運命論者とパラダイムシフト
Kuruha
運命論者とパラダイムシフト
曰く――神は存在する、そうだ。
そんな噂が学校中を蔓延している。
この世には、信仰の対象とは全く別の“創造神”がいて、世界の事象は全て神のシナリオ通りであるのだと。
それはつまり、“運命はある”ということに他ならなかった。
「面白いよねえ、こういうの。興味深い」
場所は大路高校が部室棟、文芸部室。その部屋の中央に位置する対面ソファの一辺に寝転っている男が言う。
適度に崩したブレザーの制服がよく似合う、顔面だけで女子からの人望を集めるような男。『知的で格好良い!』と絶賛される頭蓋は、実際その外側だけでなく内側も知的に出来上がっている。
東郷貴臣はニヤニヤと笑いながら、宙に掲げたスマートフォンを指で軽やかにスワイプしていた。きっと画面には、小難しい文章が躍っていることだろう。
「行儀悪いよ、貴臣」
「いいじゃん? ここには俺とお前しかいないよ、深夜」
「私がいるからだよ」
対面にあるソファに座りながら、スカートの上に置いた文庫サイズの本から目を離さずに貴臣に告げる。
まったく、これがラノベの世界だったら、体の良いラブコメだ。
私――榊深夜をヒロインとしたライトノベル。……勘弁してほしい。
文芸部室には現在私と貴臣の二人しかいない。それは文芸部の部員が私たちしかいないからではない。単に、文芸部の活動頻度は非常に低く、ここに常駐しているのが私と貴臣だけだからに他ならない。
要はここで放課後の暇を潰しているのだ。私も貴臣も。
他意はない。
ない。
「ここでこうして横になっていると、深夜のちょうど膝の高さに俺の頭がくることになる」
「そうね」
「すると、ちょうど見えるかどうかぎりぎりなわけだ。わかる?」
「早く起きなさい」
他意、あるのかもしれない。主に下心が。
やめて。
幼馴染だって、言っていいこと、やっていいことの分別くらいはあるはずだ。
とりあえず、私にやっかむ諸女生徒たちにさっきの台詞を聞かせてあげたい。
私の周囲がさぞ静かになることだろう。
いや、もっと騒がしくなるだけかも?
「……で、噂の話だけど。深夜は信じる? 神の存在ってやつを」
よいしょ、と上体を起こした貴臣が言う。
ずっとソファに押し付けられていた後頭部を手櫛で整えるその表情は、新しいおもちゃを与えられた子供のように無邪気だ。
「いいんじゃない。いても」
「返事が軽いな」
「別に、私には関係ないし」
関係ない。本当にそうだ。私には関係ない。
神がいようといなかろうと。
どうでもいい。
そんな感情を証明するように、手元の本のページをめくる。
こんな返事を聞いて、貴臣は落胆するかと思いきや、意外とそんなことはなかった。むしろ、唇の端が弧を描くように歪んですらいる。
「本当にそう?」
念を押すように、言葉が紡がれる。
「本当にって、関係があると?」
「だって、運命があるってことは、自分の行動すべてが“規定事項”だってことだよ
まあつまり? 俺も深夜も、神様がワープロソフトでパチパチ打ち出した“設定”通りの存在なわけだ。今こう考えていることも、神様のシナリオ通り」
貴臣は持っていたスマホをポケットに入れて、キーボードを叩く動作をしてみせる。歌うように言葉を紡ぐ姿はとても優雅だ。これがいち男子高校生の姿か?
