第十九話 しんしょうギルティ

6月22日 02:48 〔食堂〕

【議題:クビはどうやってウツミを殺したのか】


 事件前に起こった停電。起こった理由には概ね推測がついた。

 けれども事件解明にはまだ、確かめねばならないことがある。誰が停電後電気を復旧させたのか。その疑問が解けない限り、僕の推論は破綻してしまうからだ。

 けれどもその問いの答えは何のひねりもなく、の口から語られることになる。



『あひゃひゃ。そんなの、本官がやったに決まっているのでありますよ!』


「うん。まあ、そんなことだろうと思ったよ」


 食堂のモニター。そこに映し出されるぬいぐるみの姿。

 相変わらずイラつく顔つきだが、今回はこちらから呼び出したのだ。そのぐらいは我慢せねばならないだろう。

 僕は仕方ないな、と内心独りごちながらモニターに顔を向ける。



『ああ! テイシ君、今本官に対して失礼なことを考えていたでありますね』


「いやそんなことは、あるな」


 ぬいぐるみはモニターの中で警棒をバタバタ振っている。怒りの表現なのだろうが、その絵面からは滑稽さしか感じられない。そういえば、以前デンシにも顔色を読まれていたな。僕ってそんなに顔に出やすい性格だっけ?

 まあ、今はそんなことを考えていても仕方がない。切り替えよう。


 今重要なのは、ぬいぐるみの言だ。

 マコ、デンシの言では犯行時刻の2時にはウツミを除き、皆にアリバイがあるという。それは裏返せば、その時間帯、ブレーカーをあげにいった人物もいないということになる。もちろんウツミがブレーカーをあげたとも考えられるが、僕の考えではそれはあり得ない。

 ゆえに、誰がブレーカーをあげたのか確認しておく必要があったのだ。




『館内の電気系統はこのデスゲームをコントロールする要でありますからな。もともとブレーカーは本官側から操作できるようになっているのであります。停電中は本官、館内の様子が分からないでありますし、モニターも動かないでありますから指示もできない。なので、停電が起こった際には館内にある予備電源を使用し、本官のプログラムを起動。そのままブレーカーを本官側から操作したのでありますよ。もっとも、参加者の嵌めている首輪に連動する装置と、玄関の電子ロックは電源が別でありますから参加者に逃げられる恐れはないのでありますがね。あひゃひゃ』


「……」


 うん。わざわざ僕らが逃げられないという余計なことまで話してくるぬいぐるみ。だが、いちいちその言葉に構っているわけにもいかない。時間は有限で、僕の堪忍袋の強度も有限だ。さすがにこの局面で感情に飲まれている場合ではない。



「他に余計なことはしていないだろうな」


『はわわ。テイシ君。本官に向かってなんという言い草。本官の役割は監視であります。よって、本件にはブレーカーを上げる以外関わっていないでありますよ』


「……何もしてないんだな。なら、もう用はないから消えてくれ」


『言ったね、二度も言ったでありますね。開発者にも言われたことないのに! でありますよ。そんなこと言ってると不貞腐れちゃうんだから』

 

 そう言ってぬいぐるみは唐突にモニターの電源を落とす。

 うん。こんな状況でもなければ絶対に関わり合いになりたくないんだけどな。はあ。



【ポリス君の証言】New!

館内の電気系統は全てポリス君が操作可能。館内には予備電源が設置されており、停電時もポリス君は作動していた。

ポリス君は停電時ブレーカーを上げたが、それ以外の犯行への関与を否定している。




 僕がマコと顔を見合わせていると、僕たちの会話の成り行きを見守っていたマモルから声がかかる。


「テイシさん、ちょっといいですか?」


「あ、はい。何かあったんですか?」


「いえ、少しお尋ねしたいことがありまして」


 マモルは僕に耳打ちするように話しかけてくる。僕はその行動を疑問に思う。


「それで、何を聞きたいんですか?」


「ええ。テイシさんの手帳には動物の絵が付いていますよね。何の動物の絵が描かれているのか教えていただきたくて」


「? どういうことでしょうか」


 マモルからの予想外の質問に僕は面食らう。手帳の動物? 一体何の話だろうか。僕はとりあえず、マモルの質問に答えるため手帳を開く。

 僕の手帳に書かれているのは熊の絵柄。


「ああっ! テイシの手帳の動物、私のと違うよ!」


「うわっ、マコびっくりするだろ。って、そうなのか」


 突然上がった隣に立つマコからの声に僕は飛び上がる。マコは頷くと自分の手帳を取り出し開いた。そこには、片方の耳を折りたたんだかわいらしいウサギの絵が描かれていた。




「やはりそうなのですね」


「えっ、マモルさん。どういうことですか?」


「私の手帳も別の動物。コウモリの絵が描かれていました」


 そう言ってマモルも手帳を掲げる。

 確かにマモルの言った通り、ページの隅には両の羽を広げたコウモリの絵が描かれている。

 どうやら手帳ごとに描かれている動物は違うらしい。だとすると……どういうことになるんだ?


