第22話 ビール
私たちは、いっぱい買い食いをして、赤い下着のお店もちゃんと見て、それからあんぱんやお漬物をお土産に買って、リリさんと駅で別れた。
駅で別れる前に、道の真ん中においてあるテーブルに座って、買ってきたゴマアイスを食べた。
念願の! ゴマアイスだよ! 濃厚なゴマの風味がマーベラスだよ!
「ユキノちゃんさ、定時制高校って考えたことある?」
リリさんが聞いてくれたのがその時だった。
「定時制……お仕事をしている人が夕方からいく高校ですよね」
私が尋ねるとリリさんは頷いた。
「友達にね、定時制を卒業した子がいてさー」
リリさんのお話にどう反応していいのかわからなくって、私は曖昧に首をかしげる。
「なんか、おとなしい子だったんだけど、すごくそこがあってたみたいだから、ユキノちゃん、どうかな、ってさっきふっと思ったんだよね」
リリさんが名前を口にした学校は、昨日私が調べた時に、検索に引っかかってきた学校だった。
「もう、本当すごくおとなしい子でねー。中学の時からいつ見ても一人だから大丈夫かなってハラハラしてたんだけど、高校で、なんかうまく馴染めなかったみたいで。——2年生ぐらいで定時制に転校したんだけど」
「そうなんですか」
私は曖昧に頷く。私もリリさんをハラハラさせてるのかな?
「……すごく変だよね。結構なお嬢様学校に行ってたのに、定時制の高校のほうがあってたって言うんだよ」
話し方を聞いていたら、ひょっとしたら、その「お友達」はリリさんにとって特別な人なのかも、って感じがした。
「他の学校を停学になったような荒っぽい人間もいたのにね。お嬢様学校の方が怖かったんだって」
それは、少しだけ、わかる。中高一貫校に途中から進学したのかな。
「人数が少ないし、年齢もバラバラだから、自分がまわりと違うってことを気にしなくて良くて楽だって言ってた」
「たしか、そこ、大学に進学する人も結構多いところ……ですよね?」
私は一生懸命記憶をたどる。うん。昨日、ちょっと気になって何度かいろいろ読んだ学校だ。
「そうそう。有名大学に行く子もいる。その子はね、勉強が好きな子だったから、大学に行って、今は研究者の卵だよ」
定時制高校は普通卒業に4年かかるけれど、ユキノちゃんは1年間、普通の学校に通っているから、その子みたいに3年で卒業できるかもよ、詳しくは知らないけど、とリリさんは続けた。
「そこ……アルバイト、禁止じゃない……ですよね?」
私が言うと、リリさんはきょんと私の方を見て、それから大爆笑した。
「仕事をしながら勉強する子たちのための学校だもん。禁止してるはずないじゃん。さっき自分で言ってたじゃん、働く子たちのための学校だって」
そうだ。そうだった!
制服はないこと。保護者の意見でなく生徒本人の意見を聞いてくれること。
自分の責任でやってごらん、という校風であるということ。
リリさんは「私が行ったわけじゃないんだからね。あくまでも人から聞いた話だから。興味を持ったら自分で調べてごらん」と前おきをしてから、そのお友達の話をしてくれた。
「会ってみたい?」
リリさんがついでのように尋ねた。私は、猛烈に頭をコクコクした。
キワコさんの友達のニワトコさんと、リリさんがいい人なんだから、リリさんの友達もいい人に違いない。
「友達の友達はみな友達」って、昔の人は言ったって聞いたことがあるよ!
代々三陸地方に伝わる古くからの名言だって!
「そうなんだ!」
ニワトコさんが目を丸くした。
「調子に乗るのはやめな」
リリさんに怒られた。
「……今日は楽しかったー」
キワコさんの家に着くとニワトコさんはふわあ、っと小さなあくびをして冷蔵庫に向かった。缶ビールを出して、ヤカンを火にかける。
なんかビールが飲みたいな。ユキノちゃんはお茶でいい?
私は頷く。——お茶でいい? て、ニワトコさん、もうすっかりお茶を入れる気まんまんじゃないですか!
