第266話「The Edge of Heaven」

 開始と同時に、何も出来ないまま4機を失った第一新宿を見て、実況のカリナ・マルロキンが叫ぶ。


「い、一体、何が起こった!? ま、まさか、筐体トラブルか?」


 解説席に座る東儀雅は、使徒(関係者)の一人としてすみやかに、それを否定する。


「そうじゃないわ、紬にしてやられたのよ」


「え!? ツムギが?」


 GTWサバイバルゲーム世界大会で水中戦が行われることは、極めて珍しいことだった。

 その理由は、地上に比べ水中での動作が鈍くなることや、急な方向転換が出来ないこと、更には、同じ水陸両用GTMならソナーが付いていることから、オペレーターの助けがなくとも、陸からの攻撃が可能であることなど『水中は不利、よくても五分』という定説があったからだ。

 そういった経緯から、半ば常識となっていたことで、一人をスナイパーとして水中にひそませることはあっても、全員が水中戦をメインでやるような練習はしなくなっていった。


「慣れない水中戦。登録申請まで20分という限られた時間の中で、自分に合った機体を探すなんて無理よね? そうなると、当然、同機体なら五分という考えに及ぶことが、容易に想像できる」


「確かに、その通りですが……だからといって、開始と同時に4機を失うなんてこと……」


「あぁも動けないってことは、操作系が普通とは違ってたんじゃない?」


 その言葉を受け、慌てて手元にあるタブレットで機体を調べだすカリナ。


「あぁーッ! GTMの移動がキーボード操作になってる! 操縦桿は……ターゲットカーソルの操作に!? まさか、GTMに罠が仕掛けられていようとは!」


 雅は溜息混じりに「でも、褒められた作戦モンじゃないわね」と、桃李神戸を非難する。


「と、言いますと?」


「今のは、生徒の技量ではなく、顧問の技量だからよ」


「た、確かに……」


「とはいえ、作戦を有効にする為に水中戦を仕上げてきたことや、確認を怠った新宿に非がない訳でもないけどね」


 雅は、戦場に残された神谷を睨むように見つめながら、心の中で呟く。


 ――神谷、先生(刀真)に恥をかかせるなよ。



 墜落してしまうと、そのドライバーとの通信は遮断されてしまう。

 独りとなってしまった神谷は、絶望を感じながらも、出来ることから始めようと、オペレーターの斎藤に指示を出しながら、エリアギリギリまで大きく下がった。


「斎藤さん、敵位置を逐一送ってください。それから、ミサイルの残数もお願いします」


 チャージ出来るレーザーガンと違って、桃李神戸の選手たちが使うミサイルランチャーの弾数には限りが有り、その弾数は50発。


「芹沢たちに使ったミサイルが10発ずつだから、残りは200だな。それぞれの細かい残数まで必要か?」


「いいえ、総数で結構です」


「それにしても、そこまで下がって大丈夫なのか?」


 斎藤が心配するのも無理はなく、神谷が居る場所は戦場外であるデッドエリアのギリギリで、誤って一歩でも踏み出せば、機体が消滅(墜落扱い)する。


「はい、この方が守り易いんですよ」


 生き残ることを前提にしていた神谷の装備は、レーザーガン二挺にミサイルなら5発まで耐えられるシールドが1つで、デッドエリアの仕様がミサイルにも適用されるため、背後からの攻撃を気にする必要がなく、前方にだけ集中すればいいと考えたからだ。

 とはいえ、いつかは燃料切れが訪れる危険な背水の陣だった。

 レーザーガンを持ち替えながら飛来するミサイル群を迎撃したり、時には避けたりと、堅い守りを見せてはいるのだが、打開策を見つけられないまま、刻一刻と減り続ける燃料ゲージに焦りを覚えていた。


 ――刀真さんなら、この状況、どう切り抜ける?



 桃李神戸の一方的な展開にも拘らず、顧問である筒井紬だけは、一抹の不安を感じていた。


 こっから、逆転の目は無い。

 だが、先生(刀真)なら、こっからでも何かやりかねないと思ってしまう。

 可能性があるとすれば、あいつらが完勝という欲に溺れないかだ。

 なんなら、一匹くらい逃がしてやってもいい。

 ガキ共、焦って深追いするんじゃねーぞ。



 ミサイルの総残数が100を切った所で、桃李神戸のオペレーターリーダーの渡辺から注意が入る。


「みんな、ミサイル撃ち過ぎてる! やめ! やめ! 焦んな! あいつの燃料切れてからでも、おそうないやろ!」


「あ! ホンマや、スマンなべちゃん。つい撃ち過ぎてもうた。しっかし、ホーミングミサイルやのに、こうも当たらんかね」


「ホンマ、気ィつけてや! 全部、撃ってもうたら、逃げられてまうで!」


「せやな。そしたら、新宿のピットで待ち伏せ……」


 それは、一瞬の差だった。

 桃李神戸のリーダー山下が次の策を伝えるより先に、神谷が動く。

 GTMを人型から戦闘機に変形させ、一気に新宿拠点である多景島たけしまを目指した。


「みんな、急げ! 多景島を囲むぞ!」


 ――人はな、急に何かを追いかけなければならなくなった時、直線的に行動しがちなんだよ。


 多景島に着くよりも前に、神谷はGTMを人型に戻し、振り返ると、レーザーガンを二挺とも抜き、乱射する。


「当たれぇぇぇーーーッ!!」


 まさか攻撃されると思っていなかった桃李神戸の選手たちは、慌てて応戦してしまう。

 そして、そのミサイルランチャーを構えるという動作が一瞬、動きを止めてしまい、放たれたレーザーがGTMを貫き、一つ、また一つと水柱みずばしらを上げる。

 だが、桃李神戸が放ったミサイルは、様々な角度から弧を描いて、神谷の機体を襲い破壊したのだった。



「第一試合が終了! 勝ったのは、今大会のダークホース桃李神戸! 第一新宿の神谷選手、健闘しましたが、やはり、5対1では分が悪い!」


「そうかしら?」


「え?」


「いえ、なんでもないわ」


 立て続けに新宿が負けて、もしかして、不機嫌になってる?

 あぁ、もう、聞きにくいじゃないのよ!

 こんなことなら、ダニエルに任せりゃ良かったよ。


 だが、数時間後、そのダニエル・フィッシャーからも「実況者が実況中に機体を調べるなんて、恥ずかしいことだぞ!」と、厳しい説教が待ち受けていることなど、この時のカリナ・マルロキンは知る由もなかった。



「すまなかった、神谷。機体を調べるなんて、考えが至らなかった」


「いえ、謝るのは俺の方です。今大会のリーダーは、俺なんです。俺が気付くべきでした」


「そうだな、神谷が悪い」


 ここでチームを崩壊させる訳には行かないと芹沢が「根津!」とたしなめるのだが、


「ウチのリーダーなんだからよ」


「そうだ、そうだ、神谷が悪い。しっかりしてくれよ、リーダー」


「リーダーを責めてる時間は無いぜ。次、どうするよ、リーダー」


「み、みなさん……」


 ようやく、リーダーに認められたことで、神谷は思わず、嗚咽おえつを漏らす。


「おい、どうした? 泣いてんのか? 泣くのは優勝してからにしてくんねぇか?」


「そ、そうですね、優勝しましょう!」




/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


 あとがき



 次回、マジで「Careless Whisper」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る