第15話 コヴンの魔女パンチ

「あら、おいしい」と、母さんは言った。

「ね、おいしいでしょ!」

 えっへん。と、私は胸を張った。仕込みから4日目。ジンジャーエールがいい感じでプチプチしているので試飲会である。またの名をジンジャーエール付き朝ごはんとも言う。

 私はすごく張り切ってトーストも焼いたし(トースターにセットしただけだけど)サラダも準備したし(レタスちぎっただけだけど)コーヒーも入れた(コーヒーメーカーにセットしただけだけど)。バターとジャムもテーブルの真ん中に置いて、今日は私の準備した朝ごはんだ。でも、まずはジンジャーエール。

「おお——すごく生姜の味がするんだな」

 と、父さんが驚いたように言う。

 自宅で発酵させたのか、なんて、最初はちょっとおそるおそるだったのにね。

「昔は健康食品扱いだったんだって!」

 私は張り切って説明する。

「あんまり、甘くない……」

 タケシは顔をしかめた。

「そこがいいのよ。——大人の味ね」

 母さんはよほど気に入ったみたいだ。もう一度口に含んで何だか頷いている。

「明日はパンでお漬物を作るよ」

 私は宣言する。だけど、私のお小遣いでは材料は買えない。

「ですのでパンと野菜とビールを買ってくださいぷりーず?」

「なんなの、それ!」

 母さんが笑いだした。

「ご飯を作るのって面白いなって思ってるところなの」

「最近なんだか元気になってきたと思ったら——仕事の帰りに買ってくるわ。食パンでいいのね?」

 笑いすぎたせいかもしれない。やだ、涙がでちゃう、と、母さんは右目の隅をちょっと指でこすった。

「うん、あとね、今日キワコさんのうちでコヴ——パーティーがあるの。最初の方だけちょっと出てもいい?」

「パーティ? あなたが行ってお邪魔にならないの?」

 母さんは心配そうに尋ねる。

「準備のお手伝いするって言っちゃった」

「あらあら」

 母さんの声は明るい。

「あんまり遅くならないようにね」

 はーい。

 と、私は答えた。

「ガッコ行ってくる」

 妙に不機嫌な声でタケシが言って、席を立った。




 部屋に入ってワードローブから服を出す。

 やっぱりどの服もあまりピンとこない。でも、コヴンなんだよ。

 知らない魔女がいっぱい来るんだよ。

 全員大人の人だし、「いい人ばかりよ」ってキワコさんが言ったから、多分大丈夫。でも、父さんのお古のスウェットや古いダボダボのTシャツで行くのは良くないよね。

 どれを着れば良いのかなかなか決まらなくて、困っていたとき、ふと、デニムのシャツが目に入った。この間お店で見たGジャンよりもずっと薄手だけれど、かなりたっぷりとしたカットのもの。

 ——これは、袖をまくって、裾をこんな風に絞るとおしゃれだと思うのよね。中に大きめのベルトをアクセントにして——このズボンと合わせましょう!

 買ったときの母さんの言葉が記憶に蘇る。

 おおお!

 あったではないか! こんなところに伝説のダボダボシャツが!!

 母さんが言ったとおりの組み合わせではないけど、これとスカート合わせてみたらどうだろう?

 母さんがきれいに折りあげて、アイロンもかけてくれた袖をおろして、きゅっとかたちよく絞られていた裾をほどくと、シャツはかなり長くてゆったりしていた。それに、紺のプリーツスカートを中に合わせた。

 鏡の前に立って自分を見てみる。

 ——前髪がぼさぼさだった。

 髪を切りたいからって、お願いして、お金もらっておけばよかったな。——本当に久しぶりに、そんなことを思った。

 この組み合わせ、変かな。……変かなあ。

 でも、周りの人も魔女だものね。魔女みたいな格好でくるんだものね。多分、母さんだとか世間一般のおしゃれな人とはちょっと違うよね。

 コヴンだ! 魔女集会だ!