「すごい楽しいところだったねえ……」
「でしょう! でしょう!」
ちょっとしたハプニングはあったけど、喜んでいただけたのだったら地蔵通りソムリエは大満足です。
「本当に……大人の街だったなあ……」
大人の、っていうか、おばあちゃんの、だけどね。
「お寺も面白かったし、店もすごい楽しかったし、何もかもおいしかったし」
えへへ。
チープに楽しめるディープな日本ですよ!
「いろいろお土産買いましたね」
私もいろいろ買っちゃったけど、ニワトコさんも、意外なものを買っていた。本当、ごく普通のお醤油皿とか、湯のみとかを興味津々で眺めていたし、実は男性用の赤いパンツもじっと見ていたのを私の鋭い目は見逃さなかった!
「あ、あとあのおしり、すごかったねえ……」
巣鴨のイメージキャラクター「すがもん」の巨大なおしりが、地蔵通りにはあるのだ。撫でると恋が叶うという、素晴らしいおしり。
「不思議なものでちょっと怖かったけど……さわっちゃったね」
「さわっちゃったね」
私とニワトコさんはちょっと遠くを見る目になった。
きっと恋が叶うよ。いつか。
なんか、いけない一線を超えた気はしたけど……。
「ユキノちゃん、キワコさんを呼んで地蔵通りのお土産をあけよう!」
ニワトコさんがそう言ったのと
「あらあら。随分色々買ってきたのね!」
キワコさんがニコニコ笑いながら奥から出てきたのが同時だった。
洗濯物を取り込んでいたみたい。薄手の藤色のワンピースだ。涼しそう。
私は、嬉しくてどんどん袋からいろいろなものを出していく。一枚八十円で買った割れせんべい。塩大福。お漬物。
母さんにもらったお小遣いはほとんど使っちゃったけれど、キワコさんと一緒に食べてみたいものや見せたいものを頑張って選んだんだ。
「あのね、ニワトコさんと、二人きりじゃ食べきれないかなって思って、できるだけ日持ちするものを買ったの。でも、ここのあんぱんは、すごく美味しいから、あんまり日持ちしないけど買っちゃった! ……キワコさん、お腹いっぱい? 買いすぎちゃったかな……」
ちょっと不安になって聞くと、キワコさんは、うふふって笑った。
「不思議ねー。なんかユキノちゃんがいっぱい食べ物を買って帰ってきそうな気がしたの。だから、実はお昼ご飯、本当に軽くしか食べていないのよ」
「それじゃあ、あんぱん! 食べてみて! おいしいの! 本当においしいの!」
「……それじゃあ、ご相伴にあずかりましょう」
キワコさんはニコニコしながら腰掛けた。
ニワトコさんもニコニコしながらテーブルにつき、私たちに濃い緑茶を入れてくれた。
自分はプシュッと、音を立ててビールを開けて、ごくっと飲み、ぷはあ、とため息をつく。
おお! 大人の男の人の出す音だ!
——私は変なところに感心した。
それからニワトコさんはあんぱんを口に入れて——目を白黒させた。
「甘い……」
甘いよ! だって、あんぱんだよ?!
「あんぱんが甘いものだなんて、誰も教えてくれなかった……」
よほどビールとの取り合わせが良くなかったのだろう。珍しく涙目になっている。
「あんぱんが、甘いなんてひどい……」
むしろ甘くない方がびっくりだよ! そういうものだよ、あんぱんは!
だけど。
「ご……ごめんね?」
やっぱり謝ってしまう。やっぱり、あんぱんの基礎についてじっくり説明するべきだったのかも……。
「あら、すごい。これはおいしいわ!」
涙目のニワトコさんをハラハラ見つめる私の横で、キワコさんがのんびりとした声を出した。
「こしあんなのね」
「そうなの。どちらか選べたんだけど、私、こしあんの方が好きで、好きなものを食べてもらいたかったの」
「ニワトコ。自分の緑茶もいれるといいわ」
キワコさんは半分笑い出しそうな声で言った。
「あんぱんは、ビールより緑茶の方が絶対おいしいのよ?」
「覚えました」
と、ニワトコさんが言った。その顔を見ていたら、なぜか突然、おかしくなってしまって、私とキワコさんは二人でコロコロ笑ってしまった。
「ありがとう。ユキノちゃん。お漬物、大切にいただくわね」
キワコさんはにっこり頭をさげた。
「お漬物はビールにあう」
と、ニワトコさんが、確認するように言った。
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