第五-①話 めくじらトーキング 前半戦

6月21日 14:00 〔大広間〕


 約束の時刻。

 窓辺に腰かけていた僕は、探索班の六人がぞろぞろと大広間に入ってくるのを見る。


 色濃い疲労の色を浮かべている彼ら。中でも死体の運搬を担当した男性三人は女性側に比べよりひどい表情であった。その間、休ませてもらっていた僕としてはその表情を受け罪悪感を覚える。


 ガラガラ、と。パイプ椅子に皆が腰かけていく音。

 参加者全員で大広間に集まったのは探索班の調査結果を聞くとともに、ここでの生活における行動指針を皆で話し合うためであった。

 十人の中に首謀者が混じっている以上、それ以外のメンバーで意思統一しておくのは自衛の策として当然の流れだろう。

 



「さっきは、ごめん」


 僕がパイプ椅子の一つに腰を下ろすと、僕の隣へ失神から回復したマコが来る。

 伏し目がちに僕へと謝るマコ。


「どうしたんだ?」


「ポリス君からの説明の時、テイシ。私の事庇ってくれたでしょ」


 マコは抑えた声で僕につぶやく。昔はこんなに鋭い感性を持ってはいなかったはずだが、成長したな。と上から目線で感想を持っておく。


「まあ、完全にお前、周りが見えていなかったからな。でも謝ることでもないだろ。マコの言っていることは正論だったし、あの後、結局、僕も暴走したし」


「うん、そっか。じゃあおあいこになるのか。でも、庇ってくれたのはうれしかった。ありがとう! やっぱりテイシはやさしいね」


「いや、そんなに大したことはしていないよ」


 マコの屈託のない笑顔に、僕は苦笑いする。




「まず私達、探索組が得た情報を共有しましょうか」


 円形に並べられた椅子に腰かけた十人。

 最後の一人の着席を見届けると同時に、僕の真向かいに座る白髪の男が口を開く。

 彼の名は白城マモル。最年長ということに加え、銀行員という比較的しっかりした身分である彼がこの場での仕切りを任されることとなった。

 昨今の金融政策の影響で銀行員も昔ほど信用が置ける職種ではなくなっているが、それはこの場とは関係ないだろう。言っても白い目で周りから見られるだけだ。

 軽く自己紹介を済ませた僕らは緊張の面持ちで場に望んでいた。



「うん。異議なし!」


 皆での情報共有。マモルの提案に対し場違いに明るい声が響く。僕がそちらを向くと、平たい帽子を金髪の上に載せた、はつらつとした表情を見せる女性――桃道シラベが手を挙げていた……うん。挙手するなら異議があるときにした方がいいと思うよ。

 しかも彼女はなぜか煤だらけになっている。って、いったいどんなアグレッシブな調査をしたんだよ。僕は心の中で嘆息する。

 

 自己紹介で職業は探偵だと名乗ったシラベ。

 もちろんミステリーに出てくる空想上の探偵ではなく、信用調査や素行調査を生業とする職業としての探偵だ。当然、フィクションじみた推理力や調査スキルがあるわけではないのだろう。

 とは言えこんな閉鎖空間で探偵を名乗れば皆がフィクション世界における探偵像を想像し、場の空気が、それはもう微妙なものになることは想像に難くないはずである。現に先ほど行った自己紹介の場では皆が呆けたような表情をしていた。

 それでも彼女は飄々とした態度で何事もなかったかのように周囲からの反応を受け流している……これが首謀者の演技にしたってあまりにも白々しすぎないか? そして、もしこれが素だとしてもよく探偵が務まっているものだ。


 シラベの場の空気を読まぬ発言に、けれども反対するものは無く、探索班がそれぞれ調査した結果を報告していく。




「私たちはポリス君から受け取った地図をもとに各部屋を順番に回っていきました」


 ここでも説明役を担ったのはマモルであった。彼は手にする地図を僕らに見せる。


「地図に書かれている部屋数は全部で十部屋。館全体の面積は二十×四十メートルほど。どの部屋にもポリス君の言っていたように罠や出入口のようなものはありませんでした」


「私とウツミさん、ヨイトさんの女三人は全部の部屋を見て回ってるから間違いないと断言できます!」


「……ええ」


「ああ、間違いねぇよ」


 マモルの言葉をシラベ達が補足する。これは、クビがこの中に混ざっている以上、単独の証言では嘘かどうかの判別が難しいためだ。クビが一人しかいない以上、クビ以外の参加者に嘘をつくメリットは無く、同一内容を二人以上が証言すればそれは正しい情報ということになる。

