第二十八話 ほおづえクライマックス

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※インフォメーション


いよいよ刎ねるディスカッションも終演間近。

我らがテイシさんによる最後の推理劇場の幕が開けようとしています。


とは言え、議会も長丁場。日の出の時刻も迫ってきております。

流石のテイシさんにも疲れが出たのでしょうか。今から披露される推理にはいくつか、【穴】が存在しているようです。


読者様方にはその【穴】に【証拠】をぶつけることにより、推理を正しい方向に導いていただきたいのです。


例:

『あらら、貴様ら方おねむの時間でありますか? 【あるもの】をつかえば、一発でぐっすり眠れるのでありますよ!』

→「【首輪の破壊防止機能】だな。でも、僕たちはクビを特定するまでまだ眠るわけにはいかない!」



『デンシ手帳 Vol.1』に載っている証拠一覧の中から【穴】を埋めるのに適切な【証拠】を選択してみてください。そのあとすぐに参加者によって正解が発表されますので、画面の前の皆様も共に議論を紡ぐ感覚、ぜひ味わってください。


以上、ご確認の程お願いいたします。


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6月22日 03:48 〔大広間〕

【議題:誰が罠を仕掛けたか】



「ヨイトさん。あなたがクビであるという事実、僕が改めて証明します!」


 僕は証拠の書かれた手帳を開く。今までみんなで紡いできた証拠で、言葉で。この場に真実を、証明して見せる!



【バーサス議論】 テイシ VS ヨイト CLIMAX!



「事件は、刃物所持の是非を問う投票の場面から始まる。提案者であるカタメ、デンシ、そして司会をかって出たマモルさんを除く僕ら七人は、投票のためにそれぞれ僕から【あるもの】を受け取ったんだ」










「テイシさんの【デンシ手帳】。そこから切り取った紙でしたね」


 僕の声にデンシは、柔和な笑みで答える。


「僕らはそれぞれ一枚、投票用紙としてクマの絵柄が掛かれた紙を受け取っていた。でも、クビは自身に配られた紙を別の紙と交換していたんだ。そうすることでクマの絵柄が描かれた白紙の紙を手にいれた。今思えば、クビはこの紙を使うことで僕やデンシさんに罪をかぶせたかったのかもしれない。けれども、この時はクビ以外の誰も犯行計画が動き出したことに気付かなかったんだ」


 常に皆のことを考え、自身が疑われても折れず、最後も僕らのために投票を止めてくれたデンシ。彼女にはとても頭があがらない。




「そして夕食の席。こぼれたコーヒーによって僕とウツミさんの服は濡れてしまった。僕が凶器を隠し持っていたことが露呈したせいで場は混乱の様相を呈す。そのせいで僕らはクビにつけ入る隙を与えてしまったんだ。本当に余計なことをしてしまったと反省しているよ。ウツミさんが着替えに席を立った際に、シラベさんはウツミさんの秘密に迫るべく密談の席を設けていた。おそらくこの時クビも、その密談のことを知っていたんだろうね。クビは密談の様子を記録した【あるもの】に目を付けて犯行に利用したんだ」










「【テープレコーダー】。私が密談の様子を記録した物です。紛失してしまうとは、探偵として不徳の致す限りです」


 シラベは探偵帽をかぶりなおしながら、肩を落とす。


「シラベさんのテープレコーダー。それを盗み出したクビはウツミさんの秘密を知り、それを犯行に利用する計画を思いついたんだ」


 シラベのテープレコーダー。これには最後まで助けられた。シラベ自身にも何度も助けられた。僕はシラベに感謝する。




「動き出したクビの犯行。まず、クビはテープレコーダーから知った秘密を利用し、ウツミさんを食堂に誘導する準備を始めた。クビがウツミさんに渡した【あるもの】。それによってウツミさんは死地へと誘いだされてしまう」










「ふっ。【謎の呼び出し状】だな。これは投票の時にクビがくすねた紙を利用し書かれた物だ」


 腕を組んだまま答えるカタメ。


「呼び出し状には食堂に来なければ秘密を暴露する旨が書かれていた。ウツミさんはその手紙の内容を見て呼び出しに従わざるをえなかったんだろうね」


 どこまでも証拠に立脚した論を展開するカタメ。衝突はしたが結局は助けられることも多かった。僕は小さく頭を下げる。




「そして舞台はウツミさんの殺害現場となる食堂に移る。翌日の朝食の準備をしていたマコとデンシさん。そこに彼女らを迎えに2人の人物が現れる。マモルさんがデンシさんを送り届ける一方、マコを送り届けることになったクビは牢屋でマコと別れた後、誰にも知られることなく一人、食堂へ向かった。目的は一つ、ウツミさんを殺すための罠を仕掛けるためだ。工作を終えたクビが最後に【あるもの】を動かすことで、ウツミさん殺しの恐るべき罠が完成したんだ」








