第二十四話 消失? 焼死す?

6月24日 08:00 〔大広間〕


 大広間に集まった僕ら七人。目の前にあるのはそれぞれの名前が液晶画面に示された投票装置だ。僕は自身に嵌められた首輪に金属の塊に手をやる。伝わってくるひんやりとした冷感に僕の体は震える。


 投票により最多得票者となった者に待つのは死の運命である。ウツミが、ヨイトが、そして探偵として僕らを奮い立たせてきたシラベの死の事実が戦いを前にした僕らの心に暗雲をもたらす。


『あひゃひゃ。皆、集まったのでありますな』


 頭上から僕らを見下ろすモニターに映るのは安っぽい素材の生地でできた犬のぬいぐるみだ。流れてくる不快な合成音声だけが静寂の大広間に流れている。


『今回の被害者は桃道シラベさん。探偵が殺されるとは意外な被害者としてはバッチリの人選でありますな。ああ、探偵よ。死んでしまうとは情けない、であります。あひゃひゃ。探偵不在の推理劇場、刎ねるディスカッションの開幕でありますよ!』


「……」


 ポリス君の前口上に反応するものはおらず。僕らは沈黙を貫いていた。けれども、このまま黙っているわけにもいかないだろう。そう僕が考えているとしびれを切らしたのであろうか。少し焦ったような口調で橙蝶ジンケンが動き出す。議論の口火が切られたのだ。




「今回俺は眠らされていただけなんだよ! だからクビじゃねえ。クビは他にいるんだよ!」


「自己弁論もできんのか駄犬が。その物言いでは自分が一番の容疑者であると触れ回っているようなものだぞ」


 不安に耐えきれなかったのだろう。自身の無実を訴えるジンケンの声は震えている。ジンケンのつたない弁論にカタメが食って掛かる。


「そうはいってもよお。俺にはわからねえんだよ。あの時、何があったのか。誰がシラベを殺したのかよお」


「ならば脳の足りん愚犬にもわかるように俺が説明してやろう。牢屋の襲撃からシラベ殺害に至るまでの顛末をな」


 僕らはまず、事件の概要を振り返ることとする。



→【議題:事件概要】Start!



「今回のシラベ殺しはマコが牢屋に収監されたことに端を発する」


 ウツミ殺しの容疑者として牢屋で生活することとなったマコ。僕、マモルが見張りにつくことになり、大広間組と牢屋組に分かれることになったんだ。


「その後、ポリスさんから私達に呼び出しがありました。それぞれが荷物を受け取ると中身の確認会を行ったんでしたよね」


 カタメの説明にデンシが続く。サンタに扮したぬいぐるみにより用意された僕らの私物。その中には生活用品に加え、僕らの関係を示す写真が入れられていたんだ。館に集められた僕ら十人の関係を示す十枚の写真。まさか、十二年前の事件が関わっていたとは。


「夜になり、再び牢屋と大広間に分かれた私達ですが。クビは就寝中の私たちに襲い掛かってきたんです」


 マモルは襲撃の際に受けた右腕の傷を抱くように抱えながら回想する。僕ら牢屋に居た三人を襲ったのは白い仮面に赤いコートを羽織った人物だった。僕らは斧を振りかざし迫る襲撃者を何とか退けたがクビは衣装だけを残して忽然と姿を消してしまった。


「それでよお、俺とシラベが怪しいってされて。クビの証拠探しが始まったんだよな」


 ジンケンは苛立たし気にその時の様子を吐き捨てる。その時犯行が可能だとされたのはコロ、シラベ、ジンケン、デンシの四人。特に怪しいとされたジンケンと探偵としての責任を感じるシラベが暴走気味に事件調査を開始したのだった。


「そ、それで、そのあといったんはみんなで集まったんだけど。納得のいかないジンケンさん、シラベさんが今度は行動を共にして調査を開始したんだよね」


 恐る恐るといった具合にコロが発言する。クビへと迫るため行った調査。けれどもそこでクビを特定する決め手を見つけることはかなわなかった。シラベ、ジンケンが調査を続ける一方、失意のままコロと付き添い役を交代した僕とマコは大広間へと戻り休んだのだった。


「防犯ブザーの音が屋敷に響いたのは私たちが交代で休んでいるときだったよね。その時、シラベさんは……」


 マコの悲痛な心情の吐露。運命の時が訪れる。防犯ブザーの音で異変に気付いた僕とマコはクビに襲われたというコロと遭遇する。そして、談話室に駆け付けた僕らが発見したのは横たわる首のない死体だった。


「僕たちは談話室から逃げるクビの姿を発見し、追いかけたんだ。けれどもクビは霊安室に逃げ込むと僕たちの前から姿を消してしまった」


 皆から言葉を継ぎ最後に僕が締めくくる。コロが呼びに行った皆と合流すると僕らはぬいぐるみに扉を開けさせ霊安室へと突入した。けれども、霊安室の中にはクビの姿は無かったんだ。最後にクビに眠らされていたというジンケンが合流し僕らは事件の調査を開始した。




「概要はこんなものだろう」



→【議題:事件概要】Complete!



