第265話「Wake Me Up Before You Go-Go」

 番狂わせに湧く会場、客席から贈られてくる称賛の拍手に、恥ずかしそうに手を振る神戸の選手たち。

 一方、第二新宿の選手たちはというと、誰一人として不満を漏らさなかったものの、表情までは隠しきれておらず、その感情は悔しいというよりも騙し討ちにあった不快感で満たされており、口を開けば漏れそうなほどだった。

 それでも我慢しているのは、相手の機体を調べれば判ったことや、水中戦をルールで禁止されていないことから、準備を怠ったと言われても仕方がなく、それを対戦相手やオペレーターの所為にすることは、自ら二流の烙印を押すことになるからだ。


 神谷は、巨大なスクリーンに映る試合のハイライトを眺めながら、対神戸の戦術を練るのだが、慣れない水中戦とチームワークが取れてない現状では、一機堕とせるかさえ、怪しく感じられた。

 そんな神谷に、S級2位である芹沢が声を掛ける。


「神谷、水中戦の経験はあるか?」


 ようやく、目を覚ましてくれたか?

 芹沢さんが起きれば、状況は変わる!


「CPU相手のシミュレーションになりますが、10時間程度です」


「そうか、俺と変わらんな……他の者は?」


 傍に立つ他のメンバーにも、同じように声を掛けたが、誰も彼も首を振るだけだった。

 だが、芹沢が本気になったことで、他のメンバーにも火が入り、徐々に熱を帯びていく。


「神戸ホーム側では、勝敗を度外視して、一機でも堕とすことに専念するのはどうでしょうか?」


「それなら、いっそのこと、全員GTRで防御に徹するのも悪くないのでは? きっと、我々側のホームでは逃げてくるでしょうから、もつれて機体損傷率の勝負になる気がします」


「しかし、それだと逃げて勝つことに……」


根津ねづ、それは連覇が阻止されることより、気になることなのか?」


 芹沢にそう言われれば、否定することは出来ず、


「……すみません、そうでした。勝つことを優先します」


「とりあえず、次の試合が終われば、日をまたぎます。まだ、答えを急ぐ必要は……」


 神谷がそう言いかけた時、オペレーターの斎藤が次の抽選を終えて帰って来た。


「相手は、どこだ?」


「神戸です」


 芹沢は、神谷の方へ振り向き「急ぐ、必要が出たな」と、ため息混じりに零したが、その目は死んでいなかった。


「今のところ有効な手段は、望月が提案したGTRによる守りだと俺も思う。だが、保険で神谷だけは自分の機体(GTX)で出てもらいたい」


「保険で?」


「あぁ、守り切ると決めた以上、水中戦に付きやってやる必要はない。有り難いことに、神戸(第二新宿と戦った戦場)には隠れられそうな山もあるし、神戸港から距離もあるから、俺たちなら避けられる筈だ。もし、奴らが当てられる距離まで近づいて来たなら、その時は……」


「俺が堕とすんですね?」


「そうだ」


「しかし、それなら全員GTXで逃げ回った方が良くないですか?」


「確かに、根津の言う通り、GTXの方が逃げ易いし、隠れながら燃費飛行をすれば30分戦えもするだろう。しかし、何があるか解らん。例えば、中心点を変更してポートピアホール辺りから半径5kmにする可能性も考えられる。そうなれば、山はエリア外だ。ここは、用心に用心を重ねる」


 流石、芹沢さんだ。

 これなら、きっと勝てる!



