第四話 ほねやすめシンキングタイム

6月21日 13:13 〔大部屋二号室〕


「ご気分はいかがでしょう?」


 ベッドに腰かけ休んでいた僕――黒日テイシがかけられた声に顔を上げると、女性が扉付近から心配そうにこちらの様子をうかがっているのを見つける。栗色ロングの髪の毛と柔和な表情が目に映る。

 気分は、と聞かれたが正直、最悪である。でなければこんな状況下にあってベッドに腰かけ休息など取るはずがない。それでも僕は何とか口角を引き上げ女性と対面した。


「あはは。だいぶ、落ち着きました」


「ふふ。そうですか。それは良かったです」


 女性はそう言って笑った。彼女の優しげな目元が僕を見つめる。

 彼女の名は黄葉デンシ。メディア関係の仕事をしているらしいデンシは、職業柄か語り口は常に優しい。表情も笑顔が絶えない、感じの良い女性なのだが、この状況下では少し不気味に感じてしまう僕がいる。

 彼女は手に持つお盆からコップを一つとると僕に手渡した。僕は軽く会釈してそれを受け取る。中身は冷えた水であった。僕はすぐにそれを飲み干してしまう。

 喉が渇いていた。おそらく汗をかきすぎたのだろう。それほど、先ほど目の前で行われた惨劇は僕の心を乱していた。




 目の前で人が死んだ。

 その現実を僕の頭はまだ受け入れていないようだ。だが、意識下ではその事象を理解している。だから、こんなにも動悸がして、体が震えているのだ。それでも、ベッドにうずくまり、布団の中にこもってしまわないのは、まだここで僕が折れるわけにはいかないからだ。僕は隣のベッドを静かに見遣る。


 そこには寝息を立てている僕の幼馴染、赤富士マコがいた。昔はよく一緒に遊んだ間柄で、彼女は僕にとってかわいい妹のような存在だ。年齢は同じなため、本人の前で妹呼ばわりすれば確実に怒られるのだが、それは仲の良さの証拠でもあった。 


「二人はお知り合いなのですね」


「ええ。前は僕のことを兄のように慕っていましたよ。今は疎遠になっていたけれど、こうして会えましたから。僕が守らなくちゃ」


 僕はベッドの脇に置かれている小テーブルにコップを置くと、立ち上がる。かなりのショックを受けたのだろう、マコは失神したまま目を覚ます気配はまだない。口元を締めた僕は水を持ってきてくれたデンシの方に向き直る。

 ようやく冷静さを取り戻した頭で、事態に対面する決意をする。




「デンシさん、お水ありがとうございます。少し頭が冷えました。それで、他の人たちは今、どうしているんです?」


「今は三組に分かれて動いていますね。クビの存在がある以上、ばらばらに行動するわけにはいきませんから」


 クビ――僕ら十人の中に潜むというこの事件の首謀者。

 先ほどのぬいぐるみの話では、クビは僕らを一人ずつ順繰りに殺していくという。単独行動をとれば格好の餌食となるだろう。

 あのぬいぐるみの顔がチラっと浮かぶが、すぐに頭から追い払う。犯人に憤るよりも、現状を理解する方が先決であった。


「説明しますね。一組目は食堂……ええっと、その。死体がある部屋ですね。そこで三人、死体の運搬作業を行っています。この屋敷には冷凍保存が可能な設備を持つ霊安室があって、そこに死体を運搬している最中です。あのまま、あの方を放っておくのは忍びないですし、衛生面からも放置はできませんから」


 部屋の隅でガタっと音がする。死体という言葉に反応したのだろう。筋肉質で眼鏡を掛けた男性が怯えた目つきでこちらを向いた。

 彼の名は茶池コロ。彼もこの屋敷に閉じ込められた一人で、死体を見た影響から体調を崩しているそうだ。体つきを見ればTシャツの上からでも分かるほど筋肉は隆起しており、嫌でもその屈曲な肉体が目に付くのだが、僕が目を向けただけでびくつくほど、とても臆病な性格をしている……いや、けっして僕の目つきが悪いからではない。


「……」


 コロはびくっと肩をあげるだけで声を発する様子は無い。体を震わせながら、ベッド上で膝を抱えて座っている。もう一度言うが、僕の目つきは決して悪いわけではない。断じて。

 


「? では続けますよ。二組目は私達。あの場面を直接見て、体調を崩したあなた達二人と、後から来て同じく体調を崩されたコロさん。そして、その様子を見守るため残った私の四人の組です。私たちの組は最初に私たちが集められた広間に隣接する就寝スペースで待機中です。なので待機班、とでもしておきましょうか」


 デンシは続ける。こんな極限状態にある場所で無理をしている様子もなく、彼女は柔和な笑顔を作っていた。



「そして、三組目がいわゆる探索班。屋敷内を見回って脱出口は無いか、他に人物はいないか、現状の打開につながるものは無いかと屋敷内を探してくれています。片づけを行っている組も終わり次第、そちらに合流予定です」


