2話:桃源郷を

ロットンウルフ討伐の翌日。

俺は受付嬢であるフリージアに呼ばれ早朝の眠い中、ギルドの建物の応接室に来た。今現在はテーブルを挟んで対面する形でソファーに座っている。


「依頼を成功した事を正式に認められた為、依頼主からロットンウルフの討伐報酬100万Gに、死体報酬の100万Gが収められました。ご確認下さい。」



テーブルの上に金が入っているであろうと思われる袋2つがドサッと載せられる。

俺は「はいはい」と適当な返事をしながらそれを中身を確認せず、適当に自分の横に置く。そんな行動を受付嬢の役に徹していたフリージアが素に戻り、呆れ果てた様に言う。


「……少しは確認という行動をしなさいよ。渡す本人が言うのもなんだけど結構な大金よ、それ。」

「別に報酬が有ろうが無かろうがどうでもいいよ。言ったろ?暇潰しだって」

「これ、一応一般の方の年収の半分近くあるのだけど……」

「…………」


そう言われると何となく罪悪感に襲われる気分になる。

そもそもこの合計200万G、客観的に見れば有り得ない程の大金と感じるだろうが、この金額の内訳を知ると違って見える。

この前、フリージアが説明していたがこの依頼を受ける人数は基本4人以上。捕獲報酬は特別枠として基本手に入るのは討伐報酬である100万G、その金額を基本人数である4人で割れば1人辺りに入る収入は25G万。俺は特に準備という準備はせずに挑んだが一般的なギルドの人間ならロットンウルフを討伐するにあたってアイテムや装備に手間が掛かるらしい。俺には縁のない物なので具体的な金額は分からないが消耗品の補充に金は掛かる。


正直な話、報酬からあまり引きたくない。だからと言って報酬を増やそうにも人数を減らしたら死ぬ可能性は高くなるし、死体の報酬を手に入れるには難易度が高過ぎる。金を出す側の依頼主もAランク魔物一体にそこまでの大金を出したくない。複数人推奨の討伐依頼は依頼を出す側も、受ける側も色々と面倒なのだ。つまり、今回の報酬は約4人分の報酬を1人で総取りした事になるのだ。


「どうせ金なんて貯まる一方なんだよ、衣食住が充実してれば金なんて使わなくて済むし」

「確かに衣食住だけにしかお金を使わないとなるとそうなるわね……。何か趣味とか無いの?ほら、よく男性は釣りを嗜む人が多いと聞くじゃない」

「趣味ねぇ。特には無ぇし、俺が釣りとかあぁいう何時間もジッと待っている様なものは苦手なんだよ、魚が食いたきゃ自分で川ん中突っ込んで素手で取るわ」

「行動が野生の熊と変わらないじゃない。まぁ確かに今更と言えば今更だけど、実際アンタが戦い意外に打ち込んでいる姿というものは見たことが無いわね。家に居たら寝るか身体動かすか酒飲むかしかしないし」

「これまで戦い以外にやる事なんてなかったからなぁ」


「どうっすかなぁ」と呟きながらテーブルの上に足を置いた瞬間、フリージアがどこからか出したとも分からないハリセンを俺の脛に容赦なく振り下ろしてきて、バシィン!と良い音が響く。これ以上足を乗せ続けていると今度は脛に何を叩き込まれるか分かったものではないので、素直に座りなおす。


思い返せば十代半ばから依頼とかをこなして来た。という事は、二十代後半にさしかかろうとする現在まで、俺は約10年近くを碌に遊びもせずに戦いだけに専念してきた事になる。物語で描かれる青春と言えるものは一切送ってこなかった。今思えば何とも悲しい人生だ。


「『これまでは』。その言い方だと、今は違うの?」

「今は、と言うか今から変えようと思ってる」


そう、ここからが俺にとって重要な内容。真剣な眼差しを彼女に向けながらソファーに深く腰掛ける。彼女も俺の雰囲気から感じ取ったのか、姿勢を整え緊張した面持ちで此方を見てくる。


「俺はこれまである目的の為に戦い続けてきた」

「目的……?そういえば昔から何度か言ってたわね。それが何かはっきりと言って貰った事は無かったけど。戦う理由はその人の過去の物事に影響されるから、あまり踏み込むのも良いものではないと思っていたし」


この目的は俺が戦い始めた理由であると同時に、この目的の為だけにこれまでの約10年間戦って来たと言っても過言ではない。それ程にまで俺にとっては重要な事なのだ。


「その目的には兎に角強くなる事が必要だった、誰にも負けないような強さが」

「誰にも?」

「あぁ。でもそれは手に入ったと言っていい。事実、自分の知っている限りで今現在俺より強い奴を見たことも聞いたことも無い。別に自意識過剰とかじゃない、俺より強い奴がいるなら会わして欲しい位だ」