 華奢な体に青白い顔色の紫煙ウツミと、吊り上がった目じりに勝気な笑みを浮かべる灰島ヨイトの女二人がシラベの言葉に同意する。



「シラベさんの体の煤は、その探索の時に付いたものですか?」


 僕が先ほどから抱いていた疑問を口にすると、シラベは苦笑いしながら答えてきた。


「うん、そうだね! 【談話室】と書かれた部屋には【煙突】があって、外につながっていないか私が煙突の中に入って調査したんだ」




「それで、煙突は外につながっていたんですか?」


「それが、残念。煙突の途中には分厚い鉄網が入っていて、外へは出られそうになかったんだ。専用の道具がなければあれを壊すのは難しいだろうね。ね、ヨイトさん」


「ああ。ウチも写真を見せてもらったから煙突から外に出られないのは間違いねぇ」


「うーん。そうですか」


 それほど残念そうでもない口調のシラベ。この特異的な状況にあって彼女一人だけ、声には張りがあった。




「おい、探偵」


 僕とシラベの質疑応答に入ってくる声。僕が目を向けると険しい表情のいかにも堅物そうな男の姿があった。

 彼は名を金淵カタメという。髪型は逆立った黒い短髪。眼鏡の奥に光る眼光は今、シラベに向けられている。

 彼は警察官僚を父に持つ法学生だと言う。通う大学自体の名前は僕は聞いたことが無かったが、法学部という以上、頭がいいことは確かだろう。現に彼は、こんな状況でありながら冷静さを保っている人間のうちの一人であった。




 カタメとシラベがそれぞれ向き合う形で話し出す。


「うん? 何かな。カタメさん」


「シラベ。お前以外に煤が付いている様子がない。つまり、煙突の中には一人で入って探索したということか?」


「ああ、そういうことですかぁ。うん。談話室の煙突内部は私一人で調べたましたよ! ……つまり、煙突内部の構造は私しか知らない。そう言いたいんだよね? カタメさん」


「ああ。その通りだ」


「とはいっても特に何もなかったんだけどなあ。まあ、初対面で信用してくれって言うのも無理な話ですよね。何ならカタメさん自身が調べてみたらいいんじゃないですか?」


「もちろんそうさせてもらうつもりだ。けれども俺がこの場で何も言わず煙突を調べだせば、それは俺がお前を信用していないことをアピールするようなものだ。それはひいては俺への不信感につながる。和を乱すものは疎まれるからな。疑えば疑われる。当然の理屈だ」


「なるほど。だからこの場で私に非があると認めさせておいて、自分が調査する大義名分を得たというわけですね。俺様はクビじゃないアピール、納得です!」


「あの偽警察犬の言い草をまねるのか、探偵。あきれるな。その挑発するような口調はどうにかならないのか?」


「? はい! 善処します!」


「ちっ」


 シラベの返事を受け、カタメの言葉にはイラつきが現れ始める。そういうカタメ自身、結構挑発的な口調だと思うのだが、これが同族嫌悪という奴か。


「まあまあ、シラベさん、カタメさん。お二人とも落ち着いて。ここは仲良く手を取り合うべきですよ!」


「暴走女は黙っていろ」


「へっ!? 暴走女!?」


「いい加減にしろ」


 仲裁に入るマコにまでカタメの怒りは飛び火する。僕はその火消しのためにマコをかばう形で会話に割入る。




「なんだ今度は暴走男か。感情を抑制できないお前たちのような輩は自分たちの思い通りにならないとすぐ喚いて迷惑だ。まだ俺が家で飼っているチワワの方がおとなしい。駄犬はせめて黙っていろ」