 なんかドキドキするよ。

 柱の影に隠れてこっそり見ていたいし、ニワトコさんが作るご飯も楽しみだよ。




「いらっしゃい」

 ニワトコさんは忙しく動き回っていた。キワコさんはお花を買いに行ってるんだって。なんだか後で使うんだって。詳しくは教えてくれなかった。

「あ、ユキノちゃん、他のものは全部食べても飲んでも良いけど、これだけはやめといてね」

 テーブルの上には料理や飲み物が並んでいて、真ん中には大きなガラスのボウル。イチゴや半分に切ったブドウやオレンジやミントが浮いた炭酸飲料のようなものがなみなみと入っていた。

「これ、お酒入ってるから」

 おお!

「ジンジャーエールに、ブランデーとハーブ色々。それに果物——美味しいけど、結構強いからジュースと間違えると良くない」

 見るからにすごく美味しそうだよ。

 見つめる私の視線が熱かったらしい。ニワトコさんが苦笑した。

「成人したらね。パンチは見た目より強いから気をつけたほうがいいんだよ」

 おお。パンチという名前なのですね。

 魔女パンチ! ネコぱんち並に可愛い名前だ。

 なんか妙に感心して魔女パンチをしみじみ観察していたときだった。

「こんにちわー! リリですー!」

 玄関から若い女の人の声がかかった。最初のお客様だろうか。

「あ、開けてあげて」

 ズッキーニの春巻きを揚げ始めていたニワトコさんがちょっと慌てたように言う。ニワトコさん、ズッキーニ好きだな。

「はーい!」

 ととっと走って行った私は、がらっと玄関の引き戸を開けて、固まった。

 金髪の、美女が、立っていた。大学生? OLさん? 

 ちょっと、っていうか、かなり大人っぽい。

「はじめまして! 斎藤リリです。ニワトコって、男の人だって、聞いてたけど……」

 リリーさんは、小首を傾げた。金色の髪の毛がふぁさっと、揺れて、ふわっと、コロンだろうか、大人の女の人の匂いがする。

「あ、ニワトコさんは、中で春巻き揚げてます……どうぞ。上がってください」

 私はカチコチに緊張しながらも、頭を下げる。

「おじゃましまーす」

 リリさんは、元気良い声を上げて玄関から上がって来た。

「はじめまして!」

「おお! はじめまして!」

 春巻きを揚げていたニワトコさんが振り向いて笑った。

 ……あれ? ニワトコさん、少し緊張してる?

 ほんの少し、笑顔がいつもと違う。

「斎藤リリさんですね」

「そうです。ニワトコさんですよね?」

 キワコさんの友達の友達だよ、とニワトコさんは簡単に説明してくれた。

 リリさんはバッグと羽織っていたカーディガンを椅子におくと、手伝いますよー、とテキパキした声で言った。ピンクのネイルが綺麗だ。

 見た目は外国の人みたいなのに、リリさんの仕草や喋り方はクラスのきれいな女の子たちにそっくりだ。全然魔女に見えない。

 ニワトコさんとも、キワコさんとも違う。

 もっと——なんだろう、雑誌の読者モデルとかになっちゃいそうな。

 でも、鼻が高くて肌が抜けるように白くて、金髪。

「それじゃあ、ユキノちゃんと、アルコールなしバージョンのパンチを作ってくれるかな?」

 ニワトコさんがジンジャーエールの入ったペットボトルを指差した。

 私はコクコク頷いてリリさんを見た。

「じゃ、よろしく!」

 リリさんがにっこりしたので、私も慌てて頭を下げた。

 あれ。

 胸がドキドキしてる。

 学校の正門の前に立ったときみたいに、ドキドキしている。リリさんの何かに私が苦手なものの匂いがする。

 なんだろう。

 なんなんだろう。

「にゃーん」

 ジュードが私の足元にやってきた。

「おいで」

 私はジュードを抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。

「ふんぎゃっ」

 ジュードが怒った。

 ご、ごめん! きつかったんだね。

 私は慌てて謝ったけど、機嫌を損ねたジュードは体をよじって私の腕から出ていってしまい、その後は全然私のところに帰ってきてくれなかった。

 とほほほほ。

 って、私は思った。初めてのコヴンの始まりにしてはちょっと幸先悪いよ!



 

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