第二十七話 げんこつレクイエム

6月22日 03:35 〔大広間〕

【議題:誰が罠を仕掛けたか】



「僕はあなたを告発します!」


 自然と震える指。真っすぐに伸ばした僕の人差し指の先には、いつもの薄ら笑いを引っ込め表情を硬くしたヨイトの鋭い眼光があった。

 僕への敵意を隠さない、細められた目。


「けっ。ウチを糾弾するとかいい度胸してるよねぇ。ぼろぼろに否定された後で後悔しな!」


 吐き捨てるように。侮蔑を口にしたヨイトは面倒くさそうに右手を腰に伸ばす。

 周囲から僕へと向けられる視線にはどこか冷たい物を感じる。僕の主張。その真偽を疑っているのがありありと伝わってくる。

 

 現在クビとして犯行が可能だったとされているのはマコと、そしてヨイトだけだ。ここで僕がヨイトをクビだと証明できず、逆に疑いを晴らされてしまえば残された道は破滅のみ。マコの処刑。そんなことは絶対にさせない。

 マコがクビでない以上、クビ足りうる人物は一人。ヨイト。僕は君をクビだと糾弾する。



【バーサス議論】 テイシ VS ヨイト  Start!


 

「テイシ、ウチを私怨でクビ指定とはな。ははっ、見直したぜおめぇさん。ただのイカレ野郎かと思っていたら、人を巻き込むタイプのイカレ野郎だったとはよお。ウチはクビじゃねぇんだ。証拠がねぇのに糾弾とか、笑えるよねぇ」


「ヨイトさんを糾弾した論拠ならありますよ」


 努めて冷静に。僕はヨイトに言葉を返す。


「ふーん。まずは聞いてやろうじゃねぇか。あんたの言うウチをクビだと疑う論拠ってやつをよ」


「臨むところです。まずあなたが怪しいと僕が考えた理由から行きましょうか」


 僕は手帳を繰りながら事件前後の記憶をたどる。


「まず僕が注目したのは、ウツミさんを食堂へ導いた呼び出し状です。そこにははっきりウツミさんの『秘密』という言葉が書かれていました。僕が着目したのはその秘密というのをクビがどこで知ったのか」


「そんなもん、ウチらを誘拐する下準備で調べていたんだろ?」


 ヨイトの言葉に僕は頷く。


「ええ。もちろん僕も始めはそう考えました。でももう一つ、別の可能性があるんです。シラベさんのテープレコーダー。そこにはウツミさんの秘密が収録されています」


「はい! 私は職業柄、裏の仕事には多少詳しい面がありまして。ウツミさんが麻薬の売人だったことは事前に知っていました。それを確認した際の私とウツミさんの会話記録がこのテープレコーダーには入っています」


 僕の言葉を受け、シラベがポケットから棒状の機械を取り出す。

 テープレコーダー。探偵の必需品だとシラベが言っていたそれが、今回の僕の主張の鍵となる代物だ。僕は慎重に論を進める。


「テープレコーダーにはウツミさんの秘密が収録されていた。クビがそれを聞いて呼び出し状を書いたとしたらどうでしょう」


「けっ。クビがシラベのテープレコーダーの内容を盗み聞いたって言うのかい? わざわざそんなリスクを冒すとも思えないけどねぇ」


「ですが、事件前シラベさんのテープレコーダーは何者かの手によって奪われていました」


「はい! 探偵として、非常に迂闊でしたが事件前私はテープレコーダーを紛失してしまったんです。事件後、トイレ前に落ちているテープレコーダーを見つけたのですがタイミング的に、クビがこのテープレコーダーを利用したと考えることができますよね」


「わざわざリスクを冒してまで奪ったんです。犯行に関係すると考えた方が自然ではないでしょうか?」


 シラベの補足を受け、僕が言葉を締める。

 テープレコーダーが犯行に関わっている。まず、このことを皆に認めてもらえなければ僕の推論は破綻してしまうのだ。頬を汗が伝うのを感じる。

 あたりを見回すが幸い、今の主張に反論を唱える者はいないようだ。僕はひとまずホッと息をし、言葉を続ける。



「テープレコーダーが事件に関わっているとすれば、テープレコーダーを盗んだ人物もクビであると推測できますよね」


「はあ? ウチがそのテープレコーダーを盗んだって言いたいのか?」


「ええ。僕はヨイトさん。あなたがテープレコーダーを盗んだのではないかと疑っています」


 僕の言葉にヨイトの表情が、ゆがむ。すぐにゆがみは消えるが対面する僕はその変化を見逃さなかった。これはおそらくヨイトに心当たりがあるということだ。僕は攻勢に転じる。


