第一、二回 解決編

第二十七話 読み替える

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『あひゃひゃ。刎ねるディスカッション、楽しんでいただけているでありますかな。ここからはいよいよ解決編。今まで展開されたすべての謎の真相が明らかになるのでありますよ!』


『まだこれ以前の話を読んでいただけてない方はこれ以降の話を先に読んでしまうと本作の楽しみを著しく損なう恐れがあるのであります』


『ではでは、過去と現在とが交錯する最終局面。最後までお楽しみくださいであります!』


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6月24日 08:53 〔大広間〕

【バーサス議論】カタメVSジンケン Continue!


 服を着替え大広間へと戻った僕の前ではすでに議論が再開されていた。暴かれた隠し通路の存在。これによりシラベ殺害が可能だとされる人物は、一人。


「ジンケン、いい加減に罪を認めたらどうだ」


「だから俺じゃねえんだって、何度言わせるんだよ」


 怜悧な視線で射抜かれたジンケンはカタメの糾弾に対する反論をすでに持たない。それでも頑なに無実を訴えるジンケンに、それを見守る周囲の空気は徐々に淀んだものへと変質していく。


「ねえ、テイシ。本当にジンケンさんはクビの正体なのかな?」


「それは……分からない」


 マコに問われ、僕は答えに窮してしまう。本当にジンケンがクビなのか。僕の脳裏には今のジンケンと同じように自身の無実を訴え続け、そして首をはねられたヨイトの顔がちらついていた。


「もしかして、まだ何か引っかかることがあるんじゃないの?」


 心配そうなマコの表情。引っかかること。確かにあるんだ。でも、その正体を僕はつかめずにいた。

 クビの不自然な行動。死体発見時の違和感。何かとっかかりがあればきっと前へと進めるはずなんだ。ヨイトを糾弾する議論の時にも感じた言い知れない違和感。その正体がすぐ目の前に見えているような感覚が僕の心を揺さぶる。

 あの時のような悲劇を繰り返してはならない。僕の心があげる叫びを、けれども僕は言語化できないでいる。


「ああ、実は……」

 

『あひゃひゃひゃひゃひゃ! そろそろ議論は尽くされたでありますかな!?』


 響くノイズ。心情を吐露すべく言いかけた言葉に被せ流された音声を前に、僕は苛立ちから歯噛みする。


「ポリスさん、投票は少し待ってください」


『何でありますかな、マコさん? 無駄に引き延ばしても苦しみが続くだけでありますよ。注射でも何でもこういうのはチクッとすぐにやってしまうのが吉なのであります!』


 僕の様子を気にかけてのことだろう。マコが投票を引き留めようとしてくれるのだが、ぬいぐるみは止まらない。


『いまどき、だらだらとした議論なんて流行らないのでありますよ。時代はスマートでクールに、であります』


「っ!?」


 忌々しいぬいぐるみの声に僕の頭は揺さぶられる。くそっ。なんだって僕らの邪魔ばかりするんだこいつは。今回の事件だって変なルールでアナウンスを行わなかったし……


『それでは投票フェーズ、もう行っちゃうでありますかな? 行ってしまうでありますかな? あひゃひゃ』


「ああああああああああああっ!!」


『ななな、なんでありますかな!? テイシ君。突然大きな声を出して、本官ビックリでありますよ』


 思わず声を漏らしてしまう。そうだよ! とっかかりはあったじゃないか、決定的な矛盾が。


『議長として議論の間延びは許さないのでありますよ! テイシ君。もう疑問点は無いでありましょう?』


「いいや、まだ終わらせるわけにはいかない。まだ、あるんだ。この議論を根本から覆しかねない決定的な証拠が!」


「テイシ。戯言もたいがいにしておくんだな。今までの議論でジンケンに犯行が可能だったことは明らかだ」


 僕の言葉をカタメは冷めた口調で否定する。だが、僕はそれでも言葉を紡ぐ。思考の隅で引っ掛かっていた違和感。僕はその原因を見つけたのだ。


「シラベさんが殺害された際、僕たちは事件の発生を防犯ブザーの音で初めて知りました。それはあの時、事件発生アナウンスが鳴らなかったからです」


「ああ。殺害時に被害者、クビを除く第三者が同じ室内に居た場合アナウンスはされないらしいからな。おそらくその現場にはコロがいたのだろう……なるほどな。テイシ。お前は防犯ブザーが鳴ったタイミングが不自然だというのだろう。防犯ブザーが鳴ったのはテイシとコロが廊下で鉢合わせたタイミングとほぼ同時だ。つまり、シラベが助けを求めるために防犯ブザーを鳴らしたのだとしたらシラベはコロがテイシと出会ったタイミングで生きていたことになる。するとどうだ。その後に殺されたのだとしたら、談話室にはクビとシラベしか居ないのだから事件発生アナウンスがなるはずだ、と。そういうことだな」