「……確かにそうでしょうね。アンタの実力は私が誰よりも分かってる。よくギルド関係で王都から情報が色々と来たりはするけど、所詮は枠を超えきれていない者ばかりで、貴方を超える人物は聞いた事が無い」


最近の依頼も数発殴れば終わってしまう魔物ばかり。数年前は苦戦して痛みに苦しんだ日々だったが充実した闘いだった……。

金を稼ぐだけの目的だったらこれ程楽な事は無いだろう。だが、俺の目的は金を幾ら積もうが叶うものではない。金で如何にかなるような簡単な話ではない。


「結果、その目的を俺は失敗した」

「失敗?あのアドルフが?」


フリージアの驚きと緊張が混じった疑問の言葉を口にする。その表情は、まるで信じられないものを見ているかのような表情。よく見ていると冷や汗まで掻いている。

彼女にとって、俺は何でもこなせる超人の様にでも見えているのだろうか。だが、いくら取り繕うとも失敗したという結果は変わらない。


「一体何で?誰よりも強い力を手に入れた、ならそれを駆使して目的を果たせば-----」

「これはそんな簡単な話じゃない。必要な力モノが手に入ったらからといって成功する訳じゃない」

「……その目的って一体何?」

「それを聞いてどうする。もう一度挑戦したところで上手くいく保障なんて一つもないもんだ。下手に付き合って損をするのはフリージアなんだぞ」

「何をガラにもない事言ってんのさ。アンタがそんな弱音を吐くなんて、何年振りだろうね」


そう言いながら立ち上がって俺の隣まで歩いてきて座り、膝の上に置いていた俺の両手をそっと手に取る。その表情は先程までと違い、優しい聖母の様な表情を浮かべていた。


「私が手伝うわ」

「だが―――]

「何年間、アンタと一緒に過ごしてきたと思ってるのさ?今更迷惑云々なんて考えるんじゃないよ。やるかやらないかなんてアンタじゃなくて私が決めるもんさ。それに……秘密だなんて、寂しいじゃないか」

「………………」


聖母の様な表情を浮かべながらも彼女はどこか泣きそうな表情を浮かべた。その表情を見たとき、俺は間違いに気づいた。

俺が戦って来た10年近くを一緒に過ごしてくれたフリージア。彼女ほど俺に近しい人間などいない。そんな彼女に隠し事なんて、水臭い事この上ない。


「すまなかった、これまでずっと一緒に居てくれたお前に何も言わずに隠していて」

「分かってくれたなら構わないよ」

「そうだよな、お前に隠し事なんてらしくよな」

「それでその目的と言うのは―――」




「モテたかった」




「…………は?」




成功できなかった為、少し悔しそうに呟いたら今途轍もなく冷めた声が聞こえた様な気がする。そう、これはまるで氷漬けされた浴槽に全裸で放り込まれたようにな感覚。

だが、それは気のせいだろう。フリージアは優しい女性、そんな冷たい反応をする訳が無い。だから今目の前に居る彼女が俺の事をまるでゴミを見るかの様な眼で見ているのも俺の眼の錯覚なのだろう。

気を取り直して言葉を続ける事にする。


「男は人生において一番欲するのは何か。金?違う。地位?違う。名誉?違う。俺は迷わず答える!女だと!!そして男の価値は自分の背中で惚れさせた女の数で決まる!!」

「待って、ちょっと待って」

「ある人が俺に言ってくれたッ!男は強ければならない!男は強ければ強いほどモテると!!だから必死に血反吐吐きながら戦い続けてた!!体が動かなくなっても勝てばモテると、自分に言い聞かせて奮起してきたッ!!!」

「お願い、待って」


あまりの辛さに逃げ出したくなる、そんな事は過去に数え切れない程にあった。だが、俺は挫ける度に女にモテる為に諦められないと、その激動の荒波を乗り越えてきた。

フリージアが何故か話を止めに入ろうとしていたが、俺のこの興奮は止められない。


「この前、依頼帰りの途中、俺にぶつかった少女はまるで化け物を見るかの様な目で恐れ逃げていった」

「それは単純にアンタの身長と格好で―――」

「あれは心に途轍もない大打撃になった。その場で不貞寝でもしてやろうかと思った」

「………大の大人が道端で不貞寝をしようとしないで」

「流石に服が汚れるから帰ってベットの上で不貞寝した」

「服が汚れなければ道端で不貞寝したの、アンタ………」


フリージアは何故か頭を抱え始める

どうかしたのだろうか?


