挑発と失言

 そこには、歓迎とも違う異様な雰囲気が広がっていた。

 フィリピンはマニラにある大統領官邸。

 白亜を思わせる宮殿の上空に宇宙戦艦を停めた三人は、中立艇でその庭に降り立つと、川の向かいに広がるゴルフ場に詰めかけた大勢の市民に圧倒された。

 ある者は祈り、ある者は嘆き、ある者は希望に満ちた表情で、川岸を守る兵士たちから少し離れたところにある、急遽設えられたらしい大画面のスクリーンを見つめていた。

 お付きの者を引き連れた副大統領がやってきて三人と護衛たちを宮殿の中に案内すると、二階にある会談の場では、苛立った風の大統領が難しい顔で出迎えた。

 彼の後ろには数十人もの兵士が銃を手に待機している。さすがに銃口は床を向いているが、いつでも撃てるぞと言わんばかりに、皆、引き金に指をかけていた。

 それを見て姫たちの護衛も臨戦体勢をとる。

「お忙しいところお時間いただきまして、ありが――」

「挨拶は結構」

 少年が頭を下げようとすると、睨み付けるようにして大統領がその言葉を遮った。

「カニとエビ、どちらも我が国の主な食料であり、外貨獲得の貴重な商品でもある。異星人だか何だか知らないが、そんな横暴は受け入れられぬ。断固として断る。これは国民の総意だ!」

 川の向こうからおおという歓声が沸く。

 振り向いて分かったが、後ろで控えている副大統領のそばに、カメラマンとマイクをつけた通訳らしき人物がいた。

 会談の様子をゴルフ場に設置してあるスクリーンに中継しているのだろう。

 そんな二階から見える景色に、少年は圧倒されていた。

 ゴルフ場には奥の奥まで人で埋め尽くされていたからだ。

 言葉を選ぶ必要がある。彼は息を呑んだ。

「ですが、どちらかを選ばないと……国は元より、地球が破壊されるんです。それは避けないといけませんよね?」

「当たり前だ!」

 まるで子供を叱りつける親のように、額の血管を浮かび上がらせながら大統領が一喝する。

「そんなことが許されると思ってるのか? 断固として戦うのみだ。我々の誇る戦士たちがいつでも相手をしよう」

「その……このお二人は、銀河系を二分する勢力の使者なんですよ? どこかの国が打ったミサイルが全弾打ち落とされたのは知ってますよね?」

「だから何だ。どうせ旧式のミサイルでも使ったんだろう。うちには米軍もいる。アメリカに弓引くことになるんだぞ?」

「しかし、次元が違うんです」

「黙れ! やると言ったらやるんだ! 誇りにかけてな!」

 大統領たちの後ろに控えた兵士たちが、銃口を一斉に天井へと向けて構えた。

 それを見た姫たちの護衛が前に出てきて、彼女たちを守る。さらにカニ姫がエビ姫を庇うようにして前に出た。

 彼女が苛立ったように舌打ちをして口を開く。

「……そんなオモチャじゃ服すら破けないのが分からないのか? いいだろう、一発でも撃ってみろ。この場で貴様を蒸発させてやる」

 恫喝を受けて、大統領の前に出てくる兵士たち。

 この様子を見た川向こうの市民たちが一気に湧き上がる。大統領の名前を繰り返し呼んでいた。

 にらみ合う両者。

 少年だけが無防備だった。

 こうなってしまえば脅し文句の応酬となってしまい、交渉どころか何も話せなくなってしまって、行き着く先は戦闘でしかない。

 そしてそれは破滅の序章となってしまうのだ。

 それだけは避けたい。

 地球上のいかなる兵器をもってしても武力で解決できる問題ではなく、交渉は無駄で、あくまでも選択肢が与えられているだけなのだと再三にわたって説得したが、なしのつぶてだった。

 選択しやすいように情報も与えた。

 かねてより漁獲量で言えばエビよりカニが多いこと。失いものを少なくさせたいならエビを、そうでなければ漁業権の交換という手段もあること。

 だが、彼は聞き入れなかった。

 少年は父親からまたアドバイスをもらっており、大統領がどのような場でも強気に出ることで今の地位を手に入れた経緯も知っている。だからこそお伺いを立てるように下手に出ても、効き目がなかった。

