第十七話 みみよりメモリー

6月22日 02:28 〔食堂〕

【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】


 止められなかった犯行。

 遺体は現在、テーブルクロスが上からかけられているが、白い布地の真ん中に出来たふくらみを見ると先ほど目にした死体の光景がフラッシュバックしてくる。記憶の中の紫煙ウツミの姿に僕は後悔を抱かずにはいられない。


―― ……水も滴るいい女。濁った私には、不透明なコーヒーがお似合いかしら


 そう言っていたウツミは水浸しとなり死んでしまった。もはや彼女はそれを冗談だと笑うことすらできないのだ。そして、今回の悲劇を生みだした責任は、和を乱した僕にもあるだろう。

 僕は静かに頭を垂れると、黙とうする。




「テイシ、さっきはありがとね。危うく、みんなの前で恥をかいちゃうところだったよ」


「いや、別に大したことでもないよ。それよりも今は、ウツミさんのためにも犯人を見つけなきゃね」


 僕の隣に並ぶマコ。

 僕は自分の気持ちを奮い立たせるためにも、強い言葉を口にする。


「うん。まずは前に進まなきゃだね。マモルさん達は分かれて捜査をしようって言ってたけど、私たちはどこから捜査する?」


「まずは最も手掛かりが多いだろう、死体発見現場。つまりこの食堂からだろうな」


 マコは力強く頷いた。




 あの後、皆で話し合い、調査は二人一組で行うこととなった。現場である食堂には現場の見張り役を務めるデンシ、マモル。そして現場の調査を進めるシラベ、コロの組が残っている。他の皆は別の場所への調査に向かったようだ。僕とマコはまず、死体の状況を確認することとした。


「ウツミさん、本当に死んじゃったんだね」


「辛いなら僕が調査するからマコは他の所を」


「ううん。私も、ちゃんとウツミさんと向き合うよ。さっき私が的外れな推理をしたのだってウツミさんの状態をしっかり見れていなかったからだし」


 マコはそういうと、現在ウツミにかぶせられている食堂のテーブルクロスをめくり、中を確認する。僕もポケットから手帳を取り出しながらマコ同様、その中を覗き込む。


 大きめのTシャツの上に羽織った緑のパーカーに、ジーンズ。ウツミは僕が最後に見た格好のまま、倒れている。体は全身が水浸しであり、体の下になっていた部分も濡れていることからスプリンクラーが作動してからウツミが倒れたことが分かる。


「でも、ウツミさんの死因って何なんだろうね。溺死、では無さそうだし」


「うーん。何か手掛かりは、あれ?」


 ウツミの皮膚を調べていた僕は、右の人差し指の先に線状の火傷の跡を見つける。


「この跡、なんだろうね」

 

「うーん。一応メモしとこうか」



【死体の状況】 Update!

服装は大きめのTシャツの上に羽織った緑のパーカーに、ジーンズ。全身が水で濡れており、うつぶせに倒れていた。着衣に乱れはなく、争った形跡も見られない。

見たところ、大きな外傷はないが右の人差し指に線状の火傷跡が見つかる。



「ウツミさん、私たちが料理しているときは火に近づいてこなかったけど、どこで火傷なんて負ったんだろう」


「もしかしたら死因と関係があるかもしれないね。他に気になることはないかな」


「うん。さっきのテイシの話だと、ウツミさんは罠にかかって死んだんだよね? だとするとこの倒れた椅子とかはウツミさん自身が用意したことになるのかな?」



【食堂の椅子】New!

ウツミの足元に倒れていた。

上に乗ればウツミの身長でも天井付近まで手が届く。



「うーん。ウツミさんが椅子の上に乗った理由か。当然自殺のためではないよな」


「うん。呼び出し状にも椅子の上に乗れ、なんて記載は無かったしね。何がしたかったんだろう」


 僕らは釈然としないまま、テーブルクロスをウツミの上にかけなおす。




「テイシさん! 調査の方は進んでいますか?」


 背後から掛けられる異様に明るい声。振り向くとそこにはシラベと、その後ろに隠れるように立つコロの姿が。とはいえ、コロの方が圧倒的に体格が大きいため隠れられるわけもないのだが。


「僕らの方は今始めたばかりですよ。シラベさんの方はどうですか? 何かわかりましたか」


「いや。探偵として申し訳ないのですが、今から調査を始めるところなんです。実は、さっきまで個人的な探し物をしていまして。先ほど、トイレの近くでようやく見つけたんですよ」


