第三話 惨事を贈る

6月23日 07:04 〔大広間〕


『貴様ら方、おはようございます、であります!』


 大広間に響く不快極まりない声。

 早朝から大音量で流されたアナウンスにより叩き起こされた僕ら八人は、音声に従い大広間のモニターの前に集まっていた。布団の中で呼び出しを聞いた時には、殺人かと跳ね起きたのだが大広間では既に全員が集まっており、ホッとしたものだ。隣を向けば一緒に泡を食っていたマコも同様の感想を抱いたのだろう。小さく息をついていた。

 

 招集アナウンスはもちろんマコも対象としている。昨夜を牢屋内で過ごしたマコは鍵を持つマモルの判断により牢屋を出され、ここ大広間へとやってきたのだった。周囲を見渡せば僕と目が合った幾人かは気まずそうに目線を逸らす。僕は薄暗い感情を覚えつつ、目下の敵であるぬいぐるみの映るモニターを見上げる。


 モニターに映る犬の人形は相変わらずの抑揚のない合成音声を垂れ流している。この悪趣味な人形が何の目的もなく僕らを招集にかけるはずもないのだ。僕らは警戒の姿勢を崩すことなく天井に設置されたモニターを凝視する。




『貴様ら方、昨夜はよく眠れたでありますか? 本官はとってもエキサイティン! 興奮しすぎてスリープモードになれなかったのでありますよ! ああ、思い出しただけで身震いするのであります。犯人も凶器も不明の死体の謎に、仲間同士で疑い合うギスギスでドロドロの議論風景! 失意の中、クビと断じられた者に無慈悲に振るわれる刃、飛び散る鮮血! そのなんと美しいことでありましょうか。本官危うく熱暴走を起こすところでありましたよ』


「てめえ、ふざけんじゃねえぞ。こちとら朝は苦手なんだよ。そんな胸糞悪いセリフを聞かすためだけに俺達を集めたってえのなら、ただじゃおかねえぞ!」


 意味不明、荒唐無稽な犬の人形のあいさつが僕らの間を流れていく。聞くに堪えぬ物言いを腹に据えかねたのだろう、ジンケンは寝ぐせの付いた頭を掻きながら音声を発するモニターへ向け怒声を浴びせている。


「ジンケン、お前が眠たいのは恐怖で眠れなかっただけだろう。機械相手に何を言っても無駄だ、止めておけ」


「はあ!? べ、別に俺はクビにビビってるわけじゃねえよ! クビの襲撃に備えて、寝ずの番をしてただけだろうが!」


 たしなめるカタメの言葉に赤面したジンケンは慌てた様子で怒声をあげる。徹夜したにしてはずいぶん元気なことだ。僕は眠い頭を必死に振りながら事の成り行きを観察する。


「ポリス君、俺達を集めて何を始めようというんだ?」


 モニターへと向き直ったカタメが険のある声で問う。冷たい視線を浴びせられたぬいぐるみはモニターの中でその太く短い腕を振りまわす。


『あひゃひゃ、カタメ君は相変わらずのせっかちさでありますな。そうすぐに白黒つけたいのなら独りでオセロでもやっているといいのでありますよ。そんなに急かされずとも言うのであります! 貴様ら方には今回のディスカッションで面白い物を見せてもらったのでありますからな、良い働きに対しては相応の対価を払うべきでありましょう? そこで、貴様ら方の頑張りに報いるために本官、とっておきの贈り物を用意したのでありますよ!』


 ぬいぐるみの言葉に続き、突如モニターの映像が揺れる。ぬいぐるみの言葉に僕らが疑問符を頭に浮かべる中、画面はブチンっと音をたて暗転してしまう。


「贈り物? テイシ、何のことだろうね」


「分からないけど、どうせロクでもないことだろ」


 贈り物という言葉に、僕は少なくない不安を感じながらモニターへと視線を戻した。




『あひゃひゃ、貴様ら方。良い子にしていたでありますかな?』


 映像が消えた後もモニター内蔵のスピーカーからは合成音声が流れ続けている。起きた変化に僕らが何事かと顔を見合わせているとモニターに再び色が戻り、ぬいぐるみが画面いっぱいに映される。映像の中に映るぬいぐるみを見て僕らは言葉を失ってしまう。


『おお。貴様ら方、本官のセクシーコスに見惚れて言葉も出ないでありますかな? あひゃひゃ。貴様ら方を魅了してしまうとは本官の柔らかボディも罪なものでありますよ!』


 画面に映し出されたのは上半身に赤い服を羽織り、頭に白いボンボンを付けた赤い帽子をかぶるぬいぐるみの姿だ。


『サンタポリス君の登場でありますよ!』


「お前、まさか、これが贈り物だとは言わないだろうな」


 何なんだこの頭の悪いやりとりは。

 苦言を呈するカタメの声。ぬいぐるみの言葉に僕は思わず頭を抱える。画面に映し出されたのはサンタ服を纏うぬいぐるみであった。手には人間の頭ほどもある大きな袋を持ち、画面の中で喚き散らしているその姿に僕はめまいを覚える。


『あひゃひゃ。ちゃんと貴様ら方への贈り物は別に用意しているでありますから安心するのでありますよ』


「この状況で何を安心しろというのか。用があるのならさっさと済ませるんだな。茶番にこれ以上俺を巻き込むな」


「てめえ、ふざけるのも大概にしろよ!」


『もう。貴様ら方ノリが悪いでありますな。まあ、事件も起きていないこんな繋ぎのシーンを引き延ばしていてもしょうがないのでありますから本題に戻るでありますよ。本官が今回用意したのは、貴様ら方の私物なのであります!』


 方々から上がる声を無視し、音量を上げそう言い放つぬいぐるみ。って、私物?