 どうする。万策尽きたか。

 にらみ合いが続く中で、少年は考えに考えた。

 誰も助けてはくれない。アイデアもくれない。強弁論者への対応など経験したこともない。

 後ろを振り返る。

 カメラがじっと自分を見つめていた。川の向こうから大きなブーイングの声が轟いてくる。

 あそこに集っている何万人かの市民は、全員が少年を敵だと思っているのだ。

 味方であり自分たちを導いてくれる大統領への圧倒的な信頼感に比べたら、吹けば飛ぶような存在なのだろう。

 信頼。その単語で思い出したことがある。

 これもまた父親からのアドバイスだった。この大統領についての説明を受けている時に聞いたものだ。

 それは父親の外交エピソードではなく、彼が学生のころに体験した、いわゆる武勇伝だった。

 予測不可能な事態にまで発展するかもしれない。

 しかし少年は覚悟を決めて口を開いた。

「……大統領。思い直してください。武器も何もかも彼女たちのほうが上なんですよ? 地球上の兵器は一切効かないんです。ましてや、アメリカに守られてきたこちらの軍隊じゃ、赤子の手をひねるより簡単にやられちゃいますよ?」

「我が国の軍隊を侮辱するのか!」

 大統領が顔を赤くして怒鳴りつけてくる。

「何人たりとも、我が国の主権を侵すことなどできない! 最後の一人になるまで戦うのだ!」

 それは少年ではなく、川の向こうにいる市民たちに呼びかけているように聞こえた。

 その気持ちが通じたのだろう、彼らが大統領の名前を連呼する。

 アウェーで戦うスポーツ選手の気持ちが分かる気がした。

「……それは向こうにいる国民のみんなの命を危険に晒すことになるんですよ? 民主主義で選ばれた人が選んでいいセリフですか?」

「何だと、貴様……!」

 大統領の脇を固めていた兵士たちが銃を持ち上げ、銃口を少年に向けた。

 息を飲み、泣き出したい気持ちと必死に戦う。

「自国民を守ることを第一に考えることが一国の首長の役目なんじゃないですか? 今のままじゃ子供の強弁ですよ? いい大人がみっともない」

「子供が何をほざく! お前に何が分かるんだ!」

「その子供が、大統領を子供だと思ってるんです。大人なら、交渉とか宥めるとかあるじゃないですか。怒鳴るだけなんて……近所のおじさんレベルですよ?」

「貴様……その口を閉じろ! ここは私の国だ!」

「民主主義で選ばれたなら、そんな言葉は出てきませんよね? 独裁者ですか? 僕みたいなのを弾圧するんですね?」

「黙れ!」

 兵士たちを制した大統領は前へ進み出てくると、彼は少年を思いきり平手打ちした。

 パンという音とともに、少年が勢いよく床へと倒れ込む。

 その姿を見て、二人の姫が小さく声をあげた。

 殺されるよりはマシだと思いながら、少年がゆらりと立ち上がる。

「……はは。困ったらすぐ暴力に訴える。やってることは子供じゃないですか。考えないんですか? 決められないんですか? いい大人が……大統領のくせに!」

 なおも煽ってくるのを見て、大統領は近くにいた兵士から銃を奪うと、その銃口を少年に向けながら、今にも噛みつきそうな顔で叫んだ。

「さっきから聞いていれば……こんな問題、決められるものか! なら貴様が決めてみろ!」

 その一喝に、川の向こうにいた市民たちがどよめく。

 だが、少年はひるまなかった。

 ついに言葉を引き出したのだ。

 左の頬を真っ赤に張らした彼は、カメラを振り向くと、悲しそうな顔で口を開いた。

「みなさん、聞きましたか? 大統領閣下はこの問題を決められないそうです。いつの時代、どんな国にもピンチは訪れます。それに際して、幅広い知識と人脈、時には詭弁を弄してでも皆さんを守るのが大統領じゃないんですか? なのに、大統領は僕に決めろと委ねました。外国人で未成年の僕に……皆さん、これでいいんですか? 僕が決めちゃっていいんですか?」

 川の向こう側にいた市民たちが一瞬静まりかえる。

 だが、徐々に声は聞こえだした。

 不満、悲鳴、号泣、そして怒り。

 ガキに決めさせるな! なぜもっといい案を出さない! 国民を見捨てるな! お前に命は預けられない!