「えっ、チワワ飼っているんですか! かわいい! 意外です! 私も犬は大好きですよ!」


 うん。シラベさんはちょっと黙っててくれるかな。


「カタメさん。それを言うなら、そうやって誰彼構わず毒をまき散らしているあなたはどうなんです。首謀者のために一役買って自身の印象をめでたくしたいのなら効果てきめんでしょうがね。こちら側からしたらあなたは要らぬ不和を招く疫病神だ」


「なるほどテイシ。お前は俺がクビ側の人間だといいたいのだな。糾弾にはそれ相応の責任が伴うぞ? 当然論拠となる物証は用意されているんだろうな」


「いや、違うだろ! 僕が言いたいのはあなたがこの場を乱しているということです。いくら気にくわない相手でもこの状況下では団結しなくちゃいけない。それにはあなたの言動はふさわしくないと、そう言っているんです!」


「ああ、まったくその通りだな。一致団結しなければならないこの状況で、暴言、暴論を振るう者はふさわしくない。当然だ。では、和を重んじる俺は皆の総意を問おうじゃないか。この状況で和を乱しているのは俺と、視野狭窄男。お前のどちらかということを」


「っ!?」


 カタメは目線で僕に周りを見るよう促す。周囲からの視線が僕らの間で泳いでいることに気付く。僕とカタメ。周囲の反応はまるで厄介なものを見るような、僕らを同一視したもの。

 カタメは再び僕に視線を戻すと落ち着いた口調となる。


「まあ、俺とてこれ以上不毛な言い争いを続けるつもりはない。お前のような牙の向け先も分からないバカ犬に噛みつかれて変な病気をもらっては敵わない。死にたくないからな。話し合いを続けてくれ」


「……」


 いつの間にか立ち上がっていた僕はカタメの言葉に力なく腰を下ろす。


 僕はまたやってしまったのだ。

 自分で乱すなと言っておいて和をぶち壊しているのは自分自身じゃないか。いくら精神的に疲労しているとはいえ、この沸点の低さはあんまりだ。言い訳も立ちはしない。

 僕は自身の浮かべる表情を自覚しつつもいまだ高ぶる感情を抑えられないでいた。


「テイシ、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だよ。マコ。」


 隣から掛けられる優しい声。僕は震える声だけで返事する。


「今のカタメってやつ、すごいやな奴だよ! 明らかに最初に雰囲気を悪くしたのは自分のくせに、それを棚に上げて、テイシばっかり責めて!」


「いや、今のは僕が悪かった」


「どこがっ! 少なくとも私が見た限りでは六対四ぐらいで向こうの方が悪いよ!」


「……うん。ありがと」


 六対四って、ほとんど五分五分じゃないですか、マコさん。

 けれども自分が暴走女とやじられたことも忘れて僕のために怒っているマコを見ているとさっきまであれほどあらぶっていた感情が落ち着いていくのを感じる。

 僕の顔に笑顔が戻る。


「うん。ありがと、マコ」


「えっ、なんで二回お礼言ったの!?」


「あはは。いや、何となくだよ」


「うん? まあ、私でテイシの役に立てるのならなんだって言ってね。友達なんだから」


「……ああ。分かったよ」


 僕はマコの最後の言葉に同意することなくあいまいな返事をする。




「調査して得られた情報は以上でしょうか」


 議論が出尽くしたころ、マモルが締めの言葉のつもりなのだろう。落ち着いた雰囲気で言葉を発する。


「脱出口や外部への連絡手段は無く、惨殺された死体とそれを巡る謎がある。うん。まさしくクローズド・サークルだね! ポリス君も言ってたけれど、まさしくサスペンスの、そして探偵が活躍する舞台にはうってつけだよ」


 場違いに明るい話口調。探偵シラベの不用意な発言は場の雰囲気を硬くする。


「シラベさん。この状況に怯えている方もいます。不用意な発言は慎まれた方がよろしいかと」

 

 シラベを嗜めるデンシの声も、この緊張状態ではどこか上滑りしている印象を受ける。僕とカタメの言い争いで熱せられた空気はいまだ広間を包んでいる。

 そしてその空気はカタメが発した次の発言で加速する。




「では次の議題に移るべきだろう。ここでの生存を目指す上で避けては通れない話題。クビが誰かについて、話し合おうじゃないか」


 僕はカタメの目がギラリと光るのを見た。

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