「はあ? 私物だあ。何のことだよ」


 僕の考えを代弁するようにジンケンの声があがる。


『プレゼントは誰にも気づかれない間に用意するのがサンタというものでありますよ! すでに用意はできているのでありますから貴様ら方、大部屋の方へ移動するのであります!』


 僕らの疑問を置きざりにしてぬいぐるみは強引に話を進める。正直無視したい気分だが、それはまずいんだろうな。僕らはお互いに顔を見合わせながらぬいぐるみの誘導に従い移動する。




6月23日 07:15 〔大部屋(男性用)〕


 大広間には二つの部屋が隣接している。廊下側の入り口とは反対側の壁に設置されている二つの扉。そこからは僕らが眠るときに使っている大部屋へそれぞれがつながっている。右側が男性用、左側が女性用だ。特にぬいぐるみから指定があったわけではないが男が女の部屋に入るというのはあまりよろしくない気がする。というわけで皆が男性用の大部屋に集まったわけだが。


「あっ、こ、これ僕の物です!」


「これは俺のだな。だが、どうしてここに」


 大部屋に入ると部屋の中央には五つの大きな鞄が置かれていた。鞄にはそれぞれ男性陣の名前が書かれた札が提がっており、警戒しながら中を覗くと衣類や生活用品に加え鞄ごとにパソコンやキャンプ道具に、難しそうな専門書など様々な物が入っていた。コロが鞄から何やら工具の入った箱を取り出し声をあげると、その隣で別の鞄の中身を確認していたカタメも荷物が自分の物であることを証言する。


『あひゃひゃ、それは貴様ら方それぞれの家から持ってきた貴様ら方自身の私物でありますよ! 結構な量があって持ってくるのに苦労したのであります』


「うええ! も、持ってきたって、ぼ、僕らの家に勝手に入って盗んで来たってこと!?」


『あひゃひゃ、コロ君。今更な指摘でありますな。貴様ら方は誘拐されてここに来たのでありますよ。それに今の本官はサンタクロースなのであります! 煙突が無くたって家屋内への不法侵入ぐらいお茶の子さいさいなのでありますよ』


 ぬいぐるみの笑い声に辟易する僕たちは、ひとまず各々が鞄を手に取り自分の物が無いか確かめる。


『ちなみに女性陣の荷物は隣の部屋でありますから後で見に行くのでありますよ』


「ちょっといいですか、ポリス君」


 男性陣が開いた鞄の中を探る中、シラベは探偵帽を手で押さえながらモニターを見上げる。


『何でありますかな。シラベさん』


「てっきり危険な物でも入っているのかと思えば中身は服やらゲームやら。本当に私たちの家にあったただの私物のようですね。用意するのは相当手間だったでしょう? 一体何のつもりでこれだけのものを用意したんです?」


 広間に置かれた五つの鞄。その一つ一つが一メートル大であり、中身もぎっしりだ。隣の部屋には同じだけの荷物があるというし、これだけの荷物を運ぼうと思えば乗用車一台では足りないだろう。このぬいぐるみが意味もなくこんなことをするだろうか。シラベの疑問に僕は内心同意を示す。





『それは、ヒントなのであります』


「ヒント?」


 ぬいぐるみの言葉に僕は首を傾げる。


『言ったでありましょう? これは貴様ら方の頑張りに対するご褒美だと。貴様ら方が欲しがるヒントと言えばクビの正体に関するヒントに決まっているのでありますよ!』


 ぬいぐるみの言葉に僕は鞄に向いていた目をモニターへと向ける。


「ヒントって、ただの私物なんですよね? つまり、その私物の中にクビが誰か特定できるヒントが隠されているということですか?」


『まあそう言うことでありますな』


「おいおいおい、それが本当なら」


『あひゃひゃ。まあ、そうがっつかないでほしいのでありますよ。ヒントと言っても直接クビを示すようなものが入っているわけではないのでありますよ。ただの謎解きで真相が解明してしまってはせっかくのデスゲームが興醒めでありますからな。あくまで本官は参加者を殺したのが誰か、事件を推理することで貴様ら方がクビへと迫る様子をネットリと見ていたいのでありますよ』


「なら、結局ヒントは参考にならないということですか?」


『まあ、せっかく用意したヒントであります。全く触れられないのも本官悲しいのでありますから参考程度に役立ててほしいのでありますよ』


 言いたいことを言い終えたのだろう。ぬいぐるみの映るモニターは脈絡もなく電源が落ちる。後に残された僕たちは互いに顔を見合わせる。部屋の中に積まれた荷物。この中にどんなヒントが隠されているというのだろうか。


 僕は若干の期待と大きな不安を胸に、自身の名前の書かれた札が提げられた鞄を慎重に開いた。

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