「強くなればモテるんじゃないのか!?強くなれば女が寄ってくるんじゃないのか!!何故だ!何故男は俺を称えて寄って来て、女は俺を畏れて離れていくんだ!!この駆け抜けた数年間、振り返れば華の一つもない荒れ果てた荒野のみ。何故恵みが無い!何故潤いが無い!何故女の影が一つも無い!!何故俺はこんなにも報われない!!」


過去の苦しみを思い出し、知らぬ間に拳には力が入っていた。鬱憤晴らしも兼ねてテーブルに叩きつけると木っ端微塵に砕けて彼女に怒られるので、俺はその拳を自分の膝に叩きつける。すると、その足元の床の方でメキッと嫌な音が聞こえたが、聞こえなかったことにしよう。

ふぅ、と息を吐きながら落ち着きを取り戻す。叫びに似た大声を上げてしまった事で喉が疲れてしまった。

だがこの数年、自分の中に溜め込んでいた鬱憤を吐き出した事で心に余裕が出来た。満足気にしている俺を他所に、目の前には頭どころか座りながら膝を抱えている。


「―――――――――――」

「…………どうした、フリージア。膝なんか抱えて。腹が痛いならトイレに行って構わないぞ」

「……いえ、大丈夫よ。お気になさらず。私も何故か喉が渇いてしまってね」

「そうか」


心なしか湯飲みを持っている手がぷるぷる震えているが、彼女が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。

彼女は有能な受付嬢、自己管理は完璧な筈だ。


「すまない、つい胸が熱くなってしまった」

「私は目頭が熱くなってきたわ」

「風邪かな?」

「皮肉よ」


何に対しての皮肉なのだろうか。

俺はあまり頭が良い方ではないので、彼女の様な博識の人間の言葉が分からない時がある。言葉の掛け合いとは難しいものだと、改めて実感出来る。

気を取り直して、本題に戻る


「だが、そんな悲しい事実はここまでだ。俺はやっと希望の光を掴む事が出来た」

「希望?」

「言っただろ?昨日の依頼の時、俺はロットンウルフを討伐する際に村娘に出会って助けたと」

「まさか………」

「もうあれだな、確実にホの字だな」


今でも鮮明に思い出せるあの表情。まともな恋愛経験なんて殆ど無いが、潤んだ眼で悲しそうにする彼女に胸を締め付けられたのを覚えている。もうこの村に居座ってしまえば良いんじゃないかとも思った。それ程にまで自分にとって後ろ髪引かれる別れだったのだ。


「というわけで、今から彼女のご両親に挨拶してきます」

「早い早い早いッ!」


早速行動に移ろうと、立ち上がりドアへと歩もうとしたところでフリージアが慌てた様子で裾を引っ張ってきた。最初はそのまま引っ張っていこうとしたのだが、あまりに彼女が必死に止めるものだから諦めて立ち止まる。


「展開が早過ぎよ!?」

「よく言うだろ?思い立ったら吉日って」

「いくら吉日といっても限度があるわよ、この馬鹿ッ!!」


俺を引き止めるのに疲れたのか肩で息をしながら大声を上げている。何に対してそんな必死になっているか分からないが、彼女が何かしらを訴えたいのは見ただけで分かる。そんな彼女が今度は身振り手振りを大きくして話し始めた。


「そうだ。確かにその子はアンタに惚れたかもしれない。でも、それは吊り橋効果で一時的な事でしかないという可能性もあるじゃない。時間が経ったら冷めて惚れた気持ちも忘れられるって」

「だから冷める前に最高にホットな状態の今行きたいんだよ。それにもうこの歳になるとな、吊り橋効果でも惚れさせれば勝ちかなって。もう藁でも縋りたい気分だし。最初は偽物だとしても最後まで貫き通せば本物って事で」

「その無駄に前向きな所をもっと良い所で発揮しなさい」

「と言う訳で、じゃ」

「だから早いって!!」


再びドアへ行こうとしたところをまた同じように裾を引っ張って引き止めてくる。


「人の話を聞いて下さい!」

「いや、もう話す事無いだろ。あるとしたら……彼女の口説き方とか?」

「ふんッ!」(ゴキッ!)

