第二十話 調査パート①

6月24日 06:36 〔談話室〕


 漂うのは濃密な血の匂い。談話室へと続く扉の前で僕らは足を止めていた。


「また、起きてしまったのですね」


 部屋の中を覗くデンシから悲壮を孕んだ声が漏れる。

 床に横たわる死体。防げなかった殺人を前に僕は嗚咽を漏らす。あれだけクビへの対抗を誓ったというのにまた、僕は守れなかったのだ。仲間の命を、そしてマコとの約束を。


 悲嘆にくれる僕たちへと合成音声は無慈悲に投げ掛けられる


『何をしみったれているのでありますか? 死体があって、謎があって、探偵役である貴様ら方がいる。シラベさんも言っていたでありましょう? 事件を前にしてへこたれていては探偵失格だと。今こそ彼女の遺志を継ぐときでありましょう? 仲間の死を前に覚醒するのは主人公の特権でありますよ? 貴様ら方に出来ることは一つ。事件を調査し、今回の被害者――桃道シラベさんの仇をとることなのであります!』


「またお前が! お前たちが! 何でお前たちは、こんなことをするんだよ!」


 目の前に突き付けられた現実に僕の脳はすぐに沸点を超える。

 首を切られ、横たわる体の近く。無造作に置かれたシラベの頭は生気を失った目でこちらを見つめている。

 部屋の中に散らばるのは痛ましい鮮血である。最初に見たときは驚きのあまり嗅覚も働かなかったのだろう。先ほどは気付かなかった流れ出たばかりの血の匂いが廊下まで流れ出していた。


「おい、嘘だろ。なんでシラベが」


「もう、やだよ。な、なんでみんな死んじゃうんだよ」


「こんなこと、許されない。許されるわけがない。なんで。なんでこんな簡単にあなたたちは人の命を奪えるんですか!」


 ジンケンの驚愕、コロの逃避。いつにない険しい声色でマコはモニターに映るぬいぐるみへと食らいつく。


『ああ、もう! 貴様ら方。そういうのはウツミさんの事件の時にさんざんやったでありましょう? 今は目の前にある事件に向き合う時でありますよ』


「ふざけるな! なんでお前たちの言うことを僕たちが聞かなきゃ」


『本官たちが憎いのでありましょう? クビを止めたいのでありましょう? ならばその感情を調査にぶつけてやるのでありますよ! クビは逃げも隠れもしないのであります』


「また私たちに疑いあえっていうの!? 言葉で傷つけあえというの!?」


「もう嫌だよ。こ、こんなことなんで僕たちが……」


『あひゃひゃ。疑いあい、傷つけ合う! それこそが人間というものでありましょう。せっかく事件が起こったのに調査をやめる? ここまでお膳立てしてそんなもったいないことされたらもったいないお化けが出てきちゃうのでありますよ!』


「なんなんだよ、なんでお前たちはそんな簡単に人の命を奪えるんだよ!」


 ぬいぐるみの言動に僕の脳は臨界点を突破する。煮えたぎる憎悪を感情のままにモニターへと浴びせかける。


「僕らがどんな思いでここまで来たか! 何でこんなことで人が死ななきゃいけないんだ! シラベはさっきまで笑っていたんだぞ。事件の真実にたどり着けなかったことを嘆き、それでも探偵であろうとしていたんだ! それを、どうして! どうしてお前たちは!」


『テイシ君落ち着くのでありますよ。事件はもう起きているのであります。調査もせずに投票のタイムリミットを迎えるつもりでありますか? そうしたらそれこそまた犠牲者が増えてしまうでありますよ?』


「っ!? お前、いい加減に「テイシ、そのぐらいにしておけ」


 僕の肩に置かれた手。振り返ればそこには僕の顔を真剣な目で見つめるカタメの顔があった。僕は怒りの表情のままカタメをにらみつける。


「ここまでされて、まだ黙っていないといけないって言うんですか」


「感情を見せれば奴の思うつぼだぞ。この犬は俺たちが感情のままぶつかり合うのをお望みのようだからな。そんなこと、意地でもしてやるものか」


 ミシ、と。僕の肩がきしむ。見ればカタメの手は震え、指先には力がかかっている。


「カタメさん」


「感情は皆同じだ。思うところはあれどクビは対等の勝負を望んでいるんだ。ならば自身の感情は捨て置いて今はクビの用意したステージで戦うべきだ。ルール無用となれば俺たちがクビに勝てる道理はないのだからな」