「なら、僕もそちらに混ざります」


「無理をなさらずに。どのみち他の班とは二時には合流予定です。屋敷もポリス君から聞いた限りそこまで広いところでもありませんし、手伝いは不要でしょう。もし気になるのなら後で探索すればよろしいかと。なにせ、ポリス君の言ったルールを前提とするのならここでは三十日間も過ごさなければならないのですから」


 肩をすくめるデンシ。声のトーンは少し落ちるが、笑みは崩さない。その様子を見るに彼女も気落ちしているはずであるが、少なくとも僕よりも肝が据わっているようだ。説明の口調から察するに人前でしゃべることにも慣れているのだろう。こういう状況下では頼りになる。


 ポケットから携帯を取り出すと画面には13:20の表示。まだ他の面々と合流するまでには三十分以上時間がある。ここで待機をした方がよいというのなら、デンシからなるべく情報を聞いておくべきだろう。

 

 ぬいぐるみが提示した三十日間というここでの生活のリミット。それを過ぎれば全員を無傷で開放するという。けれどもそれには例外があって、脱出手段は他に二つ示されていた。

 一つは議会でのクビの処刑。けれどもこれを行うにはクビによる殺人が起こらなければならない。

 そしてもう一つは生存者が三人を下回ること。こちらも論外であり、当然どちらも却下だ。


 それ以外にもぬいぐるみはいくつかのルールを提示していったがあの時の僕の頭にはほとんど残っていない。誰かがメモを取っていたから全員集まった段階で見せてもらおうか。僕は一人頷く。


 そんな僕を見かねてかデンシは僕がここで眠っていた間に決まった事項や、ぬいぐるみから受けた説明を話してくれる。





「まず、この屋敷には出入口が一つしかなく、出入口以外からの脱出はクビでも不可能だそうです。出入口には電子ロックがされておりロックを解除するにはある条件を満たす必要があります」


「ああ、それなら僕も聞いていました。クビが死ぬか、ゲーム開始時点から30日が経過するか、館内の生存者が三人以下になること」


「ええ。その通りです。今探索班が本当に他に出口は無いか探しています。が、ポリス君がああ言っていた以上、脱出口が見つかることは期待薄でしょう」


「なら、扉を壊してしまえばいいんじゃないですか?」


「それも不可能です。この館での生活には暴力などの禁止行為があるそうで、器物損壊もそれにあたります。クビを除いた参加者が違反すれば、が作動するそうです」


 デンシが首輪を指さす。

 最初に殺された犠牲者の処刑姿は、今でもはっきりと僕の眼に焼き付いている。


「うーん。つまりデンシさんは不可能と言いましたが、正確には扉を壊すには誰かが犠牲とならなければならず、それができる人はいないということですね」


「……ええ。誰だって自分の命は何よりも大切ですからね」


 僕はデンシの言葉を聞き、冷汗をかく。僕がそっとベットの方に視線をやるとマコはまだ寝息を立てている。今の会話は聞こえていないようだ。もし今の会話をマコが聞いていれば、閉塞状態になった場合、凶行に出かねない。僕はホッと胸をなでおろすとデンシに向き直る。


「それで、暴力禁止ということは、クビから襲われた場合抵抗できないということですよね」


「いいえ。違います。そこはマモルさん――ああ、この中で最年長の眼鏡を掛けた男性ですよ――がポリス君に確認していましたが、正当防衛なら罰せられないそうです。ただしそれで相手を殺してしまった場合は処罰の対象になるそうですが」


「もとから殺すつもりはないのでそれで十分です。要は無力化して捕縛してしまえばいいわけですし」


「ええ。そうすれば犠牲者を出さず三十日経過の脱出条件を満たせますね」


 簡単に言ってみるがもちろんクビは武装して襲ってくるだろう。そうやすやすと無力化できるわけない。ただ、反撃できるなら集団で行動すればクビの動きをけん制できそうだ。



「器物損壊が禁止ということはこの首輪の破壊も禁止されているということですよね」


「ええ。しかも首輪には衝撃が加わった際に所有者をその場で眠らせる薬品を針で投与するという破壊防止機能も備わっているので、こちらの破壊は扉よりも難しいでしょう」


「破壊しようと衝撃を加えれば眠らされてしまうわけか」


 もし眠らされればクビの襲撃に対し恰好の的になるだろう。そう考えると、クビだけは例外として器物損壊が禁じられていない以上、襲撃の際にこの首輪を狙ってくることも考えられるわけか。

 首は人体の急所だが、それ以上に首への攻撃は警戒する必要がある。それにその場で昏倒させられるような薬品を複数回投与されればおそらく中毒症状により、それだけで死ねる。