「――――ぇ?」


格好付けて親指を立ててビシッと決めたと思ったら次の瞬間には親指の間接が変な方向へ向いていた。


「……次、ふざけた事言ったら容赦しませんよ」

「大丈夫、もう十分容赦無いから。ほら見て、僕の指がだるんだるん」


見せ付けるかのように手を前に出す。もう確実に外れてるね。

前からよくあるんだが、彼女は医療に関しては相当の知識と技術がある事をいい事に、俺が何かしらの馬鹿をすると容赦なく骨を外してくる。外し方が巧いのか痛みがあまり無い。でも、彼女が興奮状態の時に外されるとあまり配慮してくれてないので結構な痛みが襲ってくる。

最初の頃はあまりの手際の良さでいきなり骨を外してきたものだから、とても戸惑ったのを覚えている。俺も成長を見せたのか、骨を外されても痛みが来ない様に嵌める事が出来るように(ゴキッ!)あ、嵌った


「―――――はッ!」


はっとフリージアが顔を上げるフリージア。その声は、まるでキュピーンと音が鳴る様な顔をした。


「どうした、俺の指外して何か閃いたのか?」

「……えぇ、えぇ閃きましたよ」

「マジか」


持ち主である俺ですら知らない何かしらの作用がこの親指にあるのだろうか。これから何かしらに困ったら自分でも外してみるか、と考えているとフリージアがブツブツと何か言っている。

「これしかない」「先延ばしに」「最終的に巧くいけば」と、途切れ途切れだが聞こえる。何を言っているのだろうか?聞こうと思ったが彼女の鬼気迫る表情に俺は話しかける事すら躊躇いを感じた。


「アドルフ、アンタは最強よ。そしてアンタがこれまで成してきた事を考えれば英雄と呼ばれても何ら可笑しくない。いや、寧ろその言葉以外でアンタを表現するものは無いわ」

「そうか?」

「アンタのお陰で、どれだけの人間、町、それに国が救われてきたか分からないわ」

「……そんな事は無い様な気が」

「アンタが自分の事を分からなくても私が知っているわ。これまでアンタの一番身近に居た私が」


おっと、思わずドキッとしてしまった。随分と過大評価を受けている様な気がするが悪い気分はしないので素直に受け、軽く胸を張る。それと何故か最後の私がという言葉が異様に力強く感じたのは気のせいだろうか?


「一人の男が一人の女と契りを結ぶ、それが普通なの。……えぇそれが望ましいのよ。それが目標だったのよ。それが私の夢だったのよ。でも、このままだと私の立場が――」


後半は何を言ってるのか分からなかったが、彼女の元気かあからさまに無くなっているので特に気にしないことしよう。

見るからに落ち込んでいく彼女が、突然目覚めるようにバッと姿勢を正して普段と変わらない凛とした態度で話を再開する。


「でもアンタは普通なんかの枠には収まらない、なんと言っても英雄なのだから」

「そうなの、か?」

「雄が一人の女性で満足していいの?英雄ならもっと大きく、豪快に行きましょうよ」


「それはどういう――――」


「英雄色を好む」


「――――はッ!」


フリージアの言葉に今度は俺に閃きが走る。その言葉が指す意味はもう言わなくても分かる。

俺のモテたいという思いの究極ともいえる形で男に生まれたなら一度は考えた事のある自分一人に多くの女性が侍るというハーレム。

実際、多くの王族や貴族やらがその桃源郷を実現させていると聞く。今まで、俺も話に聞くだけでその度にその男に『良いなぁ、死なないかなぁ』と嫉妬の念しか抱きはしなかった。

だが、その桃源郷を自分で実現出来るとなれば、これ程最高な事は無い。


「英雄なら多くの女性を侍らせる事が出来る、いや、するべきなのよ」

「そんな事が……でも、俺は失敗し続けたから今の現状が」

「大丈夫よ、任せなさい。言ったじゃない、私が手伝うって」


今までの事を思い出し、思わず弱音を吐いてしまう。だが、彼女は此方を真剣な眼差しを向け、自分の胸に手を当て自信満々の様子でそう言い放ち、俺はその瞳に思わず頼りたくなってしまった。


「良いのか?」

「私に任せなさい」


俺の弱音とも言える頼みに彼女は嫌味一つ言わないどころか、微笑みながら彼女は頷いてくれた。なんと頼りになる女性なのだろうか。

でも、何故だろう……。微笑んでいる彼女の眼がまったく笑っていないように感じるのは。


「では、この話は数日置いてまた話をするとしましょうか」

「数日?今日、というか今じゃ駄目なのか?」

「今は勘弁して、もう私の心が――――いえ、私も色々と作戦を練らないといけないからね」

「作戦まで立ててくれるのか、本当に申し訳ない」

「いえいえ、もう練りに練らないといけないので。えぇもうそれは色々と」


やはり彼女は優秀な人物なのだと、改めて実感する。俺のこんな個人的な事にまで全力で取り掛かってくれる人物などフリージア以外居ない。これまで彼女に依頼全てを担当して貰ったが、彼女は毎回依頼をこなす俺を全力で助けてくれる。必要な物があれば揃えてくれて、必要な情報が分からなければ次来る頃には情報を揃えてくれる。

