第18話 あんぱんの約束 2

 リリさんは、英会話学校の先生だった。見た目がこれだから、生徒さん受けが良いけど、ネイティブ教師ができない日本語の事務仕事もできるでしょ、と軽く説明してくれた。ちなみに髪の毛は本当は茶色なんだって。あんまり自然だから、もとから金髪なんだと思ったよ。「リリ」も「梨々」っていう漢字があるけど、生徒さんにはリリーで通してるんだって。

「源氏名みたいなものだよね」って言ってた。

 シフト制だから平日の昼間でもタイミングが合えば出れるよ、ていうか、平日の昼間のほうが出やすいね、と言ってくれたことで来週の木曜日に予定を入れることにした。

 午後。歩行者天国になってる時間帯。3時のおやつが食べれるよ。ごまアイスをニワトコさんに食べさせたい!

 「ことにした」っていうのは、私は、出かけてもいいかどうか、まず母さんに確認しなくちゃいけないから。

 良いって言われたらすぐに連絡しますって言ったら、リリさんがスマホを出してきて、私とリリさんはLINEを交換した。

 おお!

 LINE交換する相手ができたよ!

 おおお!

 しかも大人のきれいな女の人だよ。

 感動のあまり言葉が出てこないよ!

 三人で簡単に予定を決めてニワトコさんが、他の人と話しに行ってしまった後、リリさんは、私の顔をみてふふっと笑った。

「ニワトコは、いい子だよね」

「はい! すごく、いい人です」

 私は頷いた。もう、首がもげるくらい、ぶんぶん頷きたい。

「そうじゃなくって」

 わかってないな、とリリさんは笑った。

 未成年の女の子と出かけたいと思って、でも、二人で行くのは良くないなって思って、成人女性を一緒に連れて行こうって考えたんでしょ。大切にされてるっていうか——気をつけてるっていうか。

「え」

 説明されて私はびっくりして目をぱちぱちさせた。

 そんなこと、考えたこともなかった。

 知らない男の人と、二人っきりになってはいけません、って言うのは小さい頃からとってもたくさん言われたけど、男の人が、女の人とお出かけするときに気を遣ってくれることがあるものだ、なんて誰も言わなかったよ。

「保身なのか気遣いなのかはわからないけどね」

 リリさんは軽く付け加える。

「未成年と出かけて、何かセクシャルなことがあったら大人側の責任がものすごい重い国だからね、イギリス。合意年齢は16歳だけど、法的には18歳以下との性的関係は一律ものすごく面倒な事になりえるんだよね」

「そう……なんですか」

 聞き返す私の声は小さくなってしまう。

 なんだか、生々しい。

 その生々しさが私の知ってるニワトコさんとうまく結びつかない。

「それにね」

 リリさんはいたずらっぽく笑った。

「知ってた? 赤い下着って英語圏ではセクシーランジェリーの代名詞みたいなものだよ」

「え!」

 今度の声は大きかった。


 ——赤いぱんつが売っている店があって有名だから行こうよ!


 言った! 私、確かに、そう言った! だって、巣鴨だもの! 地蔵通りだもの! おばあちゃんの赤パンだもん!

 

「も、もしかして、ニワトコさんは……」

「『ディープそうだね』って言ってたね」

 リリさんは笑いを押し殺している。

「あ」

「多分それもあって、私にも声をかけたんだろうね。相手はユキノちゃんだし、まさかと思うけど、念のため——ってところかな」

 私は、耳まで真っ赤になってしまって、両手で頬を抑えた。

 今日二度目だー!

 赤面MAXだー!

 もしかして、私はニワトコさんに、とってもとっても間違った情報を与えてしまったのではないだろうか。

 ニワトコさんの頭の中では巣鴨地蔵通り商店街は、ほのぼのおばあちゃん銀座じゃなくて、セクシーランジェリーとあんぱんに満ちあふれためくるめく大人の世界になってしまったのではないだろうか。

 それよりも何よりも、私は近所の時々遊びに来るユキノちゃんから、セクシーランジェリー屋さんに大人のオトコを誘う女子高校生にいつの間にかモデルチェンジしちゃったんじゃないだろうか。自分でも気づかない間に!

 どうしよう。

 おお、どうしよう!!!!

 私が混乱しまくったまま両手で頬を抑えていると、リリさんが「あんたたち、面白いよ」と、本気でおかしそうに笑った。




 おお。それにしても、誰が一体、巣鴨地蔵通り商店街にこのような罠が仕掛けられていると想像するだろうか!

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