第31話
「はあ、はあ、はあ、はあ――」
俺は荒れたアスファルト上を駆けずり回り、ようやくヘリの墜落現場を前にした。
「誰か! 誰かいないか!」
大声で呼びかけるものの、ひしゃげて炎を上げる残骸の向こうに人影はない。
そうだ、博士。博士はどうなった?
「博士! いるんでしょう? 返事してください!」
手前の瓦礫の山を登ると、より詳細に墜落現場を見渡すことができた。ヘリの損傷具合からして、燃料が誘爆する危険はない。
それよりも圧倒的だったのは、瓦礫に半分埋没した収束雷撃砲の姿だった。砲塔に傷は見られたが、それは致命傷にはなっていないようだ。そうでなければ、博士が修復を頼むはずがない。
待てよ。もし博士が無事なら、自分で配線を繋ぎ直すはずではないか? 俺を呼ぶまでもなく。
まさか、博士は――。
俺は呼びかけるのを止め、スーパー04の捜索に入った。
当該機体はすぐに見つかった。雷撃砲の後部右側を吊っていたようだ。熱線は当たっておらず、どちらかといえば残るヘリの墜落に巻き込まれたように見える。原型を留め、出火していないのはこの機体だけだ。
「博士!」
俺は後部キャビンに手をかけ、覗き込んで――絶句した。
博士が座席に座っている。というより、シートベルトで座席に括りつけられている。その腹部には、ヘリの部品と思しき金属製の棒が突き刺さっていた。既に事切れていることは、触れずとも察せられた。
「くっ……」
俺は奥歯を噛みしめながら、ぐいっと顔を逸らし、収束雷撃砲へと向き直った。告げられた配線の番号を確認し、そこのパネルを取り外す。
「こいつか」
思ったよりも簡単だ。片手で握り込める程度の太さのケーブルを繋ぐだけ。後は、そばのボタンを押し込めば、雷撃砲は自動で充填・砲撃する。俺は発射六十秒以内に、近隣のビルに逃げ込めばいい。その程度の退避で構わないということだ。
「よし……」
ぐいっと二本のケーブルを引っ張り出し、接続した。ボタンを押し込む。グゥン、という低い音がして、雷撃砲は再起動した。
やった、と呟こうとしたその瞬間だった。俺は謎の力によって、思いっきり突き飛ばされた。あまりにも一瞬の出来事で、悲鳴を上げる間もなかった。
「ッ!!」
背中からビルに叩きつけられる。そのまま地面に落下した。腕立て伏せのような体勢を取ったことで、頭部を守ることができたのは不幸中の幸いだった。
そうか、雷撃砲はオーバーヒート状態を脱してはいなかったのだ。今修復したのは、おそらく、オーバーヒート状態でも強制的に発射するための緊急ケーブル。そして俺を突き飛ばしたのは、それを稼働させた際の余剰エネルギーの排出だ。
今はそれはどうでもいい。とにかく逃げよう。
そう思って立ち上がりかけて、俺は自分の身体の異常に気づいた。
「……?」
右足の膝から下の感覚がない。同時に、再び倒れ込みそうになる身体を、俺は慌てて支えた。先ほどのビルに寄りかかる。見下ろして、俺は絶句した。
右足が、血塗れになっている。これは、俺の血か。そう思った直後、再び俺は倒れ込んだ。
「ぐっ!」
今度は無防備なまま、俺の身体は前面から瓦礫の中へと突っ込んだ。ヘルメットがなければ頭蓋骨がヒビだらけになってしまったであろう勢いで。
そんな俺の目前で、収束雷撃砲はエネルギーを充填させ始める。あともう少し。もう少しの時間があれば、このビルの背後に隠れられただろうに。そうすれば、生き残れただろうに。
これでは、俺は猛烈な電力で一瞬にして蒸発してしまう。
死ぬ。その現実は、圧倒的スケールをもって俺に迫ってきた。
――いや、これでよかったのだ。俺は奴を殺すことができる。その第一線での目撃者となるのだ。両親の仇を討つ者として、これほど名誉なことがあるだろうか。
雷撃砲が発射まで何秒なのか、さっぱり分からない。そもそも、数えられるだけの余裕はない。頭が回らない。痛みも和らいできた。全身がだんだんと麻痺してくる。
俺はゆっくりと、白塗りにされていく視界の中で目を閉じかけた――その時だった。
《……少佐、いし……少佐……》
ひどく掠れた声が、微かに鼓膜を震わせた。誰だろう。天使の声かと思うような、不思議な響きがある。いや、少なくとも俺にはそう聞こえる。
《生き……て、くだ……い……、どう、か……》
その言葉を耳にするうちに、いろんな人の顔が浮かんでは消えていく。父さん、母さん、優実、柘植博士、怜、そして、菱井恵美少尉。
気がつけば、俺は瓦礫の山の上に立っていた。麻痺しかけていた四肢が、いつの間にか瓦礫を押し退け、この身体を僅かな隙間から引っ張り出したのだ。
「俺は殺すことしかしてこなかった。それでも、これからも、生きていていいのか」
誰にともなく呟く。すると、またどこからか、優しい声が耳元で囁いた。
《代わりに……私と、生きてください》
「分かった」
俺の同意が、相手に上手く通じたかどうかは分からない。だが、俺は思った。
それなら、彼女となら、生きていていいのだと。
ならば残された道は一つ。この場所からの脱出だ。血の滴る右足を引きずって、ビルを回り込むようにして雷撃砲から距離を取る。
何故か焦りや不安は生じなかった。俺は生きる。まだ生きていける。彼女がそばにいてくれるなら。
俺は身体の重さを感じた。しかし痛みは皆無だ。なんとかなる。そうして、雷撃砲の陰になるように歩を進め、静かにうずくまった。
思いの外軽い振動と共に、雷撃による斬撃音が響いた。それが、俺が五感で感じ取った全てだった。
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