そんな彼女の有能さに何度救われた事か。


だが彼女にも失敗した事が何度かある。昔、仲間内で歓楽街に女遊びをしに行こうと言う話になったのだが、新しい街で勝手が分からず困っていた時、彼女に場所を聞いたら何故か闘技場に着いた事がある。淫らな女が一杯だと思ったら、マッチョな野朗が一杯で絶望したのを覚えている。彼女に理由を聞いたら単純な情報伝達ミスだったらしい。歓楽街と闘技場を間違えるとは、何とも不思議な情報伝達ミスがあるものだ。


「じゃぁ数日後、来させて貰うわ」

「はい、またお越しください」


明日への希望を胸に抱きながら、フリージアの言葉を背に俺は意気揚々と部屋を出た。






 ◇






「そろそろかな……」


相変わらず人が来ないギルドの受付場所で椅子に座っていた私は、先輩に言われた用事を実行すべく立ち上がる。少し時間が経ったら、お茶を片付け若しくは入れ直しに来て欲しいとの伝言があったのだ。

いつもなら態々応接室なんかに通しはせず、ギルドの受付場所で適当に私を含めて適当に話すだけなのだが、今回は勝手が違うらしい。先輩も彼が何を自分に伝えるのか分からないが、とても大切な話とのこと。


コンコン、と応接室のドアをノックする。

……返事が無い、2人はもうこの部屋から出て行ったのだろうか?一応、失礼の無いようにゆっくりとドアを開ける。


「失礼します、お話は―――あれ?」


見たところ室内に人影が無い。本当に二人して居なくなってしまったのだろうか?

そうれならそうと、私に一言声を掛けてくれればいいのにと思いながらテーブルの上に置かれた湯飲みを片付けようとした所で、人影が見えた。


「……何を為さってるんですか?」

「不貞寝よ、見て分からない?」

「いや、そう聞き返されても……」


先輩が不機嫌そうな顔でソファーの上に寝る猫の様に膝を抱えて丸くなっていた。

こんな子供っぽい行動をする彼女は滅多に見たことは無い。不思議に思った私は、思わず聞いた。


「何かあったんですか?」

「何かあった?えぇあったわよ、私の十年近くの行動が無駄になりかけた大事件があったわよ」


まるで地獄の底から這い上がってくる囚人の様な低い声を出しながら、先輩がノソッと体を起こし此方を見てくる。体勢を立て直すと、先輩は何故か顔を上げず身体全身をプルプルと震えさせ、拳を強く握っている。

この瞬間に薮蛇だった事を理解し、面倒事に巻き込まれない様にと祈りながら眉を顰めた。


「確かに前から異様に女に優しい所があって不思議に思ってたけど、あの人が女に好かれる為に戦いを始める程の女好きだなんて思わなかったし、今でも夢であって欲しいと願ってる。でも一番言いたいのはそこじゃない」


先輩は息を大きく吸い、顔を上げると同時眼をカッと見開いて訴えてくる。


「なんで私に手を出さないのよ!!」

「私に言わないで下さい」

「自分で言うのもあれだけど私これでも結構な男に言い寄られる程には魅力があるのよ!?その私が何年かもそれっぽい事をしたり言ってるのに何で口説きの一つも無いのよ!!」

「ケッ」


結局痴話喧嘩かよ、と思わず舌打ちしそうになったが何とか言葉で収める。

何か大変な話でもあったのかと思ったら結局は平常運転の延長上でしかなったとは何とも気の抜ける結果だった。


「これまで彼に余計な虫がつかない様色々とやってきたのに、ぽっと出の村娘が出てきただけでその全てが無駄よ!!」

「……………………」


今さらっと、とんでもない事を言った様な気がするが聞き流す事にする。ここで喰いついたら確実にあらゆる愚痴と言う愚痴が出てくるのが容易に想像できる。


「まぁお二人にだって色々とありましたから」

「それにしたって可笑しいでしょ!?もうなんでなのよぉ!!」


転げまわる悲しき先輩の叫び声が虚しく部屋の中で反響する。

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