心の底に根を伸ばし
村から少し離れた森の中、俺は草抜きをしている。
正確には、役に立つ薬草の採集だ。
俺は、この不思議な本のおかげで植物図鑑を眺めながら薬草を採ることが出来る。
そんなこんなで、俺は今プロの薬草採りみたいたことになっている。
あの村で、正確に薬草の見分けがつくのは婆さんや爺さんだけだ。
曲がりなりにも体力のある若い男で、薬草が採れる俺はそこそこ重宝されるというわけだ。
そんなわけで、野草を集めることと引き換えに、俺はあの家に居候している。
悪魔憑きの件は、牧師の前で派手な演技をしたらまんまと信じてくれた。
悪魔が体から離れた俺は、晴れて村の一員ってわけだ。
そうだ、祈りなんかで悪魔が離れるものか。
本当に悪魔がいるのは、人間の内側だ。
風の音。薄暗い森林。少し濡れた地面が、足取りを邪魔する。
僕は、森の木の香りを楽しみながら、生えている草を検分する。
ワラビにドクダミ、オトギリソウ。
どうも、植物類は僕が元居た世界とそう変わらないらしい。
使えそうな野草を片っ端から摘んで、背中の竹籠に入れる。
こんな労働に甘んじているのは、今はまだいい。
いずれ、あの村も支配してやる。絶対だぞ。
そう、俺が薬草採りに志願した理由は、なにも信用と宿が欲しいだけじゃない。
俺は、薬草を採りながらクスリの材料を探している。
大麻にポピー、そしてコカの木。どれか一つでもあればいい。
そこから何とかして、ドラッグを生成してやる。
そんなわけで、俺はこのじめじめした森に生えてる草木を一本一本検分している。
地道な作業だ。嫌になりそうというか、なってる。
また知らない草を見かけたので、植物辞典で確認し、覚える。
そんな作業を繰り返し、そろそろ日も暮れかけてきたころ。
遠くに、人影が見える。鎧と剣を見つけた人間が、よろよろと近づいてくる。
知っている人間だ。同じ村の若者の一人、サイガス。
脚からダラダラと血を流している。どうやら魔物に襲われていたらしい。
「アイラウルフに襲われちまってな。薬草を少しくれるか」
俺は、背中の籠から弟切草を探して投げる。
アイラウルフとは、俺がこの世界に来た時に襲われたオオカミのような魔物だ。
野犬の何倍も強靭で凶暴、群れではなく単体で移動する。
見かけも異形、毛は真っ黒で、目から赤い光を放つ。
俺なんかには歯が立たない獣の一つだが、サイガスにはそれを屠るだけの力がある。
まあそもそも、俺なんかに倒せる魔物なんて一つもいないんだが。
「ありがとう、助かったぜ」
サイガスが弟切草を患部に当てると、弟切草は光を放ち、しおれていく。
そのまま、サイガスの傷がみるみる内に塞がっていく!
魔力抽出と呼ばれる技術だ。サイガスのような魔力の使える人間は誰でもできる。
薬草などに魔力を流し込んで、その効力を最大限に引き出す。
きっと、弟切草の"傷に効く"と言う概念だけ抜き出しているんだろう。
この魔力抽出を使えば、魔物の重篤な毒までドクダミ一本で治したりもできる。
金の余った貴族なんかは、食い物に魔力抽出をして味だけを楽しんでいるらしい。
しかしなんだ、薬草で傷が治せることのいい辻褄合わせだな。
そんなことを考えて少しニヤついていると、サイガスの傷はすっかり塞がっていた。
「ああ、すっかり治って爽快な気分だ。帰ったら麦酒でもご馳走してやるぜ」
「いいさそんなもん。ビールは貴重品なんだろ」
「いやいや、なんてったってお前は命の恩人だからな!」
サイガスは、わざと大げさにそんなことを言って笑う。
屈託ない笑い方だ。この村の住人には、どこかほかほかと柔らかい余裕がある。
「さて、そろそろ帰るか。あの犬コロも討伐できたことだしな」
「俺ももう帰るところだ。ビールの代わりに護衛してくれ」
「お安い御用さ」
ざくざくと、森の中に二つの足音が響き始める。
サイガスは、鎧の重さをものともしない足取りで、俺に話しかける。
「喜べ、今日は婆さんがレイトチップスを焼いてくれてるぜ」
「知らない食べ物だな。どんなものなんだ?」
「そうか、お前は食ったことないんだったな。
トウモロコシの粉を水で練って、カリカリに焼いたお菓子だよ」
なるほど、そりゃうまそうだ。この世界のお菓子は、素朴な甘さがある。
限りなく素材の味に近いものだ。
けれど、僕は現代の進化しきったお菓子の文化に触れている。
たまには、この喉にコーラやサイダーを流し込みたいものだ。
いや、そんな贅沢は言わない。せめて、白ご飯を腹いっぱい込みたい。
そんな俺の気も知らず、急ぎ足のサイガスの背中が跳ねるように揺れている。
よほどそのレイトチップスが楽しみなんだろう。
その時。ふと、思いついた。
そうだ。危険ドラッグの材料なんて、最初からなくて良かったんだ。
今僕が手にしている材料と情報だけで、
依存性ある甘美な麻薬はこの手で作り出せるのだ。
不明瞭だった支配の欲求が、急に輪郭を持ち始めた。
二つの足取りはやがて森を抜け、鮮やかな夕陽を全身に浴びる。
夜を知らせる肌寒い風が、薄着の俺の体温を奪っていく。
視界に映るのは、体格のいいサイガスの背中。
現代では中々見ないような、あまりに大きな背中だ。
「なあサイガス。少し聞いていいか」
「ああ、なんだ?」
サイガスは、背中越しに気安く返事する。
「お前、この生活に満足か?」
「難しい質問だな。まあ、満足じゃなくても毎日楽しく生きてるさ」
「そうか、ならいいんだ」
不満足でも楽しい。俺にはよく分からないことだ。
けれど、目いっぱい労働した後の、全身から感じるすがすがしい感覚は分かる。
疲れたけれど心地よくて、心はどこか満たされる。
太陽と自然の中で体を動かすことは、こんなにも心地いいのか。
そんな感覚が子供のころから日常だったのが、彼なんだろう。
疲れた体にビールを流し込まなくとも、すでに充実している感覚。
そんな彼でも、こんな俺でも。ドラッグが血中に駆け巡れば。
その笑顔はへつらいに変わり、その精神は快楽に歪む。
それは冷たい喜びだった。
ブラックブックの転生者 只野たかし @yuttairi
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