 ハハハ、と。カタメはさもつまらなそうに笑った後、怜悧な目を再びこちらに向ける。


「だが、そんなものは矛盾でも何でもないぞ。防犯ブザーが鳴ったタイミングでシラベが生きていたのだとしたら、確かに大きな矛盾だろう。だが、シラベが死んでいたのならどうだ? 防犯ブザーはクビがアクシデントで鳴らしてしまったものでシラベはすでに殺されていた。そういえば冷凍庫には人を運べるほどの台車があったな。眠らせたコロを牢屋に運搬し、クビは談話室で証拠隠滅の作業中だった。これなら何の矛盾もないだろう」


「いいえ。それはあり得ないんですよ」


 僕の否定。カタメの表情から笑みが消える。


※「テイシ。なら言ってみろ。談話室で起きた一連の犯行。そのどこに矛盾があるというのかを!」


 カタメの声には怒気が混じる。

 さすがカタメというべきか、僕の言葉を受けすぐに持論を修正したようだが、そもそもだ。前提となる部分が間違っていたら。事件が起こった際に本来あるべき出来事が起きなかった。そこにある真の意味を示す証拠。僕はそれをカタメに突き付ける。







「【事件発生アナウンス】。ぬいぐるみにわざわざ確認したカタメさんならそれが鳴らない場合のルール、覚えていますよね」


「ふん。当然だ。殺害時同じ部屋にクビ、被害者を除く意識のある参加者がいる場合事件発生アナウンスはならない。これは俺が確認した内容だ。忘れるわけがない」


「なら、引っかかることはありませんか? シラベさん殺害の時、談話室に居たとされているのは被害者であるシラベさん、加害者であるクビ、そして眠らされてコロさんです」


 そう。事件発生アナウンスを回避する条件には意識のある状態で被害者以外の人間が同じ部屋に居なければならないのだ。眠らされているコロではその条件を満たせない。


「フッ。何を言い出すかと思えばそんなことか。薬が投与されてから実際に眠るまでに時間差があったのではないか? 半睡半醒の状態のコロが意識のある参加者としてカウントされた」


「それはあり得ませんよ。首輪に込められた睡眠薬は即効性のものです。僕もウツミさんの事件の時に打たれたので断言できますが睡眠薬が注射されてから意識を失うまでに10秒とかからない。今回の犯行の致命傷は斧で首を刎ねられてのものだった。10秒の間に犯行を終えるなんて不可能です」


「うっ、確かに、そうだな」


 そう、今までの議論通りにシラベさんが殺されていたのだとしたら事件発生アナウンスはならなければおかしいんだ。僕の言及を受け、カタメが言葉に窮する。

 

「……だが、そうなるとどういうことだ?」


 けれども。謎は解明されたわけじゃない。明らかになった疑問点をカタメが整理し始める。


「アナウンスを回避する条件を満たすためには被害者、クビ、意識のある参加者、三人の人間が必要だ。事件発生前、俺を含めた五人の参加者は大広間におり、外で調査をしていたのは、シラベ、コロ、ジンケンの三人だけだ。被害者はシラベで、クビがジンケンだとすると意識のある参加者はコロということになる。だが、コロは犯行を目撃していないと証言しており、犯行当時眠らされていたと考えるのが妥当だろう。しかし、そうなると意識のある参加者の条件を満たせず事件発生アナウンスは鳴ってしまう」


