第五-②話 めくじらトーキング 後半戦

6月21日 15:22 〔大広間〕


「だああああああああ、もお。結局クビは誰なんだよ! 名乗り出やがれや!」


 大広間にとどろく恫喝。

 パイプ椅子から立ち上がり、声を荒げる男――橙蝶ジンケンは最高にイラついた様子で声を荒げる。真っ黒いサングラスで目元は隠れているが、辺りを睨みつけているのだろうことは容易に想像ができた。


 黒いスーツにサングラス。いかつい顔つきに、荒い口調。何人かはヤンキーを彷彿とさせる風貌のジンケンにすごまれて、身をすくませた。

 彼は自己紹介の時、職種を語らなかったのだが、果たしてまともな定職に就いているのだろうか。明らかに喧嘩っ早いだろうジンケンの人物像を前に僕は知らずとマコを背に隠す位置に移動していた。




「それで出てくれば探偵は要りませんけれどね!」


「うるせえよ、シラベ。分かってんよ、そんなことは。でもなぁ、この状況で大人しくじっとしていられっかよ! 俺はこういうまどろっこしいことは大嫌いなんだ」


 シラベの空気の読めない探偵ツッコミ(?)も何のその。自身の感情を抑えきれず吼えるジンケンの様を見て僕は、ため息をつく。

 怒りを相手にぶつけていた時の僕も周りから腫れ物をさわる様に見られていたのだろうか。だとしたら、うん。嫌すぎる。

 ジンケンと同一視されることに抵抗感を感じていた僕だが、けれども、ジンケンの言葉には同意できる部分もある。彼の言動はあまり褒められたものではないとしても、彼の思考は理解できるからだ。何せさっきから僕自身もイラついていたのだから。


 話し合いでは、すでに今後の方針があらかた決まっていた。

 各自が探索していない場所を探索し、納得のいくまで調査する。行動は三人以上で行い、調査で気付いたことは皆に共有する。

 夜間は十人を三組に分け、組ごとに交代して見張りを立てる。監視の目を常に置くことで首謀者に犯行や罠を仕掛ける時間を作らせない。それが、僕らの出したクビに対抗する答えであった。


 けれども、それだけで話し合いは終わらない。

 クビを特定する。それが出来なければ現状は到底安全とは呼べない環境にあるからだ。

 誰がクビであるか。各自の行動や言動から各々が推論を述べ、クビだと指摘された者が指摘したものに食って掛かる。

 証拠に乏しい状態での話し合いである。それを繰り返すうちに場は次第にののしり合いの様相を呈し、そうなれば暴力行為が禁止されている現状、弁の弱い者が押し込まれていく。


 広がった不和は勢いを増し、それに押し込められた怒りが爆発したのだろう。言い込められたジンケンが声を荒げたのだ。


「ジンケンさん、落ち着いて。その言い方じゃ、疑われに行くようなものですよ」


「うるせえ、テイシ。つうか、お前も俺と同類みたいなもんだろが。さっきだって、怒りに任せて暴論を振るってたしよ。それなのに俺の言動にはケチをつけるんじゃあ道理が通らねえだろが!」


 僕の声かけも火に油。ジンケンの怒りのボルテージはどんどん高まっていく。

 そして、彼の怒りの矛先は、先ほどジンケンにクビの可能性があることを言及した法学生、金淵カタメへと向けられる。


「大体よお、カタメ。俺の見た目が暴力的だからって理由で、俺をクビ呼ばわりかよ。いい加減にしろ!」


「ちっ。今度は俺に噛みついてくるか。躾がなってない駄犬が。別に俺はお前を疑っているつもりはないぞ」


「はぁっ? でもさっきは」


「ここにいる以上容疑者には入るというだけのことだ。そして、俺はお前がクビである可能性は低いと踏んでいる」


 カタメへと飛び掛かったジンケンの牙は、けれどもカタメの予想外のジンケン擁護の言葉で折られてしまう。


「はあ? クビの人物像だあ?」


「ああ。まず、これだけの人間を誘拐し、一か所に集めるだけでも苦労するはず。それには綿密な計画を立てる頭脳や、それを実行に移せる行動力。さらにはこれだけの屋敷を用意するだけの資金力が必要だ。どれもそこでただ吼えているだけの野犬にはとても持ちえない物だろう」


「ああ、なるほどね。って、うぉおい! 何で俺をディスってんだよ!」


「よくわからないことを言う。俺はお前をクビではないと擁護してやっているんだ。感謝されこそすれ、怒りを向けるのは筋違いだろう」


「ああ、もう。お前、嫌い!」


 カタメの言葉に機嫌を悪くしたのであろう。ジンケンは、それでもこの場から一人で離れるのは拙いという良識はあるようだ。子供っぽい声を上げ席から立ちあがると、部屋の隅でいじけてしまった。って、子供かよ!? 