 そういってシラベは棒状の機械を取り出した。


「これは?」


「ボイスレコーダーですよ。探偵の必需品です。事件発生前に紛失してしまっていたんですが、おそらくこれ。事件に関係あると思うんですよね」


 シラベはそういうと肩をすくめる。


「事件前、ですか。タイミング的に怪しいですね。それで、その中には何が入っているんですか?」


「ウツミさんの過去、ですよ」


 シラベの言葉。体に緊張が走るのが分かる。シラベは僕らに構わず続ける。


「先ほどの推理の際、テイシさん言ってましたよね。ウツミさんのポケットの中に呼び出し状が入っていたと。そこには過去をばらされたくなければ食堂に一人で来い、と脅し文句が書かれていたようですが、気になりませんか? 彼女の過去」


「でも、どうしてそれをシラベさんが知っているのですか? ウツミさんとは今回が初対面なのですよね」


「私は探偵ですよ! 普段は素行調査や、信用調査等やっている身です。そして、その調査の最中、ウツミさんに引っかかる情報があった。だから知っていたんです。彼女の抱える罪を」


「罪って。ウツミさん何をやらかしたって言うんです!?」


 マコが素っ頓狂な声を上げる。ウツミの抱える罪。この事件と何か関係があるのだろうか。



「ともあれ、一度実際にテープレコーダーの内容を聞いてもらった方が早いでしょう。こういった審判の場で一番雄弁に物を語るのは、動かぬ証拠、ですからね」


 シラベの言に僕らは頷く。シラベが、テープレコーダーをいじるとそれは流れてきた。





――ザザッ


『……シラベさん。話って何かしら』


 聞こえてきたのは怪訝な色の乗ったウツミの声。どうやら二人は密会をしている様子である。声を伏せるように話すウツミはどこかやましさを感じているような印象を受ける。


『ははは。そう警戒なさらずに。何も、私はあなたを取って食おうというわけじゃないんですから。ただ、この監禁生活の中に、あなたというの存在が紛れている。そこに首謀者の意図を感じ取りまして。ならば、あなたなら首謀者に心当たりがあるのではないか、そう見当をつけたわけです』


 一方のシラベはいつもの明るい調子でウツミに迫っている。ただ、内容が内容だけに、聞いている僕は言い知れぬ恐怖心を感じ取る。おそらくウツミも同様の感想を持ったことだろう。

 ウツミはさらに抑えた声で応答する。


『……私が犯罪者、ですか。何か証拠でも?』


『あれ、証拠が必要ですか? あなた、麻薬の渡し手ですよね? 以前、ある男の信用調査の際にその男が麻薬を摂取していたんですよ。その時、男に麻薬を渡していたのがあなただった』


『……論より証拠。証拠がないのなら、この話は終わり……今日は疲れたからもう寝るわ。おやすみなさい』


――ブチッ




「これは?」


「夕食後、テイシさんの刃物所持騒動があった後、ウツミさんはコーヒーで汚れた服を着替えに行きました。その際、混乱に乗じて話を聞いていたんですよ。彼女の過去について」


 僕の問いかけにシラベはボイスレコーダーを目の前に掲げる。


「職業柄、こういう犯罪がらみの話はよく聞きますからね。テイシさんが呼び出し状の存在を言い出したので、このテープが証拠になるんじゃないかと探していたんですよ。私とウツミさんの密会はほかの参加者は知りませんから、このレコーダーの存在を知るのはポリス君から確認できるクビだけだと思うんです。あっ、でも呼び出し状を出したのは私じゃないですよ」


「それで、それはいつ無くなったのですか?」


「紛失に気付いたのは21時頃でしょうか。それでこれを見つけたのが先ほど、トイレの前でした」


「ウツミさんが麻薬の売人だった、か」


 僕は万年筆を手に取る。



【テープレコーダー】New!

ウツミの正体を証明する音声が記録されている。シラベの持ち物。

事件前紛失していたが、調査中トイレの前に落ちているところをシラベが発見する。

紛失に気付いたのは21時頃。収録内容は20時頃撮られた。



【シラベの証言】New!

