第四話 かくして疑惑は深まる
*
6月23日 07:22 〔大部屋(男性用)〕
『それは、ヒントなのであります』
ぬいぐるみの残した言葉が頭の中を反響する。
僕らの前にあるのはそれぞれの私物が入れられているという五つの黒革の鞄。小柄な人間であれば入ることのできる程度の大きさがあり、鞄にはそれぞれ参加者の名前が記載されている。僕は自分の名前の記された札の置かれた鞄を手に取ると、罠を警戒しながら慎重にファスナーを開いた。
布の柔らかな手触り。そのまま鞄から取り出してみれば、それは僕が愛用している青と白が並ぶストライプのパジャマだった……パジャマ? 確かにぬいぐるみは鞄の中に入っているのは私物だと言っていたが、なぜわざわざこんなものを用意したんだ? 混乱する思考のまま、僕は最大限の警戒心を抱きながら鞄の中身を確認していく。
出てくるのは白色のランニングシャツに、愛用の五本指ソックス。タンスの奥に眠っていたはずの年代物のジーンズは畳み方すらそのままに鞄に収められていた。服以外のものを探すも普段使っている電動歯ブラシや、寝る前に読んだまま読みかけとなっていた文庫本、趣味で作っているプラモデルに、衝動買いした陶器製の猫の置物など。鞄の内容物は僕の部屋から無作為に持ってきたとしか思えない内容の物であった。
「これがヒント、なのでしょうか」
「服に、タオルに、シャンプー、石鹸……って、ただの旅行鞄じゃねえか⁉」
上がる声に辺りを見回すと、床に荷物を広げた皆も困惑顔を浮かべている。どうやら皆の鞄も入っていた物は似たり寄ったりの様子だ。僕は改めて頭をひねる。
ぬいぐるみはこの中にクビ特定につながるヒントが隠されていると言っていたが、いったい衣類や生活用品からクビへと繋がる何のロジックが組みあがるというのだろうか。衣類、生活用品、文庫本、プラモデル、置物。僕の私物であるということ以上の共通項は見いだせない。それでは、この中のどれか一つが重要な意味を持つのだろうか? 僕は猫の置物を回しながら異常が無いか確認する。
「では。私たちは女性部屋の荷物の確認に行ってきますね!」
後ろで様子を窺っていた女性陣は、すぐに事態が進展することはないと見たのだろう。部屋の入り口に立つシラベから僕らに声が掛ける。
「あっ、なら僕もそちらに行きます」
「テイシさんは男性でしょう? 女性部屋の調査なら私たちに任せてください」
「テイシ。私なら大丈夫だよ。テイシはちゃんと自分の分の荷物を調べててね!」
マコだけが疑われている状況だ。一人には出来ないと考えた僕は手にしていた置物を床に置くが、同行の申し出はシラベから、そしてマコ自身からも断られる。
「でも」
「大丈夫ですよ、テイシさん」
なおも追いすがろうと立ち上がる僕だが、僕が言葉を言い終わる前に今度はデンシが近寄ってくる。
「私はマコさんを疑っていませんし、シラベさんもむやみに人を傷つけるような方ではありません。マコさんを心配する気持ちは分かりますが、今は皆で力を合わせるときです。各々ができることを頑張りましょう」
デンシに、シラベ。そして、マコ自身から諭されては僕が反論の句を継げるはずもない。
「……デンシさん。分かりました。マコを頼みます」
「ええ。了解しました」
僕は肩を落とすと、デンシにマコを託す旨を伝える。部屋を去っていく三人の後姿を見送った僕は、マコへの心配で引きずられる意識を何とか修正し、床に広げた荷物へと向かう。
僕が手にしたのは文庫本。内容はAIが活躍する異世界ファンタジーだったはずだ。ミステリーにおいてヒントと言われ思い当たるものと言えば暗号だ。となれば真っ先に気になるのが文字の羅列が印字されているこの文庫本だろう。僕はページをパラパラとめくりながら、記された文字に目印が書き込まれていないか探す。しおりを調べたり、カバー取り去って裏表紙を見てみたりするも何も見つからない。仮に暗号でも仕込まれているのならどこかにそれを解読するための鍵が記されているはずであるが残念ながらそういった類のものは見つからない。
続いて何か意味がありそうなプラモデルや置物を調べてみるが空振り。念のため鞄の中も調べてみるが二重底になっているとかそういう仕掛けも見つからず僕は途方に暮れる。
あと残っているのは歯ブラシや衣類くらいか。
――ヒラッ
折り畳まれたパジャマを広げると一枚の紙片が落ちる。何かの、写真? 僕は床へと落ちたそれを拾い上げる。
「っ!?」
僕はとっさにその紙片をポケットへとねじ込も
「テイシ。その紙片を俺に見せてみろ」
掴まれた右腕。僕は背後から掛けられた声にゆっくりと振り向く。
「いや。ええっと、何のことかな?」
「お前は俺を前に言い逃れできるつもりでいるのか。俺をあまり侮辱しないことだな」
冷え切ったカタメの声。僕はカタメから離れようとするが僕の右腕をつかんだままのカタメの手がそれを許さない。
「離してくれないかな、カタメさん。別に僕は何も隠してなんか」
「今拾い上げたのは写真だろう。ポリス君は荷物にクビ特定のヒントが隠されているといった。今のが写真であればいかにも怪しいわけだが、いったい何が写っているのか」
「だから、僕は何も隠してないって!」
「おいおいおい、テイシ。なんか盛り上がってるけど、お前またなんかやらかしたのかよ」
「な、なにか隠しているの? そ、それってもしかして何か危ない物じゃないよね?」
カタメの声に反応したのだろう。ジンケン、コロも寄ってくる。マモルは表情を変えぬままこちらに視線だけを送っている。
「テイシ、抵抗はするなよ。暴れられたら暴力禁止のルールに抵触する可能性があるからな」
カタメ、ジンケン、コロ。三人に囲まれた僕は目を伏せることしかできない。僕の腕を握るカタメの手に力が入る。僕は腕に力を込め抵抗するが所詮は多勢に無勢。ジンケンがカタメに加勢すると僕の手はポケットから引き抜かれてしまう。
「おい、これって」
ジンケンの絶句する音が聞こえる。だめだ、これを見られたら。
「こ、これって。マ、マコさんですよね!?」
「おい! どういうことだよ、テイシ!」
「違う、違うんだ!」
僕はカタメに奪われた写真を奪い返す。子供の頃のマコが写った写真。こんなの、こんなものを皆が見たら!
「ポリス君のクビを示すヒントだという言葉、マコの姿が写された写真。テイシ、お前はこれらをどう考える?」
トーンを落としたカタメの言葉に、僕は俯くことでしか答えることができずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます