3話:新婚生活(仮)

夜明けからまだ数時間しか経っていない、外は全体的に青みがかっている早朝の時間帯。

外からは木々の風で揺れる音が少し煩く聞こえ、室内の気温はまだヒンヤリとしており無意識に掛かっていた布団の中にまるでカタツムリの様に包まる彼の姿。


「アドルフ」


愛しい彼の名前を呼び、布団を優しく揺さぶる。

だが、まだ睡魔に勝てないのか体を捩りながら拒否してくる。 


「ん゛………」

「起きなアドルフ。朝だよ」

「………眠い」

「それは毎日聞かされて聞き飽きたよ。ほら、朝食を用意してあるから早く食べな。今日はアンタが好物なものばかりを作ったんだよ?」

「匂わない」

「それはアンタが布団に包まってるからさ」


その言葉を聞いて、包まった布団を少し外し匂いを嗅ぎだす行動に、まるで子供を相手にしている様に感じてしまい思わず苦笑いを浮かべてしまう。

戦いではあれだけ雄雄しい彼がこんなにも可愛らしい行動を取るとは他の人は知らないだろう。

だからこの姿を見れるのは私だけの特権、何年も前からの。


「……良い匂いがする」

「なら、早く布団から出て食べな。折角の作りたてを冷ますんじゃないよ」

「……ん」


匂いに釣られて、それとも私の説得に屈したのか、そのどちらかは分からないが彼は布団を脱ぎ捨てヨロヨロと食卓の方へ歩いていく。

私は彼が出た後、先程まで彼が寝ていたベットに倒れ込み、布団で自分を覆う。彼の体温、彼の匂い、全身が彼に包まれるように感じて幸福感を得られるこの一時。


「まったく、いつまでも子供なんだから」


そう呟きながら一層深く布団へ包まる。

その表情はきっと満面の笑みだったのだろ。






















「というのがいつもの流れよ」

「もう結婚でも何でもすればいいじゃないですか」


思わず投げやりに答える。

私の気持ちが分かるだろうか?

まだ寒い朝早くから出勤、そして着替えたらすぐに報告書と依頼書をまとめる事務作業。眠いし寒いしつまらないという最悪な要素を詰め込んだ仕事をしている所に達成感満ち溢れた顔でこの話を語られるこの苛立ち。


「なんですか、惚気ですか、惚気なんですか。なんでこんな朝っぱらから他人の惚気話聞かなきゃならないんですか」

「新婚夫婦ですもの、仕方ないわ」

「勝手に結婚した虚実をねじ込んで来ないで下さい。というか、毎朝お越しに行くのは微笑ましく甲斐甲斐しいと思いますが最後のアドルフさんのベットに倒れ込んで布団に包まるって可笑しいですからね?さらっと言うものだから危うく聞き流す所でしたよ」

「?」

「その「何を言ってるんだろうこの人?」みたいな顔は止めてください。先輩だって流石に自分が朝に眼を覚まして部屋を出て帰ってきたらアドルフさんが自分のベットで匂い嗅ぎながら包まってたら嫌でしょう?」

「構わない、むしろ嬉しく思うわ」

「私の中の先輩像が崩れていく……」


真顔で返答してくる先輩に思わず上を向く。

数年前まで、この『ノーランス村』で寂しくたった一人で受付嬢をしていた私の唯一の先輩。過去に受付嬢をやっていた経験があったのか、即戦力どころか最初から私の数段上の仕事してくれた。私はそんな先輩の背中を見てこの数年間をやってきた。

今でも尊敬しているが、その尊敬に値する先輩がこの惚気を放つ人なのだと思うと悲しくなって泣けてくる。

仕事は出来るんだけどなぁ、仕事は……。

私がジト目で睨んでいると、先輩は徐に自分の大きな胸を下から持ち上げる。


「この溢れんばかりの母性で彼はもう私の虜、まったく参ったわね」

「あ~ぁ……捥げればいいのに」

「羨ましい?羨ましい?でも残念、これはもう彼のモノなの。ごめんなさいね?」

「なんで先輩はことアドルフさんの事になるとポンコツになるんですか」


此方の話を聞かずに勝手に勝ち誇った表情で私にその豊満な胸を見せ付けてくる先輩。

ついこの間までは滅多に見なかった彼女の情けない部分が、昨日からずっと出続けているのは気のせいではないのだろう。本当に前までは仕事が出来るカッコイイ女性と思えたのに、今の先輩はただの惚気を垂れ流すお花畑な女性としか思えない。


「これは、もしやあれなの?結婚という契りを結ばなくても既にもう夫婦同然な関係と言うやつなの?きっとそう、きっとそうなのよ。それでも、あの人は今更告白するのが気恥ずかしくなったのかもしれない。しょうがないわ、そんな恥ずかしがり屋な彼を待つのも女の甲斐性というも―――」

「でもアドルフさん、『コーラスト村』の娘さんに求婚しに行くとか言いましたよね」

「がはッ!」


必死に事実から目を背けようとする先輩に淡々と事実を言うと空想の吐血をする。

そんな先輩を可哀想な目で見ていると改めて受け入れた現実が余程ショックだったのか仕事の手を止め、そのまま流れるように近くにあるソファーに倒れ込み、この前の様に不貞寝を始めた

また面倒な事になるだろうと思いながらも惚気を放つ先輩に一矢報いる事が出来たから特に後悔はない。


「何でそういう事言うのよ。せっかく人が現実から眼を背けて悦に浸っていたのにそれを壊さないで」

「後輩を一人で働かせながら現実逃避して悦に浸らないで下さい。ほら、アドルフさんの依頼書と報告書、まだ途中なんだからまとめて下さいよ」

「別に一日二日働かなくてもこんな小さい村のギルドは大して支障無いわよ」

「そんな傍迷惑な開き直りは止めて下さい」


先程軽く触れたが、このギルドには私と先輩しか従業員しかいない。

というのはこの『ノーランス村』の場所と環境によるものだ。

この『ノーランス村』は全ての中心とも言える王都『』から遠く離れた辺境の地にある。人口は100人届くか届かないか程度の人数しかいない。そして周りは大きな木々に囲まれ、近くには動物、食物、飲み水、生きていく上で必要な大体なものは自分達で揃える事ができる。

だから王都や他の村などとの貿易をあまり必要としない為、この村自体が周りに周知されていない。周辺の村の人に『ノーランス村』を知っているかと聞かれれば二人に一人程度は知っていると答えるかもしれないが、案内してくれと言われれば更に減ることだろう。周辺の村でその程度の周知なら遠く離れた王都等ではさらにどれ程の割合になるのだろうか。


ギルドの拠点がこうやって置かれているが、建物は小さいし、受付嬢は私達二人、普通では考えられないギルドマスターが置かれていないという事。ギルドマスターになる人物は貴重で、人数が多くない為にこんな辺境地にそんな貴重な人材は置けないという事だ。責任関係はどうなるのだと言われれば、王都ギルド本部にお聞き下さいとしか言えない。だからこの村に来る依頼はそこまで重要な依頼は特例・・を除いて殆どこない。別にやらなくても良いが、やってくれたらありがたい程度のモノばかり。この村の専属の冒険者は居ない・・・為、依頼を受ける人間は小遣い稼ぎの村人ばかり。


私は元々この村に住んでいて、ギルドを建てる事になったから、誰か受付嬢をやってみないかと言われたからこうやって今現在受付嬢をしているのだ。

仕事内容は王都からの依頼を受け取り詳細をまとめてギルドボードに貼る。依頼を受ける人間が居れば説明をし、終わればその報告書を王都へ送る。大体はこの内容しかしていない。給料はそれなりだし、忙しくはないし楽でもある。が、つまらないというのが悩みの種である。

そんなつまらない仕事を再開している頃。


「はぁ、この判子押しがアドルフとの婚約届けだったらいいのに」

「も~!止めてくださいよ、私だって独り身だからそんな事言われたら虚しくなってきますよ!!」


色々と思う所があるだろうが、そんな妄想と悲しみを合体させた、たらればを聞かされるこっちの身にもなって欲しい。


「そう言えば、貴方は良い人とか居ないの?」

「……自分が上手くいってないからって、私の不幸の蜜を吸わないで下さいよ」

「その事も有るには有るけど、貴方のそういう話聞いた事無いかなって」

「有るには有るんですか……」


ジト目で睨むが先輩はそれを物ともせず、興味津々な表情で見てくる。

無駄に図太いな、この人。

本当は無視をしたかったが、それだと先輩が納得せず仕事に手をつけてくれないと考え、正直に答えることにした。


「そうは言っても、そんな人、居ませんし居た事もありません」

「え、無いの!?」


見るからに表情がパァッ!と明るくなったのが分かる。

さっきの絶望した表情が嘘のようだ。自分より下、若しくは仲間を見つけて余程嬉しいらしいが私はその表情にイラッと感じ、眉を顰めた。


「……好いた人は居ても十年間近く片思い拗らせてるだけの先輩よりは十分マシですよ」

「がはッ!」


先程の二の舞をする先輩。

今回はこうなる事を分かった上でやったので特にこれといった反応はせずにそのまま仕事を黙々続ける。


「中々にエグイ事してくれてるじゃない……」

「……早く仕事して下さいよ」


自分で仕掛けておいて何だが、また面倒な事になったと反省はしないが少し後悔する。

不貞寝をした先輩は丸まったまま呟き始めた。


「今日あの人が来るけど、作戦どうしようかしら。一応、今自分が出来る限りにはやってみたけど」

「不貞寝しながら真剣な顔と声をしないで下さい。せっかく仕事に手を着けたと思ったのに……」

「でも、これは私にとって最も重要で失敗できない計画なのよ」

「……その計画っていうのはなんですか?」


気にはなるが聞いたら面倒な事になりそうだから聞きたく無い。聞きたく無いのだが聞かないと仕事を再開してくれなさそうなので渋々聞き返す。

そんな私の問いに先輩は変わらず真顔で答えた。


「他の女から離れさせて、私に惚れさせつつ『コーラスト村』の娘との縁を切れさせる方法よ」

「ははは、何物騒な事言ってんですか」


何とも面白みに富んだ冗談だ。思わず笑ってしまう。

しかし何故だろう、その真顔で言われるとその考えが揺らぎそうでならない。思わず背筋が寒くなってきた。


「いっその事、監禁……」


揺らぐ程度では済まなかった。


「怖い、その発想は怖いですよ。既に犯罪の域に入っています」

「大丈夫よ、考えた事をポロッと言っただけで問題は無いわよ」

「その無駄にある自信はどこから出てくるんですか。その考えに至っただけで十分問題有りですよ」


結婚で周りから祝福されるよりも、拉致監禁云々で紙面を賑わす方が可能性が高くて怖い。

先輩の言葉に寒くなるどころか冷や汗が止まらなくなってきた。どうしたものかと考えていると、入り口の方から声が聞こえた。


『フリージア~』

「やばッ」


まさに今話題の中心である人物が到着した様だ。

声が聞こえた瞬間、先輩は不貞寝したソファーからガバッと勢い良く立ち上がると近くにあった手鏡を手に取ると、乱れていた身嗜みを整え始める。

やはり、この彼女の情けない部分は彼には秘密のようだ。恋する乙女は何とやらと言うが、自分はそういった経験が無かった為、大変だなぁと他人事で共感出来ずにいた。

身嗜みを直し終えたら、机の上に纏めていた書類を手に取り部屋を出ようと慌てて駆け出す。


「ほら、早く行って仕事して下さい」

「さっきの話、絶対あの人にしないでよ」

「誰が好き好んで監禁の話を男性にするんですか」

「あ、後、あの人に他の女を近づけ―――」

「とっとと仕事に行きなさいッ!!」


しつこく言って仕事に行かない先輩を半場無理矢理廊下へ叩き出し、ドアを思いっきり閉める。

特にドアの向こうから抗議も聞こえないので、納得して彼の元へと行ったのだろう。先輩が出て行ったドアを見つめながら独り言を呟く。


「ま、あの人なら先輩に襲われてもなんとかなるでしょう」


あの人に勝てる人は居ない、だから私なんかが心配しても要らぬ世話というもの。


決して先輩の対処が面倒だとかそんな考えは無い。

無いといったら無いのだ。






 ◇






食事を用意してくれたフリージアはそのまますぐに仕事場のギルドへと行き、俺はその食事を食べて支度をした後、彼女の後を追う様にゆっくりとギルドへ向かう。これが毎日の流れ、フリージアに起床、朝食、仕事、昼食、夕食、の面倒をみて貰っている。

改めて考えると、フリージアには世話をされてばかりだ。一度、あまりに申し訳ないと断ったことがあったが、彼女の方からやらしてくれと言われたので感謝をしながら甘えさせて貰っている。彼女に世話をして貰っていなかったらきっと、というか確実に怠惰な生活を送っていた事だろう。


そんな事を考えながら呼び出したフリージアが来るのを待つ。

すると、すぐにいつもの様にキリッとした表情で悠然と書類を抱えながら此方へと向かってくる彼女の姿が見えた。


「おはようございます」

「うす…てか、前から思ってたんだが朝に会ってるから挨拶いるか?毎朝起こしに家に来てる時に挨拶してるだろ」

「今日職場で会うのは今が初めてなんだから、一応形式上はと。それにアンタは朝会っているとは言っても、あんなに寝ぼけている時の記憶なんて禄に覚えてないだろう?」

「確かにそれはそうだけど、なんともまぁ律儀なこった」

「何事も切り替えが大切だからね」


彼女がその言葉を発言した瞬間、遠くから「ホントだよッ!」という叫びが聞こえる。

この声は彼女の後輩受付嬢の『カトリナ』のモノだが、何故かその声には苛立ちと必死さを感じた。彼女はフリージアと違い、まだ子供らしさを残した元気がある子だ。喜怒哀楽が激しく、いつも笑顔でいて、少しからかうと泣きながら怒ってくるものだから、よくフリージアと一緒にからかう事がある。

まぁ俺とフリージアとは年齢が多少離れているから子供らしく感じるのは当然といえば当然というものか。それに、この村にはあまり若い者はいないから話遊びをするとなると、大体俺とフリージアとカトリナの三人になってしまうのだ。


「気にしないでいいよ」

「随分と大きい叫びだったように聞こえたが、本当に大丈夫か?」

「カトリナもまだ若いからね、色々とあるのよ。それも女性なら尚の事」

「男は若くても歳くっても単純なんだがな。色々と大変だな、若い女って奴は」

「まぁ私もフォローするから大丈夫でしょう」

「お前も色々と先輩してんだな」

「先輩だからね」


今度はまるで何かを叩きつける様な大きな音が響いた。音の発生源はもちろんカトリナの居るであろう部屋からだ。転倒でも何かしたのだろうか?少し心配になり声を掛ける事にした。


「大丈夫か~」

「は、はい、大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません」


慌てた足音をたて、廊下の曲がり角から顔だけがひょっこりと出てきて返事をしてきた。

茶髪のショートカットに、少し垂れかかった目元にいつも笑顔が絶えない表情に明るい性格。まさにフリージアと対照的と言える。身長は女性として高くもなく低くも無く、胸もフリージアに比べれば小さく見えるが女性の平均値としたら十分有ると言える。まだ子供っぽさが残ってはいるが顔は整っており、フリージアを美人と据え置くならカトリナは美少女と言ったところだ。

王都の様な人口が多いところなら引く手数多なのだろうが、いかんせんこの村には若い男は俺くらいしか居ない為、彼女の浮ついた話など聞いた事が無い。

そんな彼女の笑顔が絶えない表情は何故か分からないが若干引きつった様な笑顔になっていた。見たところ大怪我か何かした訳では無い様なので一応大事になっている事は無いらしい。

先程フリージアに言われた様に、若い女性は色々とあるかもしれないので追求はしないのが優しさというものなのだろう。


「手伝うことがあれば言えよ、荷物運び位はやれるから」

「気を使わせちゃってすみません、でも本当に大丈夫なのでお二人は話し合いを続けて下さい。お邪魔しました」


そう言って頭を下げ、慌てた様子でまた部屋と戻っていった。

こういう礼儀正しさがしっかりとしているからこそ、フリージアも彼女の事を好いているのだろう。

気を取り直そうと視線を戻すと、既に机の上に様々な依頼書を広まっていた。見た限りではその数は20近くがある。


「じゃぁ早速本題に入るか」

「準備は出来てるよ。この数日の内に此方の方で今ある依頼書の中から選別したからね」


机の上に載っている物だけではない。彼女の傍らにはまだ数枚ではあるが少量の依頼書の束がある。

普通のギルドからしたらあまり凄みを感じない枚数ではあるが、俺の出来る依頼は少し特殊であるが故に来る依頼の数が少ないのだ。

諦めかけていた俺の我が侭を思い直させてくれただけではなく、昨日話したばかりにも関わらずこれ程の量の依頼書を用意してくれた。彼女には感謝しても感謝しきれない、あまりの嬉しさに涙が出てきそうだ。


「俺の我が侭にこれだけの量、よく集めてくれたな」

「えぇ、それはもう色々と動いたからね。それはもう色々と」


そう言いながら依頼書を更に見やすく広めようとしてくれる。

何か含みのある台詞だったが、彼女の作業をする訳にはいかないので特に何も言わなかった。


「待ってな、もう少し絞りなおすから」


いつもの凛々しい表情に少し笑みを含ませながら作業を続ける。

この時、俺は特にやる事が無く手持ち無沙汰になってしまい、フリージアは作業に入っているので必然的に無言が場を支配してしまう。このままだと雰囲気がつまらないくなってしまうと思い、彼女の作業の邪魔をしない程度の範囲で軽く話しかけた。


「いや、流石に俺もフリージアに頼りっきりっていうのも悪いと思って昨日俺も色々と考えたんだよ」

「色々ってなにを?」

「そりゃぁどんな依頼を受ければ女性との出会いが出来るかとか」


「それはそれは……余計な事を(ボソッ)」


「え?」

「いや、それは積極的でいい事なんじゃない?」


少し表情に影が掛かった様に見えたが、瞬きをするとフリージアの普段と変わらない優しい表情を浮かべていた。はて、見間違いでもしたのだろうか?


「俺はこれまでSランクだのAランクだの強い奴と戦ってきた。お前の言ったとおり、下手をしたら街や国一個を崩壊させられるような奴が多かった。別にそんな奴等を討伐することに異論がある訳じゃない。今となっては手ごたえが無い、寧ろもっと強い奴を寄越せと言いたいほどに。」

「アンタは戦闘狂か何かなの?」

「だが俺はそこでこう思った、国だ街だを影で守っても女性と知り合える訳じゃないと」

「―――――――――」


俺の言葉を聞いた瞬間、ピタッと彼女の動きが止まる.



「だからもっと住民に身近で簡単な仕事の方が良いじゃないか?薬草集めとかは今更嫌だけど、例えば簡単なDランクのゴブリンの討伐なんかいいんじゃないか?あぁいう溢れるほどいる雑魚程住民は困ると聞くし」


今度は不自然に震えだした。

体でも冷えたのだろうか?


「どうした、体が震えてるぞ?」

「だ、大丈夫よ。気にしないで」


大丈夫と言う割には口に持っていこうとしている湯飲みが震えすぎて少しこぼれているのだが


「そ、そうね。私もそう思ってたのよ。流石はアドルフね、それに気づくとは」

「やっぱりフリージアみたいな頭の良い奴には俺程度の考えなんて疾っくの疾うに思いついていたか。やっぱり持つべきは有能な受付じょ――――あれ?さっき広がってた依頼書となんか違くない?」

「用意していた依頼書と間違てたわ。これが本当の選んだ依頼書よ」


先程まで広がっていた依頼書の数より見るからに少なくなっているが、代わりに彼女の横においてあった束が多くなっていた。おそらく出すべき依頼書と予備に持ってきていた依頼書を出し間違えたのだろう。

その証拠に今出されている依頼書は俺の言った話通りにDランクやFランクの討伐や採取、先程の依頼書はSランクやAランクの高難易度の辺境地での討伐ばかりだったのを覚えている

なんとも彼女らしくない簡単で単純なミスなんだろうか。ここはあまり触れてやらないのが大人の対応というもの。ここはさらっと受け流すことにした。


「そうか」

「すまないね。こんな単純なミスして無駄に時間を掛けちゃって」

「気にするな、ミスは誰にでもある」


「ありがとうね――――チッ、いらない所で勘の良い(ボソッ)」


俺には聞こえない位の独り言を言いながら、彼女はまるで睨む様にテーブルに広げている依頼書を選別し始める。彼女も成人してから多少年月を重ねていても結局は女性、カトリナの様な俺には分からない何かがあるのだろう。カトリナと比べると少し闇が深そうだがきっと気のせいだろう。

変わらず手持ち無沙汰な俺は用意してくれた茶を呑気に飲んでいると、一枚の依頼書を手にして先程まで険しかった彼女の表情が一変してパァッと笑顔になった。


「良い依頼でもあったのか?」

「えぇ、これなんてどう?」


笑顔のまま手渡されたのはDランク『ゴブリンの討伐』の依頼書。

内容は繁殖し続けるゴブリンを討伐して欲しいとの事。最低討伐数は4匹、それ以上討伐された場合は証拠物を持って来れば報酬をその数だけ上乗せされる。

こういう上限無しの雑魚討伐は初心者の経験を積むのに丁度良いとされている。しかもゴブリンは無限増殖と言っていい程に生まれ続けるのでこの依頼が無くなる事はそうそうない。まさに誰もが通る登竜門と言える依頼だ。


そして今回、重要とも言える場所は――――


「あ」


場所を見ようと目線を動かした瞬間に依頼書が手から消えた。

視線を上げると何故か冷や汗を搔きながら依頼書を持っているフリージアの姿があった。


「も、もういいでしょう」

「まだ場所を――――]

「それは後でいいじゃない。ほら、お楽しみは後にとっておいた方が良いとか言うじゃない。それより準備をしましょうよ」

「準備?」


彼女は依頼書を腕に抱きながら勢い良く立ち上がると、そのまま応接室を出る。俺もその後を黙って追う。

なにか準備する必要があるのだろうか?これまでの数年間、あの普段装備している防具以外の装備品や所持品を禄に用意した覚えが無い。そもそもAランク位までなら私服のまま行っても勝てる自信が有る。

そんな俺に必要なものがあるとしたら―――― 


「おにぎりか」

「さっき朝食を食べたのにまだお腹が空いているの?」


まるで俺を食いしん坊な子供を見るような目を俺に向けてくる。どうも違ったらしい、無駄に恥をかいてしまった様だ。


「アンタが装備している防具は明らかに初心者の防具から逸脱していて、依頼内容と不釣り合いになってしまうだろう?。ギルドに常備されている初心者用の武器と防具があるから今回からはそれを使うとしましょう」

「初心者用か……なつかしいな」


今はもう武器なんて握りすらしていないが、本当に小さい頃は武器頼りで戦っていたのを覚えている。そんな初心者の頃となるともう10年以上前の話になるのか。そう考えると俺も歳を取ったのだと実感してきた。


「一応参考として聞いとくけど、何か使いたい武器とかはあるの?」

「武器か……一番最初の頃は片手剣使ってたからな」

「そういえばそうだったわね。アンタが片手剣をねぇ……似合わないわね」

「俺だって嫌だわ。あんなチッコイ刃物と盾で守りながらチビチビ攻撃とか女々しくて堪らん」

「全世界の片手剣使いに喧嘩売ってるわよ、それ」


そんな事を喋っている内にギルドの受付場所に出た。そこには既に普段と変わらないカトリナが微笑みながら立っていた。見た限りでは落ち着いている様なのでもう心配する必要は無さそうだ。 


「おはようございます」

「うす、さっきは大丈夫か?」

「え、えぇ、何とか」

「まぁ女のお前には男の俺には分からない様な事が色々とあって大変だろうが、頑張ってくれ」

「あ、ありがとうございます……」


俺の言葉に感謝しながらも何か納得出来ないような複雑な表情でいるカトリナ。そんな彼女にフリージアが俺が受けることになった依頼書をスッと手渡す。


「この依頼書、アドルフが受けるから別枠で取っといて。完了したら私が処理するから」

「……分かりました」

「……何よ」

「いえ、切り替えは大切だなと」


その言葉を聞いたフリージアはカトリナに少し怒ったような表情で「生意気言うな」と言いながら頭にポスッと丸めた紙の束で叩く。カトリナは「解せぬ」と言葉を漏らすが、すぐに苦笑いへと変化しフリージアもそれに釣られて苦笑いになる。

この微笑ましい光景に俺も思わず笑みを浮かべる。見られて恥ずかしかったのか、フリージアが此方をジト目で頬を紅く染めながら睨んでくる。


「……なによ」

「いや、俺もそんな風に出会った女性と仲良く笑いあいたいなと――――」




スパァァンッ!!!




……解せぬ。


何故俺は威力が段違いの上に顔面なのだろうか顔面なのだろうか。

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欲望の赴くがままに @Unagipai0102

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