第十九話 決まる状況

6月24日 06:14 〔霊安室〕


 脳裏にフラッシュバックする斧の恐怖。忘れもしない白い仮面の襲撃者は霊安室の中へと消えていった。


「くそ、内側から鍵がかかってる」


「か、鍵は今シラベさんが」


 クビを追った僕の後に、マコとコロが続いてくる。

 霊安室の扉の鍵は一つだ。扉を開けるには鍵が必要だ。ここの扉には最初から鍵がかかっていた。この中にクビが逃げ込めたということはクビがシラベから鍵を入手したということ。


「じゃあ、さっきの死体は」


「ととと、とりあえず僕、マモルさん達を呼んできます!」


 上ずる声でそう告げたコロが走り去る。あの慌てようだ。大丈夫だろうか。とはいえ、クビを逃がすわけにはいかない。脱出口は僕が抑えるこの扉だけだ。心配だが僕がついていくわけにもいかないか。


「ここは僕が見てるから、マコもついて行ってあげて」


「霊安室の中にはクビがいるんだよ! テイシを一人になんてできないよ!」


 マコの反論。できればマコはクビから遠ざけておきたかったんだけど。


「……分かった。だけど自分の身の安全を最優先にしてくれ。クビが出てきてもマコは逃げるんだ」


「テイシ! またそうやって無茶をするの? 嫌だよ私。テイシだけが傷つくのは!」


 頑ななマコの態度に僕は説得を諦めざるを得ない。犠牲者が出てしまった今、僕にできることはコロが皆を連れてくるまでクビをここから逃がさないことだ。

 

「マコは僕が守るから。絶対、クビを捕まえるぞ」


 唯一の出入り口を抑えている今、追い込まれているのはクビのはずなんだ。強い言葉を口にした僕にマコは力強くうなずく。必ずここで決着をつける。もう誰も犠牲にしてはいけないんだ。




6月24日 06:21 〔霊安室〕


 ドタドタ、と。部屋の外から足音が聞こえてきたのはコロが皆を呼びに行ってから5分ほど経った頃だった。


「こ、これってシラベさん!?」


「こんな、酷い」


 僕の位置からは見えないがおそらく到着した面々が談話室の死体を発見したのだろう。部屋の外からは悲鳴や嗚咽の音が聞こえてくる。


「すすす、すみません。テイシさん。皆さんを呼びに行ったんですけど途中で談話室を覗いたら腰が抜けて動けなくなっちゃって。遅れちゃいました」


「いいえ。まだクビはこの中です。コロさん、ありがとうございます」


 真っ先に霊安室に飛び込んできたコロの顔面は蒼白だ。遅れてデンシ、カタメ、マモルも霊安室へと入ってくる。


「テイシさん、状況を説明してもらえますか?」


「はい。今、クビがこの扉の向こうに逃げ込んだんです。それで内側から鍵をかけて立てこもっていて」


「ここの扉の鍵は今どなたが?」


「シラベさんが持っていたみたいなんですが」


「それは……困ったことになりましたね」


 顔を伏せるデンシ。鍵が無ければこの扉を開くことはできない。つまりは今、こちら側からクビに手出しすることができない状況というわけだ。

 このまま大人しくクビが扉の中に隠れていてくれるのならいいが、それはないだろう。このままではこちらから対策を打てず、いつクビが飛び出してくるともわからない状況を続けることになる。いや、重い物でも置いて扉をこちら側からふさいでしまえば……


「おい! ポリス君。聞いているんだろう? 出てこい」


 僕が事態への対抗策を考えていると、突如カタメの声が空間に響いた。呼応するように霊安室の天井に備え付けられていたモニターが明転する。


『はわわ!? ななな、なんでありますかな、カタメ君! 本官、突然の呼び出しにも対応できるタイプの主催者でありますがいきなり呼びつけるなんてひどいのでありますよ!』


 抑揚のない合成音声を垂れ流しながら画面に現れたのはふざけた姿のぬいぐるみだ。警棒を持つ右腕を振り回しながら何事かを喚き散らすのを受けながらカタメは強い口調でモニターと向き合う。


「わざわざ顔も見たくもないお前を呼び出したんだ。重要な用が無いわけないだろう。今、この中にクビと思しき容疑者が逃げ込んだそうだ。死体が出た以上、また議会が開かれるのだろう? 参加者の内一人がこの中にこもり出てこないというのは明らかに議会の遅延行為だ。お前は仮にも議長なわけだが、当然事態の解決に手は打つんだろうな」


 ぬいぐるみを挑発するような言動をとるカタメ。その狙いは明白だろう。ぬいぐるみにこの扉を開かせることだ。


『なっ!? そこの扉が開かないからって本官を小間使いにするつもりでありますな!』


「その通りだ。議会の円滑な進行こそ議長の務めだろう。議長を名乗るのなら職務を怠慢するな」


『先の議論でもいったのでありますが、本官が特定の参加者が不利になるような行為をすることは……』


「なるほど。つまりこの中には事件に関わる証拠が隠されている、と」


『いや、そうでなく……ああ、もう! マニュアルに無いことばっかり言いっこなしなのであります!』


 カタメの言葉を受けぬいぐるみは返答に窮する。主催者として公明正大性をうたっている以上、クビに肩入れするわけにもいかないのだろう。なら、そこに付けこむべきだ。僕は口を開く。


「このデスゲーム、お前が完全に管理しているんだろ。なら、この扉開けられないなんてことはないんだよな」


『それは、もちろん鍵がなくとも電子制御で開けることは可能でありますが、それはあくまでデバック用でありまして、ゲーム中は使うわけには……』


「すでにクビによる犯行は起きているんだ。僕たちの命がかかっているんだぞ。公平を謳うなら早くここを開けてくれ。それともこうやって時間を稼いでクビが何らかの手段で逃げるのを助けようと『ああ、もう。わかったのでありますよ! 開ければいいんでしょ、開ければ! ロボット使いの荒い男は持てないのでありますからね!』


 よくわからない切れ方をしたぬいぐるみの発言に続き、ガチャリ、と。扉から鍵の開く音が聞こえる。


『貴様ら方の望み通り扉のロックは外してやったのでありますよ! さあ、思う存分調べてみるがいいじゃない、であります!』


「テイシ」


「うん。行こう」


 僕が後ろを振り向けば皆が頷いて答える。扉のノブを握った僕はそのまま一気に引き開けた。




「なっ!?」


「えっ。嘘!?」


「な、なんで。どうして誰もいないんだ!」


 僕らの絶句。扉の中を覗き込んだ僕たちに待っていたのは誰もいない空間だった。いや、そんなはずは。僕は扉の中に転がり込むと辺りを見回す。


 死体が納められた鉄製の箱に、火葬のための焼却炉。死体の保全の為だろう、空間に漂う冷気から体を守る外套は血のように赤い色をしている……そういえば、ここ。前に来た時よりも寒くないな。確か、初日に来たときは息が白くなるほどで入った瞬間には身を震わせていたはずだ。


「テイシ、焼却炉が、動いてるよ!」


「えっ!?」


 マコの声に振り向けば、確かに部屋の隅に置かれた焼却炉からは機械特有の稼働音が。このタイミングで焼却炉が稼働している? つまり、ここに逃げ込んだクビが作動させたのだろう……まさか!


「マコ、その焼却炉の稼働、止められるか?」


「えっ!? えーっと。ダメだよ、テイシ。【この焼却炉は生体が中に入っている場合稼働しません。一度稼働すると蓋にロックがかかり焼却作業が完了するまで中の物を出し入れできなくなります】だって。今は開けない」


「ぬいぐるみ! お前の権限でこの焼却炉は止められないのか?」


『もう! 貴様ら方。本官がAIだからって気軽に呼びつけて。ロボット差別はやめるのであります! 然るべきところに訴えるのでありますよ!』


 部屋の中のモニターが作動しぬいぐるみの姿が映る。


『焼却炉はルールに書いてある通り一度作動すれば焼却が完了するまでの2時間は中を確認することは不可能なのであります。電源を落とせば動作自体は停止するでありますが、焼却炉の扉は電子ロックが掛けられているでありますから電源を落とした状態では開くことはできないのであります』


