第十八話 はらづもりオポジション

6月22日 02:41 〔食堂〕

【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】


 ピチャッ、と。床に溜まる水の上を進むたびに、足の裏に伝わる湿り気を持った冷感と共に、水の跳ねる音が聞こえてくる。死体に掛けられたテーブルクロスの脇を回り込むように進んだ僕達は、食堂とキッチンを繋ぐ出入口の前へとやってくる。


「うう。これじゃあ中身もきっと台無しだよね」


 隣を進むマコは、キッチンを覗き込みながら自身の作ったみそ汁の鍋が水浸しになっているのに目を向けている。


「途中で停電にもなったし、ご飯も炊けていないだろうな」


「うん。でもそれはもともとで、朝五時に炊けるようセットしていたから、まだ生米のままだと思うよ」


 炊飯器の蓋を開けるマコ。けれども、中身を見た彼女はクビを傾げる。


「あれ? このご飯、なぜか炊き掛けになってる」


 声を受け、マコと顔を並べ炊飯器を覗きこむ。そこにはまだ米の粒として形を残した炊きかけのご飯が、張られた水の上に顔を覗かせていた。うっすらと湯気が立ち上っているのも分かる。


「水でふやけただけ、とは違うな。タイマーをセットし間違えたんじゃないのか? それに炊飯器の置いてある位置もおかしいよ。なんでこんな、キッチンへの通路を遮る位置に置いてあるんだろう」


「私が調理していた時はキッチンの中にあったはずだけど」


 僕らはとりあえず疑問をメモに書き起こす。



【炊飯器の違和感】New!

炊飯器は所定の位置から、キッチンと食堂の境まで移動されていた。

またマコの証言から、炊飯の予約時刻が早められていたという。





「それにしても、ここ歩きづらいね」


「ああ。もう靴もびっしょりだ」


 床の水たまりに目を向ける。僕は事件当時を思い起こした。


「そういえば、事件の起こる少し前、火災警報が鳴っていたよな」


「そういえばそうだね。そのあと、すぐに停電になって、死体が発見されたから記憶から飛んじゃってたよ」


「火と言えば、キッチンだろうけど火が上がった形跡は無いし、謎だな」


 ポリス君はルール説明の時に、この館の防災設備についても説明していたそうだ。

この館の火災報知器は煙感知式。つまり、高温の煙が発生した場合にそれを感知し、警報が作動する仕組みになっている。また、火災報知器とスプリンクラーは連動しており、ON/OFFの切り替えは同時に行われるそうだ。

 火災報知器が作動するほどの煙が出れば、当然臭いが部屋中にこもるはずだが、それがない。スプリンクラーからの放水で流されてしまったのだろうか。

 ともかく事件前に鳴った火災報知器。これも事件と関係があると考えた方がよいだろう。


 火の気が無いにもかかわらず火災報知器が鳴ったということは、どういうことだ? うーん。何か火災報知器の方に仕掛けがあるのかもしれない。

 僕は辺りを見回す。


「火災報知器ならキッチンへと続く扉の上についてるよ」


「ああ。だけどこの位置じゃ仕掛けがあるかどうかよく見えないな」


「じゃあ、ちょっと待ってて椅子持ってくるから」


「マコ、分かってると思うけど現場保存は大事だからな。ウツミの側で倒れている椅子は持ってくるなよ……あっ、そうか」


 死の直前、椅子に乗っていたウツミ。天井付近に設置された火災報知器。


「もしかして、そう言うことなのか?」


 いや、だが何のためにウツミはそんなことを? ……まだ手持ちの情報だけでは足りないか。情報収集を優先しよう。



「テイシ。何独りでしゃべってるの? 椅子持ってきたよ」


「ああ。ありがとう」


 マコから受け取った座椅子を火災報知器の下へと運ぶ。そして、手を伸ばそうとした僕はそこで動きを止める。倒れ伏すウツミの姿が脳裏をかすめる。

 そうだ。ここでウツミが死んでいる以上、ここにはクビの罠が仕掛けられているかもしれないのだ。


「テイシ、何やってるの?」


「ああ。もしかしたらここにクビの罠が仕掛けられてるんじゃないかと思って」


 僕は手を触れる前に目線を火災報知器へと這わす。そして、見つけた。



「これは」


「うん? テイシ、何かあったの」


「ああ。細工の跡がある」


「ええ! テイシ。それって、大変じゃん!」




 炊飯器から伸びる電源コード。僕が見つけたそれは、導線がむき出しになっていた。そしてその導線は火災報知器の側面に固定されている。

 【死体の状況】と合わせて考えれば、ウツミの死因は……



「テイシ。危ないから。考えるなら下に降りてからにしなよ」


「あっ、ああ。わかったよ」


 思考を中断した僕は椅子を降りる。まだ思考はまとまっていないが、今回の事件。何となく見えてきた気がする。



「それで、何かわかったの?」


「ああ。だけど、まだだ」


 僕は手帳を開きながら頭を振る。そう。まだなのだ。

 今から行われるのは命を懸けた話し合い。ゆえに、クビだってきっと僕らを貶めようと牙を研いでいるはずだ。人を殺した奴相手にあいまいな状態で議会の席に臨むわけにはいかない。

 でなければ、ヨイトの言う様に、捕食者を前にした気絶ヤギがごとく、僕らは糾弾するクビの声により、なすすべもなく食い殺されてしまうだろう。


 だから最低でもクビを特定できる証拠をつかまなければ。



「考えるのは後にして、まずは証拠を集めよう」


「うん。案ずるより産むがきよし! 行動あるのみだよ!」


「……わざわざ突っ込まないからな」


 マコの言葉にずっこけそうにはなるが、僕らは気合を入れ頷き合う。

 もう、ミスは許されない。次に僕が懐に忍ばせるのは、クビへと突き付けるナイフであって、自身の破滅を呼ぶ包丁であってはならないのだ。



【館内での異常】New!

2時過ぎ、館内に火災警報が鳴り響いた。原因は不明であり、館内で火事があった事実は見受けられない。警報が鳴った数十秒後、館内で停電が起こった。



【火災報知器】New!

食堂とキッチンを繋ぐ出入口付近に設置されている。煙感知式。

煙の検知と共に作動し、ON/OFFはスプリンクラーと連動している。

死体発見時は停電により作動を止めていた。



【露出した電源コード】New!

炊飯器の電源コードが露出した状態となっていた。

露出部分は火災報知器の側面部分に固定されていた

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