 カタメは腕を組み周囲を見回す。頷く者、俯いたままの者。皆の反応はさまざまである。


「やっぱりおかしいよね」


「マコ、何がおかしいんだ?」


「だって、コロさんとジンケンさんは眠らされていて他のみんなは大広間に居たんだよ。残るのはシラベさんだけど、シラベさんは……」


 マコの指摘。それはもっともなことだ。皆の証言に嘘が無いとすれば、談話室から逃げていったクビは僕らの中にいないことになる。この矛盾、それを説明できる可能性は二つだけ。


「つまり、この中の誰かが嘘をついている、もしくはこの館の中には俺たちの知らないがいるということだ」


「俺は嘘なんてついてねえからな」


 カタメの言葉に場には緊張が走る。ジンケンの過剰反応を聞き流しながら僕は率直な疑問をカタメにぶつけてみることにする。


「十一人目、そんなことがあり得るのでしょうか。僕達はこの四日間、そんな人物の姿を確認していません」


「だが、十一人目が存在したのならこの事件の謎。その全てのつじつまが合う。無視できる可能性ではない」


「謎、というとクビが霊安室で消えたことですか?」


「ああ。その通りだ」


 カタメの回答は僕にとって予想外のものであった。十一人目の存在。意識しないわけではなかったがその存在には僕自身が懐疑的であったのだ。


『ちょっと待つのであります! 本官、何度も説明しているのでありますがこの館内には参加者以外の生きた人間は存在しないのでありますよ!』


「だが、仮に十一人目が居たとしたら今回クビが消失した謎も解ける。霊安室には焼却炉があっただろ?」


「その中に潜んでいたと? ですが、焼却炉には生きている者が中に入っている間は作動しないという安全機能が備わっていますよね。私たちがクビを追って霊安室に入ったとき、焼却炉は稼働していたはずです」


 デンシがカタメの論を否定する。だが、焼却炉の作動条件には抜け道があるはずだ。


「別にそれは問題ではない。焼却炉を稼働できる状態にしておき、中で自殺すればいいだけだからな」


 当然気付いていたのだろう。カタメはすぐに反論する。カタメの言葉に場はざわめきを帯びる。


「なっ!? クビが自殺だと!? なんでそんなことを!?」


「別段驚くほどの事でもないだろう。これほど頭のおかしな犯罪計画をたくらむような輩だ。自身の命についても正常な考え方を持っているとどうして決めつけられる?」


『もう。本官を無視して話を進めるでないのでありますよ! この館にいるのは第一の犠牲者の男と、参加者の十人のみ。それ以外の隠しキャラは出てこないのであります!』


 思えば十一人目がいないと証言できるのはぬいぐるみだけなのだ。いつの間にか僕はぬいぐるみの言葉を信じてしまっていたことに思い至り、歯噛みする。


「あ、あの。あまりポリス君を刺激しない方が」


「ふっ。まあいい。俺とてクビが自殺したとは思ってはいない。十一人目がクビである線を真剣に追うつもりはない」


 おびえるコロの言葉に、カタメは口の端を吊り上げる。カタメは皆の方に向き直るとおもむろに口を開く。


「十一人目の存在が否定されたとなれば、あと残されている可能性は一つ。この中の誰かが嘘をついているはずだ。なあ、ジンケン。自白するなら今の内だぞ?」


「はあ? だから言っているだろう! 俺はクビじゃねえって。そもそもクビは霊安室から消えたんだろ? いくら俺にシラベ殺害の際のアリバイが無いって言ったって俺はマジシャンや超能力者じゃねえんだ。身体消失も、瞬間移動も使えねえよ」


「やはり、【霊安室からクビが消えた方法】。これを見つけないことには議論を先に進めることはできそうにありませんね」


 皆の意見をマモルが静かにまとめる。確かにクビの消失は今回最大の謎だ。この謎を解かない限り僕たちは前に進めないだろう。



→【議題:霊安室からクビが消えた方法】New!



 クビの凶行。僕らは真実へと近づくべく議論を交わしていく。

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