「もう一度聞きます。僕が決めちゃっても――」

 ガン! 今度は堅い物で後頭部を殴られた。

 頭から床に落ちそうになって、咄嗟に腕で庇うように転がる。

「馬鹿なことを抜かすな! そんなことはない!」

 銃底で殴ったらしい大統領は慌ててカメラの前に向かうと、早口で前言撤回を宣言したが――状況は既に手遅れだった。

 彼の声は、渦となって宮殿へ向けられる怒号にかき消されたからだ。

 これを待っていたのだ。少年は痛む後頭部をさすりながら涙目で立ち上がる。

 二階の窓からは、川岸を守る兵士たちを掻き分けて、市民たちが川を泳ぎながら宮殿へと迫ってくるのが見えた。

 あちこちで聞こえてくる威嚇射撃の音。

 少年を殺せと繰り返す叫び。しかし、何より一番轟いているのは大統領を非難する声だった。

「待ってくれ!」

 大統領が二階の窓から叫んだ。しかし市民たちの声は止まらない。

 宮殿の中が慌ただしくなってくる。大勢の雄叫びと靴音が迫ってきた。通路を走り、階段を上る音。

「分かった! 決める! 決めるから! お前たち抑えておけ!」

 音が大きくなってくる。

 最初は戸惑っていた兵士たちが、大統領の声を受けて慌てて部屋の入口を塞いだ。

 唐突に開けられるドア。ずぶ濡れの老若男女が怒りに打ち震えながら叫んでいた。

「なぜ大統領の味方をする! お前たちも兵士の前に国民だろう! 死にたいのか! 国を無くす気か!」

 彼らの声が兵士たちを突き刺す。

 一人一人と戦意を失い、銃を下ろしていった。

 市民たちがその銃を奪って大統領に向ける。

 もう答えは出ていた。

「……分かった! 私が間違っていた! 撃つな!」

 大統領の懇願するような叫びに、彼らは息を呑んだ。

「じゃあ、どうするんだ!」

 その中の一人が聞いた。

 静まりかえった部屋の中で、大統領は額に汗を浮かべながら少年を振り向く。

 彼は後ろを気にするような仕草をみせた。

 そこにいたのはエビ姫。

 大統領は頷いた。

「我が国はカニの漁獲量が多い。だから……エビを選ぼう……」

 それがカメラを通じて外の市民にも伝えられると、そこでようやく事態は収束した。

 なおも不満の声はあちこちから聞こえてきたが、カニ姫の告げた「選択は尊重する。決して手は出さない」の言葉で安堵を得たのだろう、市民たちは一人また一人と宮殿から姿を消し、再びの平穏が訪れるまでそう長くはかからなかった。

 がらりとした会見場で、大統領がぽつりと立っている。

 その姿は寂しそうにも見えた。

 少年はカメラを振り向くと、一度ゆっくり頷いてから口を開いた。

「……大統領に立場では辛い選択だったと思います。でも、常に正しい選択なんてありません。国民の皆さんはどうか――どうか、大統領の選択を尊重なさってください。皆さんのことを第一に考えた上での、悩み抜いた上での――決断だったんです」