「【炊飯器の違和感】。クビは事前準備としてタイマー、位置の移動、電源コードへの細工の3点を炊飯器に施していたはずです」


 マモルの落ち着いた口調が僕に届く。


「食堂でマコ達が食事の準備をしている間は人の目が有った。クビが殺人の準備を行うことができたのは、朝食準備後のこの空白の時間しかなかったんだ」


 司会として参加者をまとめてくれていたマモル。途中デンシを糾弾することはあったが、彼の誠実さは僕らを良い方向に導いてくれていた。




「訪れた運命の時刻。呼び出し状の内容に従い、ウツミさんは一人で食堂へ向かった。けれども、彼女が食堂に着いた時、そこには誰もおらず、それどころかウツミさんにとっては予期せぬ非常事態が起こってしまう。【あるもの】が突如、食堂で鳴り響いたんだ」









「か、【火災報知器】だよね。ぼ、僕もあの時はびっくりして失神するところだったよ」


 その時の状況を思い出したのだろう。コロの震えた声が聞こえる。


「炊飯器を火災報知器の下に移動させタイマーで炊き始めの時間を調節することで、クビはウツミさんが食堂にいるときに火災報知器が鳴る状況を作り出したんだ。突如鳴りだした火災報知器には、密談を知られたくないウツミさんも焦ったはずだよ」


 常にクビの恐怖におびえていたコロ。彼がいたから僕らは冷静に議論を進めることができたのかもしれない。




「鳴り続ける火災報知器。けれどもそれが設置されているのは天井付近だ。地面から手を伸ばしただけではウツミさんの身長をもってしても火災報知器に手は届かない。だからウツミさんは火災報知器に触れるため食堂にある【あるもの】を使うことを思いついたんだ」








「【食堂の椅子】だね! 事件当時、それがロープの真下に倒れていたから私が自殺と間違えって認識しちゃったんだよね」


 マコの声。いつでもそれが僕に力を与えてくれる。


「椅子を用いることでウツミさんがちょうど手が届く位置に火災報知器は設置されていた。けれども皮肉なことに、自ら用意したその椅子が、ウツミさんにとっては処刑台へと続く十三階段の最後の一段になってしまった」


 真っすぐで、どこまでも明るく、そして強い芯を持った僕の幼馴染。マコがいてくれたから、僕は今ここにこうして立ち、相手と向き合っていられるのだ。




「事態を収めるべく火災報知器へと手を伸ばすウツミさん。その体は火災報知器と連動するスプリンクラーの影響で濡れており、電気を通しやすい状態になっていた。火災報知器を止めるため、その側面に触れたウツミさんはそこに設置されていた【あるもの】に触れてしまい、命を落としてしまう」








「【露出した電源コード】。ウツミの死因は絞殺じゃなく、漏電による感電死だった、んだよな?」


 額に手を置きながらジンケンはその低い声で僕の言葉を継ぐ。


「漏電の瞬間。指先から入った電流が、ウツミさんの心臓を駆け抜けた。その跡はウツミさんの指先と足の裏にやけどの跡として残っていたよ。漏電により屋敷内は停電する。ぬいぐるみが電気を復旧させ、僕たちが食堂に駆け付けたころにはすでにウツミさんは息絶えていた」


 声を荒げ、場をかき乱すことの多かったジンケン。怒りやすく、僕と似た性質を併せ持つ彼だが、議論の場では共に考え、戦ってきた。

 皆の支えで僕はここまでたどり着いたんだ。皆の顔を見回した僕は、最後に人差し指をヨイトに突き立てる!




「これが、ウツミさん殺しの全貌だよ。そして、そのすべてが行えた人物。それはヨイトさん。あなたしかいない!」


「ウチじゃねぇ、ウチじゃ、ねぇ、ウチ、じゃ……」




【議題:誰が罠を仕掛けたか】 Complete!

→調理班を送り届けた後の空白の時間にヨイトが仕掛けた



【バーサス議論】 テイシ VS ヨイト Finish!