 僕はこうして収束するどころかあらぬ方向に発散していく話し合いに辟易するのだ。


 騒音の発生源が沈黙すると、今度は話し始める者がいなくなる。


「あ、あのう」


 けれども、そこで発言をしたのはこの場で最も意外な人物であった。






「どうしました、茶池コロさん?」


「うっ」


 大広間に怯えたような声があがる。

 今まで議論に参加することなく沈黙を守っていたコロが初めて声を発したのだ。

 けれども、コロの声はすぐに消え行ってしまう。マモルに問いかけられ身をすくめるコロ。その筋肉質な肉体美に似合わない臆病さで彼は震えていた。


 彼は自己紹介の時、林業に従事していると話していた。その屈強な体つきはその影響だろうか。常に目が泳いでおり、見ているこっちが不安になってくるタイプの人間である。話し方もおどおどしており、要領を得ないでいる。




「大丈夫ですか? コロさん。まだ体調が悪いようでしたらベッドの方で休まれては」


「あっ、いや。だ、大丈夫です。この状況で、ぼ、僕だけ寝てるなんて悪いですから」


「そうですか。ですがくれぐれも無理はなさりませんように」


 先ほどまでの憔悴しきったコロの様子を知っているからだろうか。柔和な笑みを浮かべつつ、僕らと同じく待機組であったデンシがコロに優しい言葉をかける。

 コロはデンシの落ち着いた口調に気遣われながら、それとは相反するたどたどしい口調で返事をする。

 目は見てて可哀そうになるぐらい泳いでおり、顔面も血の気がない。その状態で本当に大丈夫か? と心配になるぐらいの様子であるが、流石に緊張で失神することは無いだろう。僕らはコロの話に耳を傾ける。




「あ、あのう。ぼ、僕なんかじゃみんなの役には立てないと思うんだけど、でも。ぼ、僕の荷物を見たらこれが入ってたから。みんなに役立ててほしいんだ」


 コロはパイプ椅子の背もたれに掛けてあった自身の鞄を持ち上げる。

 ちなみに、各自の荷物は男女ごとに分かれ大部屋に置かれていた。僕の鞄には替えの衣類と、財布、スマホ、充電器、その他会社の書類が入っていた。昨日、会社にもっていった鞄に衣服が詰められただけのもの……せめて服は別にしまっておいて欲しかった。皺だらけじゃねえか。

 

 コロが取り出した鞄からは大量の品物が転がり出てくる。


「こ、これが防犯ブザーで、こっちが催涙スプレー。数は少ないけどスタンガンに、これが組み立て式警棒」


「ええっと、コロさん? 何でこんなもの、大量に持ってるんです?」


「えっ、い、いや。ぼ、僕の荷物の中に入ってました」


 いや、そういうことじゃなくて。

 コロの鞄から出てきたのは大量の防犯ブザーや、催涙スプレーなど、防犯グッズの数々。鞄の中身は基本的に自分自身の私物である様子なので、これらの大量のグッズはコロがもともと所有していたものということになる。消耗品(?)の催涙スプレーが大量にあるのはまだしも、防犯ブザーが数十個入っているのはなぜなのか。

 あと、催涙スプレーはそんなに大量消費しない。


「いえ。ぼ、僕、すごい不幸体質なんですよ。玄関を出ればドローンにぶつかられるし、公園の前を通りかかれば吸い込まれるように僕の顔面にボールが飛んでくるし、スリやひったくりの被害も日常茶飯で。よく冤罪で逮捕され掛けますし、たぶん今回の事件に巻き込まれたのもその一環なのかなと思うんですけど。だ、だから何があってもいいように、対策グッズは家に常備してるんです」