「なあ深夜。お前はどう思うよ? 自分がどんな行動をとろうと“運命”で片付けられて、どう思う?」
澄んだ瞳がこちらを見据える。
……これだからこの男はモテる。顔が良くて愛想が良くて、頭脳明晰のまさにヒーロー然とした姿。調子づくと多少口調が芝居がかってるくらいは茶目っ気で許されてる。
むしろそこがいいとかなんとか、誰かが言っていた気がする。
そうかなあ。
どうかなあ。
まあ、いいんじゃないかな。とは思う。
……どうでもいい、だけど。
ページをめくる。
「別に、私の行動が決められていたって、それも私。むしろ、それが私なんでしょ」
どのみち、私の行動に変わりはない。
私の脳みそが常時意思決定をしているか、神様によって既にプログラミングされていた情報を吐き出し続けているか、たったそれだけだ。
「お前はすごいなあ。俺は、自分が自分じゃないみたいで気持ち悪いぜ」
芝居がかった話し方は、それはそれで貴臣の本心なのか疑いたくなる。
そう言いたい気持ちをぐっと飲み込んだ。
言ったら、面倒なことになりそうだし。
さらに小難しい言葉の弾幕が返ってきそうだ。
「じゃあ、ここで俺がなんと言おうと、お前はどうでもいいと言うんだな?」
「きっとね」
自分ほど無気力な人間はいないだろう。
自分の人生に毛ほどの興味がなく、興味があるとすれば、自分じゃない誰かの『物語』だけ。
だから私は文芸部にいて、『物語』を搾取し続ける。
私には、劇的な物語と魅力的なキャラクターがいればよくて。
そこに、私は必要なかった。
特別な何かがない私では、お話にならないと、そう思っている。
それは、目の前にいる特別がいるからこそ、そう思っている。
「俺たちは物語の登場人物と同じだ」
そう貴臣が言う。
……そうね。もし神様がシナリオを決めているとしたら、私たちは登場人物と呼ばれるべき存在だ。
私はさしずめモブか、ヒロインに主人公をとられる負けヒロイン。
それだけはゴメンだった。だったら、私はその土俵に立つことすらお断りしたい。
「俺は、深夜のことが好きだよ」
ページをめくる手が止まった。
顔を上げた先には、澄んだ瞳がこちらを射抜いていた。
「だから、これは“運命”だと思うんだけど、どうだろう?」
ふっと口元が歪み、私の見慣れた不敵な表情になる。
自信に満ち溢れた、勝気な顔。
……運命、ときたか。
幼い頃から共に育ってきた幼馴染で、きっと人生の3分の1は一緒にいるであろう相手。
私が、神様の創った『物語』の『登場人物』なのだとしたら、貴臣が主人公ではなく、私こそが主人公であるならば。貴臣は私の『ヒーロー』にはおあつらえ向きの存在だ。
いや? 神様があつらえたのだろうから、それは当然。
芝居がかった言葉たちは、台詞としてはあまりにも様になりすぎている。
これは、ライトノベルではなく少女マンガだったのか。
あまり読まないから忘れていたけれど。
非凡な少女にイケメンが手を差し伸べる。そんなの、少女マンガじゃよくあることだ。
私は、口元が緩むのをぐっとこらえて、貴臣を真似て不敵な表情をつくる。
どうって? と。
私とて、それで簡単に自分の生き様が揺らぐほど、バグだらけのプログラムで動いていない。
「私に「好き」とでも言ってほしいの? なら、神様にでもお願いしたら?」
そう言って、私はまた手元の本のページをめくった。もはや読んではいないけれど、自分のスタンスを表す良いポーズにはなる。
ちらりと貴臣の方をうかがうと、とても驚いたような顔をした。
まるで、予想外とでも言うように。
けれど、すぐに立て直して、いつもの貴臣の表情に戻る。
自信に満ちた、魅力ある表情に。
「言ったな?」
**
改めて、今回のことを考えてみた。
学校内に蔓延した噂。
何故、そんな噂が上手いこと学校内で拡散していったのか。
その噂の出所は?
というか、いち学校の、こんな荒唐無稽の噂なんか、信じる人なんて誰もいないでしょ。
でもまあ、だからこそ。
そんなことができる人なんて、
そんなことをして得をする人なんて。
1人しかいないのだから。
神様はいないけれど。
でも、まあ、私の『物語』も、少しは面白くなってきたと思う。
それにしても、これを少女マンガと呼ぶにはあまりにも可愛げがない。けれど、それがなんだか私らしくて、ちょっぴり愉快だ。
『好き』を認めれば負け。勝利条件はなし。
意地っ張りの私は、ただで負けてやる気はない。
ラブコメは、実は嫌いではないし?
運命論者とパラダイムシフト Kuruha @kohinata_kuruha
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