 膝から崩れ落ちるヨイト。彼女の目からは平時のぎらついた鋭い眼光は消え、もはや残り火すらもともっていないように思えた。力なくうなだれるヨイトの姿。僕らはその姿を黙って見つめる。審判の時が、来た。







6月22日 03:57 〔大広間〕


『あまりこういう煽りともとれるセリフを連発すると本官の格が落ちてしまいそうで不本意なのでありますが、仕事なのでやるでありますよ。貴様ら方。投票先はどうやら決まったようでありますね!』


「……」


 収束した可能性。最後に残ったその一つが示す先。そこには膝をつくヨイトの姿があった。その姿を見つめる僕らはかける言葉も見つからず、そして言葉をかけるべきなのかもわからずに、ただ立ち尽くす。


 変わり果てたヨイトの姿を前に、本当にクビはヨイトなのか。その思いは時間が経過するほど膨れ上がっていた。


『貴様ら方、お手元に投票ボタンは準備できているでありますかな? それでは行くでありますよ。投票フェーズ! クビだと思う人物の名前を押すのであります!』


 ぬいぐるみの言葉は、けれども僕らの間を素通りする。

 残された工程は一つ。 “灰島ヨイト” 。投票ボタンに書かれたその名前を押すだけだ。いままで証明してきた道のりのどれよりも簡単なその行為を、けれどもこの場の誰も行うことができないでいる。


 時間はある。もちろん先にデンシが言ったように、この安全が明言された時間を目一杯使うべきなのかもしれない。だが、僕らが動き出せないでいる理由は決してそんな建設的な物ではない。

 今まで目を背けてきた、クビと断じられた者が処刑されるというルール。目を向けてしまえばここまで走り続けることはできなかっただろう。けれども、もう終着点は目の前に来ている。このまま目を逸らし続けていればいつかは僕らの走る道は途絶え、知らずのうちに僕らは断崖から足を踏み外すことになるだろう。



「おい、本当にこれ、押さなきゃいけねえのかよ」


 心の叫び。ジンケンの口から漏れ出たその言葉は、僕らの現状を端的に言い表していた。




『あひゃひゃ。別に直接手を下せと言っているわけじゃないんでありますから、もっと肩の力を抜いて、気軽にポチッと押してしまうのでありますよ』


「こ、こんなのって、無いですよ」


『もしかして罪に問われるんじゃないかと怯えているのでありますか? それなら心配ご無用。アフターケアまでしっかりやってこその、デキル主催者でありますからな』




「いい加減にしろよ、ぬいぐるみ」


 もう限界だった。命を繋ぐべく、マコを守るべく理性で、言葉で戦ってきた。でも、もう目を背けることなんてできない。惨状から。不条理から。違和感から。狂気から。悪意から。現実から。

 僕らの投票によって人が死ぬ。そんな事、許せるはずがないじゃないか。ヨイトがクビかどうか。この際、そんなこと関係ない。


 

「僕らは、お前の描くドラマのキャラクターじゃないんだ。お前の脚本に従う必要なんてないはずだ」


『あひゃひゃ。いかにもドラマの主人公が言いそうなセリフでありますなあ。けれども忘れちゃいけないのでありますよ。貴様ら方の生殺与奪の権利は全て本官が握っているという、その事実を』


 天井に取り付けられたモニターには相変わらず、犬のぬいぐるみが映っている。その無気力な目からは、けれども明確な殺意を孕んでいるような錯覚を覚える。

 ぬいぐるみの手が動き、その首元をなでている。声色の無い合成音声。それが僕らの心臓を締め付け、打ち鳴らす。




『大勢への反抗は若者の特権でありますからな、血気盛んなのはいいことでありますよ。けれど、立ち向かう相手は選ばなければならないのであります。死して屍拾うものなし。無駄死にはやめてほしいのでありますな。登場キャラが減ったら推理のし甲斐がなくなるというものであります』


「ふざけないでください。命を、なんだと思っているのですか」


 立ち上がったマコが僕の隣に並び立つ。もう、僕にマコを止めるという考えは無かった。


『うーん。今度はマコさんまで。ウツミさんに、ヨイトさん。今回の事件で女性が二人消えようとしているのであります。バランスから言ってここでマコさんまで退場してしまうのは非常にもったいないのでありますよ』


「さっきから、ふざけているのか? 僕らは推理の難易度がどうとか、バランスがどうとか、そんなことを言っているわけじゃない」


『もう、テイシ君ったら! いい加減にするのでありますよ。これ以上、本官を困らせるようだと、』


「それはこっちのセリフだろ。理不尽を強要されて黙っている、そんなこと僕には、」




――プチッ



「っ!?」


 ゆがむ視界。上体が傾く。


――ドサッ


 何かが倒れる音。その音の発生源が自分の身体であることに気付くのにも少し、時間を要する。


「なっ、何を?」


『あひゃひゃ。テイシ君、最初に言ったでありますよね。投票行為の妨害も立派なルール違反だと』


 床に這いつくばり、意識を必死につなぎとめる。首に走った鋭い痛みは、おそらく。首輪から睡眠薬が投与された証だ。見上げる目線の先には、もはやモニターすら捉えることはできない。

 瞼が重い。ダメだ……




『あひゃ それ はテイ 君 、 い夢みるので   すよ……

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