 そう言うと、少年は今一度大統領に向き直り、深く頭を下げた。

 すると、疲れた顔の彼がゆっくりと歩み寄ってきて、手を差し出してくる。

 そして握手した。

 少年は心の中でほっと安堵のため息をつきながら、改めて大統領に礼を述べると、二人の姫を連れて中立艇に戻り、宇宙戦艦を引き連れて次の国へと動き出した。

 何とか生きて戻ってこられた。

 その代償は左頬の腫れと後頭部のたんこぶだったが、銃で撃ち抜かれるよりはマシだっただろう。

 痛みに何とか耐えながら次の作戦を練っていると、それぐらい大したことないというカニ姫とは対照的に、エビ姫が治療を申し出てくれた。

 砲門のない流線型をした宇宙戦艦に連れて行かれると、医務室のような部屋へと案内される。

 異星人ではあるが同じ炭素系生物であり、しかもエビとカニの子孫である少年は体組成もかなり似ているらしく、治療は意外と簡単だったらしい。

 医療に関しては素人のエビ姫でも充分だとかで、彼女自ら手当をしてくれた。

「それにしても……煽るだけ煽って、相手の失言を引き出して一気に叩き込みましたわね。……これもお父さまから教えていただいたのですか?」

 見たこともない機械を後頭部に当てられると、じんわりと響いていた痛みがすっと引いていった。

「教えてもらったというか、自慢されたというか……父が昔やんちゃをしてたとき、不良グループに絡まれたんだそうです。相手は大勢いて、その中のリーダーを崇拝してるような状態だったとか」

「今回の大統領と同じケースですわね」

「はい。そこで父は、不良たちの忠誠心が揺らぐような言葉を連発したんです。そしたら、そのうちの何人かが帰って、残った人たちもリーダーに従わなくなっちゃった。ほとんどタイマンの状態で喧嘩して……結局負けたんですけど、相手からも認められたらしくて」

「すごいですわね。相手が動かなければ、その味方を揺さぶれ――ということですの?」

 今度は機械が左頬に当てられた。じんわりとした温かみが頬から顔全体に広がっていく。

 どこか心地いい。

「外交でもよくあるらしいです。その国の政治家が動かなければ、飛ばし記事やフェイクニュースを使って、相手の国民を煽ってく。世論を揺さぶって動かすんだそうで」

 エビ姫はただただ感心しきりだった。

「それでも、あのまま煽っていたら少年さまは殺されていたかもしれません。精神障壁のあるわたくしやカニ姫さまの後ろに隠れることを、なぜしなかったのですか?」

「それじゃ、あのロジックは使えなかったんです。僕も命を張らないといけない。でも、撃つことはないと信じてました。中継してましたからね」

「でも――」

 エビ姫が何か言いかけたとき。

「法王さま。教祖さまからの定時通信が来ております。ブリッジまでお越しくださいませ」

 部屋に入ってきた侍女のような服を着たエビ星人がやってきて、彼女を呼び出した。

「分かりましたわ。……少年さま、これでも大丈夫ですわ」

「ありがとうございます」

 定時連絡はよほど重要な仕事なのだろう。

 エビ姫が慌ただしく部屋を出て行った。

 一人取り残された少年。後は勝手に出て行けということなのだろうと立ち上がって、ふと思い出した。

 この騒ぎに流されて地球人の代表なぞしているが、元々はただの高校生なのだ。異星人のテクノロジーには非常に興味があった。

 次の国までまだ時間はある。

 部屋の中を興味津々見て回ったあと、部屋を出た少年は迷っているふりをして艦内を探索してみた。

 定時通信とやらはクルーの全員参加が必須なのか、誰ともすれ違うことはなかった。見たこともない装置やアニメによく出てくる自動で開閉する壁などを堪能して回ったあと――たどり着いたのはメインブリッジだった。

 モニターに映っているのは優しそうな顔をした男性で、エビ姫と同じように赤く長い髪の毛が後ろで反っている。

 その人が教祖なのだろう。高貴そうな白い服に身を包んだ彼に向かって、船内の全員を集めたような人数のクルーたちがモニターに向かって一斉にひれ伏している。

 一番近いところで誰よりも額を床にこすりつけているのがエビ姫だった。

「最後の惑星にたどり着いて以来、何も連絡をしてくれませんでしたね。法王さま、これはどういうことなのでしょうか?」

 教祖が優しい口調でそう問いかけてくる。だが言外に不満を匂わせているのが少年にも分かった。

 エビ姫が震えながら答える。

「ははっ……! それは、その……地球という惑星はどちらも繁栄しておりませんでしたので、それで――どちらにつくのか、原住民に決めていただいている次第でして……」

「原住民に? どうしてあなたがコントロールしないのですか?」

 表情には笑みすら浮かべているが、怒りのオーラが見て取れた。

「それは、その……」

「まだ俗物としての魂が抜けきっていないようですね。どうして原住民に教えを説かないのですか? これは法王さまの試練なのだと何回も言ったでしょう?」

「は、はいっ!」

「返事だけはいつも威勢のよろしいこと。子供のころから変わっておりませんね。返事をしたなら、それ以上のことをして人々を救いなさいと教えましたね? それは教祖としてだけではなく、親としてもです」