「うーん。やはり聞いているとこちらからクビに対して対処できる手段は限られていそうですね」


「ええ。なので、他の皆様とは必ず複数で行動するというルールを決めて、夜間は交代で見張りを立てることとしました。さすがにトイレなどは一緒に入るわけにもいきませんから扉の前で待機することとしています。幸いトイレはこれから行動の拠点とすることに決めた大広間を出てすぐの位置にありますから有事の際も助けを呼びやすいですし」


「それは仕方ないですよね。でもそうすると直接襲われないまでも、トイレの中に罠を設置された場合、誰が仕掛けたか分からなくなってしまわないですか?」


「その場合でもその直前に誰が入っていたか分かればクビの特定にはつながりますよ」


「……」


 僕はそこで口をつぐむ。デンシに悪意はないのだろう。けれども、たとえ発言が建設的なもので、この事態を解決するために有効な手段だとしても人の死を避けるためではなく、人が死ぬことを前提に発言されると、不快感を覚える。頭の中で考える分には良いが口にはすべきでない。


 僕が黙っているとデンシは困ったような笑顔を僕に向ける。


「どうやら失言したようです。気分を害されたようで申し訳ありません」


「ああ、いえ。気にしないでください」


 勘の鋭い人だ。人の心情変化に鋭敏なのだろう。僕は心を見透かされている気分になり、顔に無理やり笑顔を作る。今は僕の感情で動いている場合ではないのだ。

 僕はあの凄惨な処刑風景を思い、クビへの怒りでデンシへの疑念を拭い去る。


 それ以降も細かいルールについてデンシと確認を行った。

 僕らが脱出するために必要な条件の一つであるクビという存在の定義については特に入念に確認を行う。


 まず安全面。ゲーム開始以前の状態では館内の衣食住の安全は確保されているらしい。つまり、食品は品質表示に従う限り食べても安全であり、館内にはトラップの設置がないということ。けれどもこれはゲーム開始以降であればクビが罠を仕掛ける可能性があるため、無警戒でいられるわけではない。

 生活の基盤となる食料の安全はこの生活を生き抜くうえでの鬼門となるだろう。


 続いてクビについて。クビとはすなわちこの事件全体の首謀者のことを指し、ゲーム開始時点で一人のみ館内に存在する。扉の電子ロックの解除は条件を満たす以外誰にも不可能だということで、クビ側の人間が増えることは考えなくてもよいとぬいぐるみは説明したらしい。

 ゲーム開始以降に、参加者がクビの協力者となることはあり得るが、少なくともクビは事件開始以前に館内部に協力者を持たないという。

 皆でぬいぐるみにしつこく確認し、『特に細工は無いでありますから、ルールに関するあらゆるメタ読みは不要でありますよ!』とぬいぐるみに言わしめたそうなので、ぬいぐるみが嘘をついていない限り、僕たちの敵となるのはこの屋敷内に一人ということになる。

 ちなみにぬいぐるみの発言内容はAIにより管理されているため、操作者はいないらしい。





 うん。状況はだいぶ分かったように思う。

 クビが誰かとかは全く目星がついていないが、この場はクビとその他僕ら参加者による単純な対立構造になっている。

 クビの目的は人数一杯まで殺し、生存者を三人以下にすること。僕らはそれを阻止し、全員で三十日のリミットまで生き残りを目指すのだ。

 一人VS九人である以上、数の上ではこちらが有利であるがクビが誰か特定できなければ団結は難しい。僕らとしてはいかに不和を起こさず、足並みをそろえられるかが重要になるだろう。

 その意味でも団体行動は重要だ。クビが直接襲ってきた場合でも迎撃が可能であるし、一度に一人までしか殺せないルールがある以上クビも複数人が固まっている場所に襲撃してくることは無いだろう。また、集団で行動することは互いに監視する事にもつながり、クビが罠を設置しないためのけん制や、クビが襤褸を出した際に発見できる可能性につながるわけだ。


 そして一つ、安心できることがあった。先ほどデンシはゲーム開始時点でクビが協力者を持たないと言った。それはつまり、僕という知り合いを持つマコはクビなりえないということだ。まあ、多少拡大解釈していることは否めないから他人にはこの論理は通用しないだろうし、もとからマコがそんなやつじゃないことは知っているから疑っていたわけではないのだが、なんにせよ自分の中でマコを容疑者から外せる大義名分を得られたというのは、僕の精神衛生上よいことだ。

 僕は張っていた肩が少し緩むのを感じる。




「どうやら、少し元気が出たようですね」


「ええ。僕には守るべき人がいますから」


 デンシの言葉に僕は力強く頷く。


 マコを守る。

 ぬくぬくの布団にくるまれた眠り姫の方にもう一度目を送った僕は、静かに闘志を燃やしていた。

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