ウツミは麻薬の売人だった。シラベはウツミと20時頃密会を行っている。

密会の事実はウツミを除き、シラベしか知らない。



「ありがとうございます」


「はい! お互い調査頑張りましょう!」


 シラベはそういうと、コロを連れて食堂の方に入っていった。




「テイシさん、少しよろしいですか?」


 僕が顔を向けると、こちらに笑みを向けるデンシの姿が目に入る。隣にはマモルがおり、二人して犯人が証拠隠滅を行わないよう見張りを行ってもらっているのだ。


「どうしたんですか、デンシさん」


「はい。私は今ここから動くことができませんから、今皆さんの事件前後の行動を聞き取りしてまとめているのです。牢屋での出来事はテイシさんが詳しいと思いますのでお話をお聞きしようかと」


 デンシは手にしている手帳を掲げ僕に柔和な笑みを向ける。僕はそれにうなずく。




「僕が牢屋に入ったのが20時頃でしたね」


「うん。私もテイシと21時までは一緒にいたよね、途中で寝ちゃってたこともあるけど」


「テイシさんは牢屋に入っていたのですよね。マコさんが鍵を開けていないのならテイシさんは20時以降ウツミさん殺害のための行動を起こせないということになりますね」


 デンシは情報を手帳に書き込んでいく。

 なるほど確かに僕は20時以降、鉄格子の中にいたのだから、文字通りのアリバイがあるといえるだろう……うん、自分で言っていてむなしくなるな。


「そのあと、マコは食事の準備に出ていったな」


「うん。その時は話し合いはもう終わっていてデンシさんと夕食を作りに行ったよ」


 マコが食事を作りに行っていた時間は1時間ほど。その間、牢屋にはウツミ、コロが詰めていた。


「そういえば、話し合いの最中は誰か出ていかなかったんですか?」


「ええっと。テイシさんが捕まったのが20時頃。それから少しごたついていたのですが、20時10分には皆で大広間に集合しテイシさんの処遇に関する会議を始めました。会議が始まってからは終了する21時頃までマコさん、テイシさんを除く八名は大広間から出ていませんね」


 そうなると、皆その時間は互いの行動を証言できるわけだ。僕は上を向きながら、出来事を思い出す。


「21時にマコとデンシさんが夕食を作りに行ったんでしたよね。その間牢屋にはコロさんとウツミさんが居ました。22時頃食事の準備を終えたマコが帰ってきて、23時過ぎにコロさん、ウツミさんが二人でトイレに行きました。0時頃戻ってきましたね」


「トイレに1時間ですか。ずいぶん時間がかかりましたね」


「はい。途中でコロさんが寝ちゃったようで。運んでくるのに苦労したんではないでしょうか」


 思い返せばそのあと、二人でぐっすり寝てたからな。相当疲れていたのだろう。まあ、マコがお酒を持ってきたせいも多々あるんだろうけれど。


「テイシ、私の顔に何かついてるの?」


「ははは。いや、別にそういうわけじゃないよ。それで、0時半に見張りが交代。それ以降はデンシさんも一緒にいましたから何が起きたかは分かりますよね」


「ええ。事件発生の午前2時まで牢屋からは誰も出ていませんね」


 そういって、デンシは手帳に走らせていた筆を止める。


「犯行方法が判明していない以上確かなことは言えませんが、こうしてみるとテイシさんが一番犯人の可能性が低いと言えるでしょうか。私はこのメモの内容を覚えましたからテイシさんにお渡ししておきますね」


 デンシは手帳から一ページ破り取ると、僕へと手渡した。



【参加者のアリバイ】 New!

20:00 テイシの刃物所持騒動発生 牢屋にマコ、テイシが隔離される

    ウツミの着替えに乗じシラベがウツミから事情聴取 


20:10 テイシの処遇を決める会議が大広間で開始。 

    マコ、テイシ以外はこのあと21時まで行動を共にしている。


21:00 夜間の見張り開始。21:00~22:00まではデンシ、マコは夕食の調理のため食堂にいた。


23:00 ウツミ、コロがトイレへ 00:00頃牢屋へ戻ってくる。


0:30  夜間の見張りローテーション 


2:00頃 ウツミが一人トイレへ そして事件発生



 僕はメモ内容を咀嚼する。

 22:00以降、食堂に人はいなくなった。罠を仕掛けるとしたらこのタイミングだろうか。そして事件が起こった際に、ウツミは一人でトイレに行った。



「なるほど。ありがとうございます」


僕は少し考えた後、その場を後にした。



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