「シラベさん。紛失していたテープレコーダーですが、いつどこで見つけたんでしたっけ?」


「はい! あれは事件発生直後の事でしたね。捜査中、テープレコーダーはトイレの前に落ちていました」


 思案気に答えるシラベ。議論を進める僕らを囲う他の参加者の息遣いがやけに大きく感じられる。


「トイレの前。大広間から死体発見現場である食堂に行く際には当然、トイレの前を通りますよね。その時、テープレコーダーは見なかったのですか?」


「はい! 事件発生当時からテープレコーダーのことは気にしていましたから、地面に落ちていれば見逃すことはないかと思います」


 シラベの言。つまりこの証言が示すのは・・・・・・


「つまり、テープレコーダーは事件発見後、トイレの前に置かれた。そういう認識でいいですね」


「うーん。正確に言えばもう少し時刻は限定できますね。事件発見後、私とコロさんはボイスレコーダーが荷物に紛れていないか探しに大部屋へと戻っているんですよね。その際にトイレの前を通りましたが、ボイスレコーダーは落ちていませんでした。そして、テイシさんにボイスレコーダーのことを話す直前、大部屋から食堂に行く途中で落ちているボイスレコーダーを見つけたんです」


「聞きましたか? ヨイトさん。ボイスレコーダーは事件後にトイレ前に置かれた。捜査中は基本的に皆がペアを組んで行動していました。デンシさん、マモルさんは現場を監視するため食堂から出ていない。マコと僕、シラベさんとコロ、カタメさんとジンケンさんは互いに事件後の行動を証言できる。では、いったい誰がボイスレコーダーをトイレの前に置いておくことができたのか」


「はあ!? それがウチだって言うのかよ!?」


「ええ。あなたは事件後の捜査では単独行動をとっていた。テープレコーダーをずっと所持しているわけにはいきませんから、あなたはその間にトイレの前にレコーダーを置いておいたのでしょう」


「なっ!? ふざけんな!?」


 ヨイトの激昂。僕は足を半歩引きヨイトから距離を取る。

 人を糾弾するうしろめたさ、相手のひた隠しにする何かに迫る恐怖。僕はそれでも足を踏み出し、ヨイトへと視線を返す。


「コロさんや僕から財布をすり取ったあなたの技術があればテープレコーダーを盗むことも難しくありませんよね?」


「……いい加減に、しろよ」


 押しこごめられたヨイトの声。



※「いい加減にしろよ、テイシ。てめぇの言うことは全て状況を見た推論だろうがよ。そもそもウチがボイスレコーダーを盗んだなんて証拠はねぇ。ウチは議会でボイスレコーダーの話が出るまで存在自体知らなかったんだ! ウチはやってねぇ」


「いいや、ボイスレコーダーの窃盗。やったのは、あなたです!」


 これが僕が導き出した真実。

 ボイスレコーダー。事件と関わっているのは間違いない。そして、それを盗んだものはクビである可能性が極めて高い。仮にヨイトがボイスレコーダーを盗んだのだとすれば、犯行が可能な人物がマコとヨイトしかいない以上、ヨイトがクビ候補筆頭となるはずだ。

 そして、ヨイトは言っている。ボイスレコーダーの存在は知らなかった、と。確かに今のヨイトの発言。その矛盾に突きつけるべき証拠を僕は持ち合わせていない。けれどもこの証言は、ヨイトが口走った、【あの発言】と矛盾するんだ!