 GTW世界大会の3回戦までの進行手順は、次の通りになっている。

 1.抽選で対戦相手を決める。

 2.渡された連絡用タブレットを使い、ホームエリア、使用する機体、武器、防具を決め、20分以内に登録する。

 3.双方の戦力を知った上で、相手側ホームで使用する機体、武器、防具を決め、20分以内に登録する。

 4.上記の時間が守られなかった場合、前回で使用したエリアや機体などが自動で選択され、登録される。

 5.全てが決まったところで、先行ホームを決めるコイントスを行う。


 桃李神戸が登録した通知を受け、斎藤が連絡用のタブレットを開き眺めるのだが、首を傾げながら操作を繰り返していた。


「どうした?」


「神戸チームの登録を見てるんですが……あれ? バグなのかな? 相手のホームエリアが、全面水色で何も映らないんですよ」


「なんだと! 貸せ!」


 斎藤は言われるがままにタブレットを渡すと、芹沢はそれを見て「やられた」と項垂うなだれた。


「どうしたんですか?」


 芹沢からタブレットを受け取った神谷が見たものは、日本で一番大きな湖だった。


「び、琵琶湖!?」


 そう、神戸がホームに選んだ戦場は、琵琶湖内にある安曇川あどがわ沖総合自動観測所を中心とする半径5kmで、その殆どが水面。

 陸地と呼べるのは、マップを拡大しないと現れないような小さな島と、そこから西へ5km離れた場所に3つ並ぶ、更に小さな岩山だけだった。


「そんな小さな島では、攻撃を避けるなんて無理だ!」


 芹沢にそう言わせてしまうほど、琵琶湖の中心に位置する無人島・多景島たけしまは小さく、その周囲は僅か600mほどしかない。

 如何に耐久性が高いGTRでも全滅は必至で、また、狙い撃ちされ易いことからピットとしての拠点にも選び難い。


「あくまでも、水中戦をやらせたいようだな……」


「こうなったら、水中戦やりましょうよ! 熟練度は奴らの方が上でしょうが、同じ機体ならタダで負ける気はしません!」


 根津の意見に、芹沢も賛同する。


「そうだな、それしかないか……だが、神谷。それもで、お前だけは自分の機体(GTX)に乗れ」


「え? どういうことですか?」


「まだ、嫌な予感がする。お前という保険だけは残しておきたい。お前一人なら、あの島でも逃げ切れる筈だ。いいか、避けることだけに集中しろ! そうすれば補給(ピットイン)せずとも、乗り切れる筈だ。他の者も堕とすことより、出来る限り神谷へ攻撃が及ばないように注意を引きつけろ」


 後に、この芹沢の掛けた保険が正しかったと証明されることになる。


 時間が欲しい時ほど早く過ぎるもので、あっという間にその時は訪れ、結局、危険を承知でも多景島を拠点にするしかなかった。

 間もなくして、神戸も選んだと通知が入り、その使用機体を見て、芹沢は眉をひそめる。


「どうしました?」


「TypeⅣ(水陸両用)が混ざってる?」


「となると、川に潜む気ですね」


「(神戸の)ホームで優勢に立ち、逃げ切る作戦という訳か……」


「ウチのホームでも、作戦が要りそうですね」


「そうだな。斎藤、残り時間は?」


「あと12分です」


 時間いっぱいまで、作戦を練った後、チームリーダーである神谷がコイントスへと向かう。

 そして、コイントスの結果、桃李神戸が先行となった。


 15分のインターバルも貰えないか……。


 芹沢がある程度注意を促した後、神谷に声を掛ける。


「神谷、他に言うべきことはないか?」


「は、はい。水中では空中のような制御が出来ません。くれぐれも、エリア外へ流されないよう注意してください」


「了解!」


 先行は桃李神戸となり、琵琶湖の空が赤く染まって、カウントダウンが始まる。


 3・2・1・GO!


 開始と同時に、神戸の選手たちの激しいミサイルの雨が多景島へと降り注ぐ。

 神谷は飛んで島を離れ、残りの第一新宿の選手たちも水中へ入ろうとするのだが、うまく動かせない!

 この時、第一新宿の選手たちは、初めて自分たちが紬の掌の上で踊らせれていたことに気付く。


 GTX7777TypeⅣの操縦方法が、特殊だったのである。


「こ、ここまで読んでいたのか……ピクシィィィーーーッ!」


 芹沢の断末魔のような叫びと共に、その回線は途切れた。



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 あとがき


 「Wake Me Up Before You Go-Go」

 翻訳すると「出かける前に起こしてよ」なんですが、

 神谷亮の気持ち「戦う前に、本気になってよ」って感じの意訳として……

 強引にも程がある。(^^;)


 さて、ワム!の曲シリーズも、ようやく次で最後です。


 次回、本当に「Careless Whisper」で、去年の回想話を終わらせます。


 そう言っていた筈の作者に一体、何が?


 こなって、こうなって、こうなったんッスよ。

 で、終わらせる予定だった物語。

 書いてる内に、前話で盛り上げといて、これはヤバくねーか?

 ちょ、ちょっと書くか、のつもりが伸びる文字数。

 あれ? めっちゃ長くならないかコレ?(^^;)

 き、刻むか!( ✧Д✧) キラーン


 次回、第266話「The Edge of Heaven」

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