 

「ええ……」


 普段の僕ならば信じないであろう与太話を、コロは真剣に語る。

 とはいえ、この誘拐事件の状況下である。コロの話を一概に嘘だと断ずる気にはなれなかった。そもそも、そうでなければこの防犯グッズの意味不明な量も説明付かないし。


 コロはさらなる説明はしようとせずに、防犯ブザー、催涙スプレーを僕らに配っていく。

 スタンガンは五つしかないため女性のみに配られた……いや、普通は五つもあれば十分なんだが。


「い、今お渡ししたものは殺傷能力がありません。が、一定時間相手の行動を制限できます。これなら、クビに襲われたとき迎撃するのに最適な道具、だと思います。屋敷はそう広くありませんから、防犯ブザーをならせばすぐに危険を皆に知らせることができます。警棒は殺傷能力は高くありませんが、使用した場合万が一過剰防衛ととらえられては危険なので、僕の方で預かっておきます」


「ああ、ありがとう」


 先ほどまでのたどたどしさが消え、早口でグッズを説明していくコロ。ホームセンターの店員かなんかなんだろうか? 自己紹介の時は林業に従事していると言っていたが、現状真偽の確認のすべはない。



 コロのグッズがいきわたったところで司会役であるマモルが全体に向け、提案する。


「さて、みなさん。今回はこの辺りで解散し、各自方針に従い行動を起こすべきではないでしょうか。議論は出尽くしたかと思いますし、幸い、最低限身を守れるだけのアイテムもコロさんから受け取りました。複数で動けばクビもそうやすやすと手を出せないはずです」


「私も賛成します。判断材料が無い中での犯人当ては不和を生むだけでしょう。不和は放置すれば大きな亀裂となり、それはクビのつけ入る隙となります。ここは一度、各々が考えを整理するためにも時間を置くことが肝要かと」


 話を締めくくるマモルの言葉をデンシが肯定する。

 二人の言葉に幾人かは頷いて、それぞれ決められた役割を果たすため動き出した。これから、僕たちにとって本格的な戦いが始まるのだ。僕は自分の役割である屋敷内の探索を行うため同じく探索に行くメンバーの元へと歩き出す。




 ぬいぐるみは言っていた。この中にクビがいると。

 先ほどデンシは、情報がない中で疑うことは得策ではないという旨の発言をしたが、それに大人しく従えるほど、僕の精神性は大人じゃない。自制しようとしても疑いの心は僕の中で芽吹いてくる。

 今だって体中が小刻みに震えているぐらいだ。歩きながら僕は席を立つ面々を見回す。



 話し合いの司会進行を務めた白城マモル。

 メンバーの中で最年長だけあり、話し合い中は皆から出た意見をまとめたり、次に話す話題を提供したりと皆を引っ張り、落ち着いた働きを見せていた。彼の言動には棘がなく、僕はある程度マモルに対しては信頼感を寄せている。ただ、自己の考えを述べることはあまりなく、発言を促されても『一般論ですが』等前置きをする兆候があり、自分というものを出すのを避けている節があるようだ。

 もし彼が首謀者であるのなら目立たないように自分の意見の表出を避けていると捉えることもでき、司会という立ち場は、当然話を誘導しやすい立ち位置である。だが、そもそも彼が首謀者であるなら司会という一番目立つ肩書を受け入れるだろうか?

 真偽は分からないが他よりは冷静な分、緊急時のよりどころとして頼ることになるだろう。




 探偵を名乗る女性、桃道シラベ。

 探偵というあからさまに怪しい職業に、煤だらけになりながら探索を行う行動力。彼女は現実にある職業を指し探偵を名乗っていたが、彼女から見て取れる性質はフィクション世界に生きる探偵に近いように感じる。趣味の話ではホームズ等、探偵小説にあこがれている節ものぞかせているため、この閉鎖状況に際し自身を小説の中の探偵に重ねているのだろうか。

 行動や言動は奇怪なこともあるが、基本発言は建設的なものであり、調査のスキルも今のところは信用してよいだろう。思考力の程は分からないが、頭の回転は悪くはなさそう。明るく振舞う仮面の奥に潜む素顔が悪でないことを祈るばかりだ。