「ぼ、僕は嘘をついてませんよ! 僕は眠らされていたんです。犯行を見ていません!」


「それじゃあもう一人、人間が必要だってことだよね! じゃあやっぱり十一人目が……」


『だから十一人目なんていないと言っているのでありましょう!』


「では、ポリスさんがアナウンスを鳴らし忘れたのではありませんか?」


『本官は職務に忠実なAIなのでありますよ! ミスはあり得ないのであります。アナウンスはルール通りに作用していた。これは絶対の事実なのであります!』


「じゃ、じゃあ。どうしてあの時。あ、アナウンスは鳴らなかったのでしょう?」


 僕の放った爆弾により混乱があたりに広がっていく。アナウンスの鳴らなかった理由。不可解に思えるその事象が示す事実に僕は見当を付けていた。


「アナウンスが鳴らなかった理由。それを説明できる状況が一つだけあります。僕たち三人が談話室で死体を発見した時、シラベさんはまだ殺されていなかったんじゃないでしょうか?」


「はあああああああ? テイシ、てめえ頭とち狂っちまったのか?」


「テイシ! さすがにそれはおかしいよ。テイシと私とコロさんで談話室を覗いたとき、確かに談話室にはシラベさんの死体があったよね?」


※「部屋中に散らばる血液に、切り離された頭と体。テイシ、てめえはそれを見ているんだろう? その状態で死んでいないとかありえねえだろ!」


 先ほどまで死にそうな顔をしていたジンケンは僕の言葉を聞き、驚いたのだろう。マコとともに僕へと疑問を浴びせかけてくる。

 確かに僕は防犯ブザーの音を聞き駆け付けた際に血で汚れた部屋と、を確認している。だが、僕はジンケンが言ったあるものは確認していないんだ。僕が二度目に死体を確認した時に覚えた違和感。それを今、皆にぶつける!








「【死体の状況】。確かに僕は防犯ブザーの音を頼りに談話室を訪れたあの時、床に転がる首の無い胴体を確認している。だけど、僕が最初に見たあの時、は見ていなかったんだ!」


「……? それがどうしたって言うんですか。ただ頭部を見逃していただけ、という話ではなさそうですが」


 マモルは困惑気味に僕へと問いかけてくる。ここからは全部が推測になる。そしてこの論理のたどり着く先を僕はまだ見えていない。でも、またヨイトの時のように悲劇を繰り返すわけにはいかないんだ。だからどんなに不可解な謎でも、無意味な矛盾でも僕は見逃さない。諦めない。


 僕は自身の感じた違和感の正体を、今明かす。




「僕は考えたんです。アナウンスが鳴らなかった理由を。でもどうしてもわからなかった。だってそうでしょう? 犯行があったと思われる時間帯に大広間の外にいたのはシラベ、ジンケン、コロの三人。そしてクビは当然として目撃者にも意識が無いといけないから、現場には少なくとも二人、意識のある人間がいたはずなんです。けれどもシラベは殺されて、ジンケン、コロはそれぞれ眠らされたと証言している。クビが一人である以上ジンケン、コロの二人が嘘をついているとも思えない。僕の考えはそこで詰まっていました。ですが、ふと思ったんです。アナウンスが鳴らないのは何も回避する条件を満たしたときだけじゃないんだって」


「テイシ、長ったらしい前口上はいらん。お前の考える可能性とやらだけを述べろ」


 カタメの苦言に対し、僕は正面から答える。


「はい。アナウンスが鳴らなかった理由。それはシラベさんがまだ殺されていなかったから。つまり、僕たちが首の無い死体を発見したあの時、シラベさんはまだ生きていた。そう考えたんです」


 騒然となる場。マコから反論がすぐに飛んでくる。


「テイシ、やっぱりそれはおかしいよ! 確かに私も最初に談話室を覗いたあの時、シラベさんの首は見ていないけど。でも、あとでみんなで死体を確認した時は確かにシラベさんの首があったんだから。シラベさんが死んでいるのは間違いないよ!」


「ホ、ホ、ホ、ホラー展開とかやめてくださいよおおおおお。ぼぼぼ、僕怖いのダメなんですって」


 大広間中から上がるのは悲鳴に近い喧騒の声。確かに常識で考えれば僕の論理はあり得ないだろう。でも。ここで止まるわけにはいかないんだ。皆で無事にここを出るために。死んでいったみんなが遺したを無駄にしないために。

僕は皆に向け全力で論理を説いていく。




【バーサス議論】カタメVSジンケン →On hold...

→【議題:アナウンスが鳴らなかった理由】New!

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