第267話「Careless Whisper」

 機体損傷率200対500と、桃李神戸優勢で終わった第一試合だったのだが、その試合内容に、神戸の顧問である筒井紬は舌打ちする。


 ッチ! 全く、嫌な予感ほど、よく当たりやがる。

 だが、まだ勝ち目が無い訳じゃない。

 第一新宿にしてみれば、先行されているだけに、削られ(被弾し)たくもない筈だ。

 ビルや首都高を盾にしてながら持久戦に持ち込めれば、如何にS級と言えど、焦ってボロを出す可能性がある。

 全滅してもいい、1%でも損傷率で上回れば、お前らの勝ちなんだ。

 ガキ共……考えるのを諦めるなよ。


 だが、紬の想いとは裏腹に、神戸の選手たちは混乱していた。

 優位に終われたものの、完全勝利の筈が二機も失い、さらに次戦は新宿のホーム。

 特に部長の山下は酷く、反省というより、後悔を口にするばかりだった。


「俺が、多景島たけしまを囲めなんて言わんかったら……」


「山ちゃん! そんなんは、終わってからでえぇ! 今は、次の作戦を考えんと!」


「そ、そやったな……」


 しかし、勝つために必要な撃墜数が1機なら兎も角、2機分となると、同じ学生とはいえ、トッププロレベルと言われる新宿のS級相手に、攻めればいいのか、守ればいいのか、すぐに判断が出来ず、15分のインターバルの間、迷いに迷って選んだ作戦は、逃げることだった。

 普段なら、追いかける立場の第一新宿が、第二新宿のような個々に行動する筈がないという答えを簡単に導き出せたのだが、山下の判断が間違っていると指摘する者が現れないほどに、皆、冷静さを欠いていた。

 最早、それは作戦と呼べる代物ではなく、そうなって欲しいという神戸選手たちの願いだった。


 新宿を散らばって配置する神戸の選手たちを見て、紬は頭を抱える。

 しかし、選手たちに作戦を伝えるすべはなく、指揮できないもどかしさを感じながら、勝敗の行く末を見守ることしか出来なかった。

 第一新宿の取った作戦は、やはり定石通りの各個撃破で、見事なまでのチームワークを魅せ、たった8分で神戸を全滅させたのだった。


 優勝が確信できた位置まで登り詰めていた神戸の選手たちは、涙を堪えることが出来ず、山下は立てないほどに泣き崩れた。

 そんな山下に、神谷は手を差し出し引き起こすと、


「勝負の怖さを思い知らされました。対戦、ありがとうございました」


 山下は、親指で後ろで同じように泣いている林田と京本を指差し、精一杯の強がりを見せる。


「ら、来年、こ、こいつらが、もっと怖い思い、させたるよ」


「楽しみにしています」


 新宿と神戸の選手たちは、順番に握手を交わして相手の健闘を称え合い、その光景に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 戻ってきた選手たちを紬は、真剣な面持ちで迎える。


「山下、いつまでも泣いてんじゃね!」


「でも、俺が、あの時……」


「山下、それはお前の所為じゃない。アタシの責任だ。アタシが想定してなかったのがイケなかったんだ。お前は、何も恥じることはない、良くやったよ」


「先生……お願いします、こいつらを強くしてやってください。俺たちの代わりに、優勝させたってください」


「解った。来年は、みんなで優勝旗を持って帰ろうぜ」


 その後、勢いづいた桃李第一新宿は、完全勝利で優勝旗を手にし、第16回GTWサバイバルゲーム世界大会も桃李新宿の16連覇で幕を閉じた。



 ――2041年6月、神戸。


 いつものように仕事終え帰宅する途中で、紬は虎塚帯牙に呼び止められる。


「香川でアタシに、ナニさせんのよ?」


「今と同じだ、教師をしてもらいたい」


「お断りするわ。神戸でやり残したことがあるのよ」


「君は、雅ちゃんが紗奈くんをクビにしたのを知ってるか?」


「知っちゃいるけど……それとこれと、何の関係があんのよ」


「雅ちゃんに掛かった呪縛を解くには、雅ちゃんを倒すしかない」


「そうね……で、雅さんを倒す選手を香川で育てろっていうの?」


「そうだ」


「行方くらましてる間に、ボケたんじゃないの? 今の雅さんを倒すなんて……」


「真凰を香川の学校に通わせる」


「真凰? 飛鳥の娘の?」


「そうだ」


「アンタ! 何考えてんのよ! あの子は、まだテロの標的かもしれないのよ!」


「君は、あの子に、ずっと身を隠して生きろって言うのか?」


「そうは言ってない! せめて、先生を殺した組織を潰してから……」


 そう言いかけた時、一つの疑念が脳裏をよぎる。


 この男が、そんなミスをする訳がない!


「目星が付いてるの?」


 帯牙が黙って頷くと、紬はその胸ぐらを掴んで、叫んだ。


「誰よ! 飛鳥や先生を殺したのは!」


「それは教えられん」


「アタシが裏切るとでも思ってんの!」


 帯牙は、更にキツく締め上げてくる腕を掴むと、内側へ捻るよにして、それを剥がす。


「目星が付いてると知っただけで、これだ。その名を知れば、君はもっと冷静じゃいられなくなる。それにハラミから、もう関わるなって言われたんだろ? 忘れたのか?」


 紬は、下唇を噛み締め、その痛みで怒りを抑えるも、まだ少し残っているようで、帯牙を睨みながら脅しとも取れるような口調で、


「解決……してくれんだろうな!」


「あぁ、任せろ」


「しっかし、神戸じゃ駄目だったのか?」


「真凰なんだが、ゲームが嫌いみたいでな」


「まぁ、そうなっても、おかしくはねーな」


「その為に、学校と仲間も用意した」


「ま~た、手の込んだことを……で、いつから?」


「今年の9月だ」


「くぅ~がぁ~つ!?」


「そうだ」


「随分、急な話ね。行くのは構わないけどさ、こっちの都合もあんだから、はいそうですかって行けるモンでもないわよ」


「話は、通してある」


「旦那にも?」


 帯牙は、黙って頷く。

 紬は、大きな溜息を吐いた後、呆れた感じで言い返した。


「それってさー、お願いじゃなくて、辞令よね?」


「断ってもらっても、構わない」


「断り難いの解ってて、言ってるんでしょ?」


 図星であっただけに、帯牙は苦笑いして、頭を掻いた。


「まぁいいわ、直接言ってくれただけ、マシってモンね。やってやろうじゃないの。ただし、保障はしないよ」


「ありがとう、紬くん」



 翌日。

 紬は、辞める言い訳を考えていた。

 学校に対しては、帯牙の言った通り、既に話はついていたのだが、生徒に対しては自分から話すしかなく、GTWサバイバルゲーム世界大会予選も始まったというのに、なんて言えばいいのか迷った挙げ句、口から出たのは、


「が、ガキが出来ちまってよぉ……」


 嘘を吐くことによる後ろめたさで小声になったのだが、生徒たちには妊娠したことの恥ずかしさに見えたようで、


「恥ずかしがることないですよ、先生。めでたいことやないですか! おめでとうございます!」


「あ、ありがとう……す、すまんな。お前らとの約束、守れなくて……」


「いいですよ、先生。もう俺らだけでも、やっていけます! 先生は、赤ちゃんと俺らが優勝するとこ見といてください!」


「そ、そうだな……」

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