 僕の視線を感じてか、マモルが口を開く。


「先ほどの話し合いの時、テイシさん。ウツミさん宛ての呼び出し状があったと言っていましたよね。それで、その呼び出し状に使われていた紙には動物の絵が描かれていました。テイシさん。先ほどの呼び出し状、見せていただいてもよろしいですか?」


「えっ、あっ。はい」


 僕は慌ててポケットから呼び出し状を取り出す。広げた紙に描かれていたのは。


「ああああああ! 熊の絵だ!」


「はい。そして、まだ確証は得られていませんが、どうやらこの手帳は手帳ごとに動物の絵が違う様子です。つまり」


「僕の手帳の紙が、呼び出し状に使われたということですか?」


 頷くマモルを見て、僕は息を飲む。

 一体どういうことだ? 紙は僕の手帳の物。けれども当然、僕は呼び出し状など出していない。だとすると、考えられるのは……


「テイシさん、このことは他言無用でお願いできませんか?」


「えっ?」


 マモルの押しこごめたような声。

 ここに来て僕の中でマモルの態度への違和感に手帳の話が結びついた。




「マモルさんは、デンシさんを疑っているのですか?」


「えっ、どうして!?」


 マコは驚きの声を上げるが、僕の質問にマモルは一瞬だけ戸惑いの表情を見せるが、すぐに黙ってうなずいた。

 マモルが疑っているのがデンシであれば、当然この部屋にいる彼女に聞こえないように小声で話す配慮をする必要があったのだろう。

 マモルは一度後ろの様子を窺うと再び僕らの方へ向き直る。


「マコさん、少しお静かに。今説明しますから」


「あ、はい!」


「……いいですか。テイシさんが今持っている手帳はもともと、デンシさんの持ち物です。そして仮にすべての手帳にそれぞれ別の絵柄が描かれているのだとすれば、熊の絵の描かれた手帳はテイシさんの持つ一冊だけとなります」


「確かに私のもマモルさんのもテイシのとは別の動物が描かれていましたね」


「そして、その手帳はテイシさんが所持している以外の時間はデンシさんが持ち歩いていました。つまり、呼び出し状が書けるのはテイシさんか、デンシさんしかいないことになります。そして、テイシさんは8時以降牢屋に入っていました。一方、デンシさんは調理のため9時ごろ食堂を訪れています。そして、見た限り呼び出し状にはコーヒーの染みの跡が無かった。それは、コーヒーをこぼした8時以降にメモが渡されたということではないでしょうか」


 そこでマモルは言葉を切る。おそらく、自分の考えていることを口に出すことを躊躇しているのだろうか。先程から表情が暗い。だが、本番の議会前に情報ははっきりさせておく必要がある。

 僕はマモルの顔を見ると、言葉を引き継ぐ。


「つまり、マモルさんの考えでは、現状デンシさんが一番怪しい。そういうことですね」


「ええ……その通りです」


 マモルは短く息を吐き出す。その様子からは人を糾弾することに慣れていない様子がありありと窺われる。

 確かに現状判明している限りではデンシ、マコが夕食を作り終えてから、ウツミが食堂を訪れるまでに食堂を訪れた人物はいない。

 つまり、食堂の細工を施した者としては、夕食を作っていたデンシ、マコが怪しい。マモルはそう考えているのだろう。

 デンシへの疑い。僕はマモルの言葉を頭にとどめておくことにした。



【デンシ手帳】Update!

テイシに渡されたデンシの手帳。テイシが牢屋にいる間デンシが預かっていた。7ページ分破り取った後がある。紙には各ページに熊の絵が記されている。手帳ごとに描かれている動物は違うようだ。





「では、私は他の人の手帳も見せてもらっておきます」


 僕がメモを書き終えると、マモルから声が掛かる。


「デンシさんに直接、手帳の絵柄のことを聞くのははばかられますもんね」


「ええ。それに、この情報だけではクビ特定の決め手にはなりません。なので、なるべくデンシさんには情報を与えず、議会の際に証言を引き出す手札にしておきたいのです」


 マモルの言を受けて僕は意外に思う。

 話し合いの最中、常に自分の意見を言うことに抵抗を覚えている様子であったマモルだが、今の言葉からは強い決意のようなものを感じられたからだ。

 命のかかった議会。やはり誰でも無関心ではいられないということだろう。


 僕はマモルに一礼すると、マコと共に他の場所も調べるべく食堂を後にした。

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