 配慮に欠けた言動の目立つ法学生、金淵カタメ。

 発言は攻撃的だが、議論を進めようとする様子は見られ、今のところクビを疑う要素は無い。だが、あからさまに怪しい。怪しすぎて逆に怪しくないぐらいに怪しい。

 自己紹介の時は多くを語らなかったため、彼の背景は現役法学生で父親が警察官僚である事程度しかわからないが、人間性に多少問題がある様子だ。頭は切れるし、弁は立つ。警戒すべき相手であろう。




 サングラスを掛けたヤンキー、橙蝶ジンケン。

 話し合い中も自身に疑いが向くと感情を爆発させ、誰彼構わず噛みつく様は明らかに直情型の人間である。発言内容も思慮に欠け暴力的、あまり信頼できる人物ではない。

 とはいえ、その威嚇行為は、会話の端々から感じ取れるこの状況への恐れの裏返しであろう。状況が落ち着けばもう少しまともになるかもしれない。

 暴力を振るわれるのは嫌だし、それによりジンケンが処刑されてしまうのはさすがに後味が悪すぎる。彼と関わるときは刺激しないよう気を付けるべきだろう。




 屈強な体躯に似合わず臆病な性格の茶池コロ。

 言動の端々から見える怯え、先ほど見せた大量の防犯グッズ等、かなりの小心者のようだ。

 先ほど言っていた不幸体質という言もあり、あまりいい印象を持たないが、今回の事件のように大きな事を起こせる人物にも見えない。身体を鍛えているのは、その不幸から身を守るためだろうか。

 防犯グッズを配る様子から僕らに協力しようとしている姿勢は見られるため、悪い奴ではなさそうだが。あのオーバーな怯え方はさすがに演技を疑ってしまう。




 常に柔和な笑顔を浮かべる黄葉デンシ。

 彼女には僕と、マコが体調を戻すまで付き添ってくれた恩もあり、悪い印象は持っていない。ただ、常に浮かべている笑顔や、その表情から紡がれる相手を包み込む口調には初対面の時、不気味さを覚えた。

 メディア関連の仕事をしているというだけあり、話し方は筋道が通っており、口ごもることも少ない。話し合いの場では良好な雰囲気づくりに寄与してくれた人物でもある。

 底が見えない人ではあるものの、現状僕がマコの次に信頼を寄せている人物である。




 病的な肌色に、無気力な話し方が目立つ紫煙ウツミと、勝気な口調、吊り上がった目元が印象的な灰島ヨイト。

 彼女たちは話し合い中、ほとんど発言は無かった。まあ、会話に得意不得意がある以上、それだけで怪しいと断ずるつもりはないが、話し合いに積極的でないというのはどうにも悪い印象を持ってしまう。



 僕とマコを除いた八人。皆が皆怪しく思えてしまう。

 場の空気は打倒クビに向け歩みだしているように思える。けれども僕らの中にクビが潜んでいるという事実がある以上、僕らの出した方針がクビにより誘導された物でないとは言い切れない。

 動き出そうとした僕の体は、どこか重く感じる。

 この状況下、僕の中の不信感は自身の動きにも影響を与えるほどであるようだ。



「じゃあ、テイシ。またあとでね」


「うん? ああ。夕食後にな」


 振り返るとマコが手を振っていた。


 僕とマコはしばらく別行動だ。僕はシラベ、コロ、ヨイトと共に探索へ。マコはデンシとともに調理当番だ。

 夕食づくりのためにキッチンへ向かうマコの背中を僕は見送る。


 気づけば先ほどまで入っていた肩の力は抜けており、僕は自然と前へと進みだしていた。もう体に重さは感じない。


 この最悪の状況。けれども、マコの笑顔が希望をくれる。マコを守る、その目的意識が僕の背中を押してくれる。マコからもらった力が僕の中をめぐる。


 僕は最悪の状況にあって、自身が恵まれていると感じていた。

 あきらめていたの道。それを果たすことができるのなら。



 僕は首を振り、共に探索する仲間への疑心を振り払う。

 誰がクビか、どうやって脱出するか。この館の探索で僕らは光明を見つけなければならないのだ。


 大広間の扉を押し開けた僕は、蛍光灯の明かりが照らす薄暗い廊下へと足を進める。

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