「はい……」

「この試練を乗り越えたら、跡継ぎを約束していましたね。カニより多くの人々の魂を救えば、さらにステージを上がることができると。あなたのこれまでの功績は皆の知るところです。いくつもの惑星を戦争から救った。ですが、肝心のわたくしたちの戦争すら回避できないのでは意味がありません」

「す、すみません……」

「すみませんで済んだら、宗教はいらないのですよ!」

 教祖の一喝が艦内に轟いた。

「いつまで私に教えを説かせるのですか!? 早く教祖におなりなさい。いつまでその地位にしがみついて惰眠を貪っているのですか! 愚か者!」

 しんと静まりかえるブリッジ。

 見ると、エビ姫は体を小さく震わせていた。

 エビ姫以外に口を挟む者はいない。

「恥を知りなさい! 努力を怠り、私の娘というだけでその地位にいる恥を!」

 そして通信が切れた。

 他のクルーたちがゆっくりと顔を上げるなか、エビ姫はひれ伏したままだった。そして小さな嗚咽が漏れ聞こえてくる。

 侍女のようなエビ星人たちがその肩をそっと持ちながら抱き起こすと、彼女は目を真っ赤に張らして泣いていたのが分かった。

 それでも法王としての立場があるのだろう。涙を拭い、泣き声を押し殺しながら通常の任務に就くよう指示を出している。

 見ていたのがバレたら気まずい。

 少年は足早に通路を戻ると、気密扉へと向かい、警備に戻ったクルーに頼んで外の中立艇へと出してもらった。

 中ではカニ姫が退屈そうに待っていた。

「怪我はすぐに回復しただろう? ところでエビ姫はどうした?」

「教祖から呼び出されたそうです。もうすぐ戻ってくるかと」

 といった次の瞬間、エビ姫の流線型をした宇宙戦艦から彼女が戻ってきた。

 先ほどまで泣き腫らして赤くなっていた目はどこにもない。

 これも異星人の治療技術で治したのだろうか、それとも化粧なのか。

「どうだったのだ?」

「いえ、ただの定時通信でしたわ。惑星防衛連合さまへの通達は何もありませんでしたの」

「そうか」

 カニ姫がじっと彼女の目を見つめる。そして少年を振り向いた。

「ところでお前は本当にただの子供なのだろうな? 規模は小さいと言え、一応は土地を治める首長たちを相手にあの立ち振る舞い。うちのクルーはみんなびびっていたぞ。英雄なのではないかと」

 少年が乾いた笑いで返す。

「だとしたら、地球は英雄でいっぱいですよ」

「では、あのような口の利き方をどこで覚えた?」

「エビ姫さんにも言いましたけど、父からです。外交官なので、小さいころから仕込まれてただけです。外交官になれって。僕は嫌でしたけど」

 すると

「少年さまもわたくしたちと同じだったのですわね。生まれながら、その地位から逃れることができなかった」

「そんなにすごいものじゃないんです。ただ、同じ仕事をしてみたら、程度で……」

 生まれながらにして教祖の娘であり、法王として信者たちを率いながら、公然の場でひどく叱られてしまう。それでも務めを果たさなくてはならない。

 エビ姫のほうがよほど大変だが、あのシーンを見たとは言えなかった。

 だがカニ姫は、彼女のそんな言葉に異変を感じているらしく、慰めるような視線を送っていた。

「それでも今は、この地球の運命を背負う身ですわ。まあ、わたくしたちが担わせたわけですが」

 エビ姫の言葉で、三人に軽い笑いが生まれた。

 少しだけ打ち解けたムードのまま、二つの宇宙戦艦を引き連れた中立艇は次の国へと向かった。

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