――ウツミって薬やってたんだろ? なら、睡眠薬に抵抗を持っていてもおかしくはねぇわな



「ウツミさんが睡眠薬で眠らされていたんじゃないかという議論の時、あなたはこう言っていました。ですが、ウツミさんが薬の売人をやっていたという事実。どうしてヨイトさんは知っていたんですか?」


「はあ? そんなもん、証拠になるかよ!」


「いいえ。あなたは議会に入るまでボイスレコーダーの存在を知らなかったと言っていた。でもおかしいですよね。あの時はまだ、ボイスレコーダーの中身については皆に共有されていませんでした。どうしてヨイトさんはボイスレコーダーの中に収録されていたウツミさんの秘密を知っていたんですか?」


「……」


 秘密の暴露。クビしか知りえない情報を知っていたものはクビと断ずることができる。答えは議論の初めから出ていたのだ。

 沈黙。顔を伏せたヨイトに僕は警戒の目を向ける。

 これで終わってくれればいい。だが。


「ウチは、言ってねぇ」


 ヨイトは顔を上げる。


「言ってないって、そんな言い訳通じるわけが」


「はっ。それはどうだかねぇ。ウチがウツミの過去を事前に知っていたって? そんなのてめぇの聞き間違いだろうよ」


「そんな無茶苦茶な」


「いいや。現にウチは身に覚えがねぇんだ。テイシ、あんたの言いがかりだ」


 苦し紛れの言い訳。ヨイトが嘘をついているのは明白だ。だが。


「証拠と違って、証言なんて聞き間違えがざらにあるだろ。そして証言者本人が発言を否定しているんだ。ウチがその言葉を吐いたって、証明できるのか?」


「くっ」


 すがるように向けた視線。けれどもマコは僕の視線を受け、首を横に振る。確かに、あの時の議論の相手は僕だった。聞いていただけの人からしたら、覚えていなくとも仕方がない。ならば。


「ぬいぐるみ。お前なら議論の音声データを持っているんじゃないのか?」


 人がダメなら機械に頼るまでだ。


『うーん。本官はプログラムに従って動く人形なのでありますよ。参加者の誰かに対し著しく不利に働く情報の開示は認められないでありますな』


「そんな」


 モニターから流れてくる拒否の言葉。

 人も、機械もダメならばいったいどうやって証明すれば。うなだれる僕の耳に、けれどもその難題をぶち壊す福音は、機械特有のノイズと共に流れ込んで来た。




――ザザッ


『そして、コロさん達がトイレに行っていた時間はちょうど1時間。これじゃあ、罠を仕掛ける時間なんてないよ』


 うん? これは僕の声。しかも、このシーンは。僕はとっさに顔を上げる。音の出所には親指を立て僕に合図を送るシラベの姿が。

 合図を送る反対の手に握られているのはテープレコーダー・・・・・・まさか。


『はあ? そんなの薬が早く切れただけかもしれねぇじゃねぇか。ウツミって薬やってたんだろ? なら、睡眠薬に抵抗を持っていてもおかしくはねぇわな』


『本官、そんな半端な仕事はしないのでありますよ!』

 

 

――ブチッ



「なっ、こ、こりゃ。シラベ、どういう」


「シラベさん。もしかして」


 ヨイトは上ずる声で、僕は弾む声で。今の事象を起こしたであろう張本人であるシラベは、僕らの声を受け、涼しい笑顔を返す。


「『どういう』も、『もしかして』も。私、言いましたよね? ボイスレコーダーは探偵の必需品だって。当然、録音していますよ。この議論の最初から最後まで、すべての会話を、ね!」


「あ、ああ」




 投票ボタン。そこにかかっていたヨイトの手が静かに投票台から、落ちる。


「違う、ウチじゃ、ウチは」


 ヨイトの口からこぼれだすのは現実を否定する、独り言。もうその眼からは先ほどの人を射殺すような光が消え、今はただ深い黒色を湛えている。

 それは、僕らの渾身の拳が、ヨイトの信念を打ち破った瞬間であった。




「ウチは、やってない。ボイスレコーダーもただ、ポケットに入っていただけなんだ」


「ヨイトさん。あなたは言っていました。自分はボイスレコーダーのことを知らなかった、と。その言い訳は通用しませんよ」


 場の空気は決まった。

 デンシが言葉を尽くし、シラベが探偵としての役割を全うし、マコが身を挺してたどり着いた僕らの真実。


「ウチは、やってねぇんだよ」


「いいえ。ヨイトさん。クビはあなただ」


 力なく自身の潔白を訴え続けるヨイトを前に僕は、その姿から目をそらさないでいることで応える。ヨイトのつぶやきは段々と、小さくなっていく。

 


「ヨイトさん。今から、僕が事件を振り返ります。これで終わりにしましょう。あなたがクビであるという事実、僕が改めて証明します!」


 僕は証拠の書かれた手帳を胸に、最後の言葉を紡ぎだす。たどり着いた、真実。それを、証明して見せる。

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