが、とにかくテイシ、ナイスだぜ!」




【バーサス議論】カタメVSジンケン Break!

→赤いコートを着た人物はシラベであった可能性が浮上する。これによりジンケンがクビであるとは断定できなくなった。




 あきれたように口を開くカタメに、ジンケンは手放しで喜びの声を上げている。

 シラベの死の偽装が明らかになったことにより見えてきた可能性。これが示す真実は何か。見えてきたクビの実像に僕は必至で手を伸ばす。もう逃がさない。クビの正体。この場で必ず暴き出すのだ。


 白熱する議論は更なるうねりを伴ってこの場の皆を飲み込んでいった。

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