 どうやら焼却炉の扉を開くことはポリス君にも不可能であるらしい。仮に証拠が中で燃やされているとしたら。


「ちっ。やっかいな。しかし、クビはどこに消えたんだ。確かにお前たちはクビの姿を見たんだよな?」


「はい。白い仮面に赤いコートを羽織った人物が走ってこの中に入っていくのを確かに見たんです」


 霊安室へと駆け込んでいく人物の姿。マコもコロも見ている以上、幻覚であるはずもない。


「ならクビが逃げていない以上この霊安室の中にいるわけだが、隠れられるのは死体を安置するための鉄の箱と、焼却炉の中ぐらいか」


「し、焼却炉って。い、今稼働中なんですよ!? そそそ、それじゃあクビが焼け死んでしまいます」


「その前に生体が入っている場合焼却炉は稼働しないらしい。つまり焼却炉の中に隠れている線は考えなくていいだろう」


「そうするとこの鉄の箱のどこかに?」


 部屋に並ぶのは死体を保管するための十の鉄の箱だ。現在三つが【LOCK】の表示となっており三体の死体が納められているはずだ。


「いや、あの中は死体が腐らないように摂氏マイナス三十度に設定されているはずだ。クビがかくれていられるとも思えない」


「でも、クビは確かにこの中にいるはずです。焼却炉を稼働させたのは少しでも部屋の中を温かくするためかも。そうだ! コートを着込めば短時間なら中に潜めるんじゃないですか?」


 コートの方を見れば現在三着がそこに掛かっていた。事件前とは変わらない数。クビは着ていたコートをここに戻していったのだろうか? いや、コートは最初から一着見つかっていないのだ。コートはまだそのままクビが着ていると考えた方がいいか。


「まあいい。どのみち中は調べるべきだ。話し合いはそれからでいいだろう」


「ええ。ですが、この箱を開くにも鍵が必要では?」


「ちっ。いちいち面倒くさいことだな。おい! この鍵を開けろ」


『なっ!? カタメ君。とうとう本官をおい! 呼ばわりでありますか? もう。カタメ君をおじさんとでも呼べばよいのでありますか? 本官はカタメ君の甥ではないのでありますよ』


 ガチャ、と。鉄の箱から開錠音が聞こえる。


『さあ。これで満足なのでありましょう? 本官を満足させるように存分に調査を進めるがいいのであります。ちなみに、今回霊安室の扉や箱の鍵を開けたのは例外的措置でありますからな。そこのところ勘違いしないでよね! でありますよ』


 すべての箱が【OPEN】の表示に。僕らは箱へと近づいていく。そして。




「……そんな、馬鹿な」


「やっぱり、いないよ」


 落胆の声が漏れる。結果だけを言えば、クビは消えてしまったのだ。

 箱の中に入っていたのは三体の死体。最初に犠牲となった男性、ウツミ、そしてヨイトのもの。他の空の箱も確認するが中身は空っぽである。霊安室に他に隠れられるような場所は存在しない。だとすれば、クビはいったいどこに。



「おい、おめえら。大変だ! クビが出たんだよ!」


 僕らは突如掛けられた声に振り向く。そこに立っていたのは。


「ジンケンさん! あなた、どこに行っていたんですか」


「ええっ!? なんで俺が責められてるんだよ。意味が分かんねえ」


 ジンケンが僕らに遅れて合流する。今集まったのが僕を含め七人……じゃあ、やっぱりあの死体は。


 ジンケンはまるで状況が分かっていないかのような表情で僕らを見つめている。消えたクビ。首のない死体。襲撃を受けたというジンケン。いったい、どういうことなのだろうか。追及すべき謎ばかりが積み上がり、混沌とした場に混乱は広がっていった。

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