 カタメの言葉。けれどもその表情には悲痛の色が見える。感情を押し殺しているのだ。つまり、思いは皆一緒ということ。


「っ。わかりました」


 冷静になれ、僕。クビを特定できもしないで僕らがクビに勝てるはずもないんだ。クビを特定し、皆で生き残る。自棄になるな。マコと約束しただろ。




『あひゃひゃ。それでは貴様ら方お待たせしたのでありますよ! 【刎ねるディスカッション】開幕なのであります!』




6月24日 06:39 〔談話室〕


 談話室へと足を踏み入れる僕ら七人。フローリングの床に横たわるのは一目見て死んでいると分かるシラベの死体だ。


「シラベさん。こんなの、酷いよ」


 自身に血が付くのにも関わらずシラベへと駆け寄るマコ。


「おい、遺体には触れるなよ。どこに手掛かりがあるともわからないんだ」


「シラベさん、死んじゃうなんてやだよ」


 カタメの忠告を受けてマコは伸ばしかけていた手を止める。僕はマコのそばに寄り添うように隣へとしゃがむ。


「テイシ。また止められなかった」


「ああ。もうこんなこと終わらせなきゃいけない」


 強い言葉を口にする。そうでないと、怒りで、悲しみで目は曇ってしまうだろう。


「皆さん。気をしっかり持ってください。きっと何かこの事態を打開する方法があるはずです。調査を進めましょう」


 デンシの声に何人かが力なくうなずく。もうこんなことを起こさせちゃだめだ。僕は顔を上げると調査を開始した。




 まず調べるべきはシラベの死体についてだろう。パッと見ただけでも気になるところがいくつかある。だがその前にどうしても気になることが。


「シラベさんの頭部、最初からここにあったんだっけ?」


 シラベの死体は頭と体が切り離されている。最初に駆けつけた時には頭部は見なかったはずだが、見間違えだろうか。後で皆に確認してみよう。近くには凶器であろう血まみれになった斧が転がっている。斧は牢屋の前の廊下に襲撃当時のまま放置してあったはずだが、クビがここまで持ってきたのだろうか。


「テイシ。シラベさん、なんでこんな殺され方なんだろう。わざわざ首を切り落とすなんて」


 マコのもっともな指摘に頷く。


「どうやら首の切断箇所以外、特に外傷はないみたいだな」


 デンシとともに死体を検分していたカタメがそう断定する。斧で首を切断。そんなこと意識のある人間に出来るはずがない。死体に傷が無いというのなら首輪の破壊防止機能を使い眠らせたところを斧で襲ったのではないだろうか。


「ん? シラベの服、なんか汚れてねえか?」


「あっ、ほんとですね」


 全身を覆う血で目立たなかったがよく見ればシラベの服は黒く汚れているようだった。黒い汚れ……もしかして。



【死体の状況】New!

談話室の床に頭と体を切り離された状態でうつぶせに倒れていた。体、頭部ともに切断痕以外の外傷は見られない。シラベの服には黒い汚れが付着している。

テイシによる死体発見時、シラベの頭部はなかったはずだが?


【斧】New!

談話室にあった薪割り用の斧。牢屋への襲撃前までは大広間に保管されていた。

牢屋への襲撃の際、襲撃者が身に着けており、襲撃者が逃走する際に扉のつっかえとして使われた。

シラベ殺害の凶器とみられ、血の付いた状態で談話室から見つかる。




「おかしいですね、見当たりません」


「? どうしたんですかデンシさん」


 死体を検分中のデンシから声が上がる。


「はい。シラベさん、テープレコーダーを持っていましたよね。ポケットを探しても見つからなくて。あと、スタンガンは入っているのですが防犯ブザーも見当たりません」


 そういえば。事件発生の際に防犯ブザーが鳴っていたな。


「あっ! 防犯ブザーならここに落ちてるぞ」


 声を上げたのはジンケンだ。視線を向ければ確かに防犯ブザーが入り口付近に置かれたロッカーの中に転がっていた。


「これって清掃道具が入っていたロッカーだよな。なんで中に防犯ブザーが転がってるんだ?」


「クビに襲われたシラベさんがその中に逃げ込もうとしたとか」


 僕はそう言いながらロッカーの中を調べる。ここは初日の調査で確認したが人ひとりぐらいであれば十分逃げ込めるだけの広さはある。

 僕がロッカーを出るとと目が合う? いや、ただの鏡像だ。ロッカーの目の前に設置された鏡に映る自分の姿。そういえばシラベは初日の調査の時、ここで探偵帽をかぶりなおしていたっけ……ダメだ。今は感傷に浸っている場合ではない。


「そういえば防犯ブザーは誰が止めたんだろう」


「そりゃクビじゃねえのか? そんなもんずっと鳴らしてたらすぐに他の奴が駆け付けちまうだろ」


 なるほど。でも、だとしたら誰が防犯ブザーを鳴らしたんだろう。やはりシラベが? 僕はロッカー内部に落ちていた防犯ブザーをしげしげと眺める。




【談話室のロッカー】New!

談話室の入り口に置かれている清掃道具入れ。中は人が入れるだけの空間がある。

ロッカーは扉を挟んで大きな鏡と向き合うような形で設置されている。


【防犯ブザー】New!

事件発生当時鳴らされたシラベの防犯ブザー。

テイシ達が現場に駆け付けた際には防犯ブザーは止められていた。




「そうだ、ぬいぐるみ!」


『どわっ!? また呼び出しでありますか?』


「事件当時、防犯ブザーの音で僕たちは事件を知ったけどウツミさんの事件の時はアナウンスが流れていなかったか?」


『ああ、事件発生アナウンスでありますね!』


「今回それが無かったわけだけど。実際殺人は起きている。これはどういうことだ?」


『べ、別に本官、さぼっていたわけではないのでありますよ! 事件発生アナウンスは参加者に事件の発生を知らせるためのもの。ゆえに事件が発生したのと同じ部屋に被害者、クビ以外の参加者が居た場合アナウンスはならないのでありますよ!』


「なっ!? それって結構重要な情報じゃないか! 何で今まで隠してたんだよ!」


『だって聞かれなかったのでありますもん。それに殺すのはクビの側でありますから参加者側が知っている必要もないでありましょうが!』


 逆切れするぬいぐるみ。まあいい、事件発生アナウンスの仕組み。覚えておこう。




【鳴らなかった事件発生アナウンス】New!

事件発生後、被害者の死亡時に館内に異常を報せるために鳴るアナウンス。

事件現場と同一空間内にクビ、被害者を除く参加者がいる場合アナウンスはならないそうだ。



 とりあえずここで調べられることはこのぐらいだろうか。


「テイシ。今度こそ絶対にクビを捕まえようね」


「ああ。もちろんだ」


 今度こそクビの犯行を止めるんだ。マモル、デンシに見張りを頼んだ僕らは談話室を後にする。

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