第29話
俺は数名の部下と共に、高機動装甲車で防衛軍本部を出た。
秋晴れの眩しさが、スクリーンばかり見ていた俺の目に刺し込んでくる。装甲車に設えられた窓の大きさなど、たかが知れているが。
いや、その前に、俺は一旦司令棟を出た際に日を浴びたはずだが、何故だろう、今まで気づかなかった。それだけ認知能力が落ちているのか。任務に急き立てられているものと信じたい。
俺は助手席で、作戦司令部の通信係と連絡を取っていた。
「住民の避難は完了しているんだな?」
《はい。二日前に、避難完了を確認しています》
「八王子の方はどうなっている?」
《現在、収束雷撃砲、離陸準備中です。ヘリで牽引してから作戦ポイント到達まで、残り三十分!》
「了解」
俺は無線機を置き、ハンドルを握る兵士に尋ねた。
「我々の目標地点到達までは?」
「二時間以内には到達します」
「頼む」
毎度のことではあるが、俺は胸中で呟いた。
今度こそ、奴の息の根を止めてやる。
俺たちがわざわざ現場に出向くのは、ECMがかかった後でも目標を捕捉するためだ。最悪、目視確認でも構わない。
ちなみに、収束雷撃砲を吊り上げる四機のヘリには厳重なECCM――ECM解除システム――が搭載されている。このヘリは日本にはちょうど四機しか配備されておらず、ヘリ自体が高度な電子機器の塊なのだ。
このヘリと収束雷撃砲以外、基本的に通信は不可能になる。作戦司令部との通信は、最初の雷撃砲が発射されるまでということだ。
俺は後部キャビンに身を乗り出して、同行を志願してくれた兵士たち――運転手と情報処理係、それに観測班から二名――の一人一人の横顔を眺めた。
通信や連絡といった手段を奪われた彼らもまた、相当心細いだろう。それでも。
咄嗟に感謝の言葉を練り上げようと試みる。が、結局泥人形のようなものにしかならなかったので、俺は無言を貫いた。
※
「石津少佐、観測現場、到着です」
「ん」
俺は軽く喉仏を上下させ、頷いた。
装甲車が停車したのは、海浜公園のちょうど海岸沿いだった。東京湾横浜港を見渡すことのできる、眺めのいい場所だ。
ここで奴の最期を見届ける――。その思いが胸の奥から、龍がのたうつように込み上げてくる。
「少佐、八王子を離陸した収束雷撃砲、射撃ポイントに到達しました!」
「了解」
通信係に頷いてみせてから、俺は一旦装甲車を降りた。外付けされた梯子を登り、車体の上部に立ち上がる。
なんとも子供じみた所作だとは思うのだが、どうしても決戦前に外の空気を吸っておきたかったのだ。
民間人は避難を完了。奴はこちらの手中に飛び込むように進行中。これほどの舞台設計があるだろうか。これは俺たち防衛軍と怪獣の、まさに一騎打ちなのだ。そしてこちらには、未だかつてない『切り札』がある。
俺はすーっ、と思いっきり深呼吸をして、心を静めた。
二、三分は経っただろうか。俺は誰に注意されるわけでもなく、梯子を下りた。
「少佐、目標の零ポイント到達まであと十分です」
俺は再び、大きく頷く。
零ポイントには機雷が張り巡らされている。接触した奴は、警戒して上体を起こすはずだ。そこを、収束雷撃砲で狙撃する。狙うは奴の胸部。頭部を狙うには、『試射がされていない』上ではリスクが高すぎる。
「観測班より作戦司令室へ。目標の零ポイント到達までのカウントダウンを頼む」
《了解。カウントダウン開始まで、およそ三百二十秒》
それからカウントダウン開始――二十秒前――となるまでの五分間。これ以上、気持ちの高揚した五分間はなかった。胸中の龍は、今すぐにでも喉から顔を出しそうだ。
目を閉じて、その時を待つ。
「カウントダウン、開始! 二十、十九、十八――」
そこから先は、俺の耳には入らなかった。自分が唾を飲む音が、やたらと大きく胸に響く。
心でカウントを続行する。五、四、三、二、一、今だ!
轟音が響き渡った。くぐもった爆発音。滝が上下に行き来するような滅茶苦茶な水音。それが連続して広がっていく。
「収束雷撃砲、充填は?」
「充填率百パーセント! 照準、誤差修正まで三、二、一、零! 発射されます!」
俺は、あらかじめ手渡されていた遮光眼鏡をかけた。そして、耳にした。
ゴロン、と山が一つ崩壊するような重低音。続いて、無数の紙が塵になっていくような、鼓膜を引き裂かんばかりの擦過音。
それらが耳に入ったのは、遮光眼鏡越しに一筋の閃光が瞬いた直後のことだった。装甲車の屋根に取り付けられた光学カメラからの映像だ。予想していたような、落雷のような枝分かれする気配はない。もし遮光眼鏡をかけていなければ、空全体から真っ白な光が降り注いだかのように見えたことだろう。いや、その前に失明しているか。
はっとして、俺は雷撃砲の行く末を見遣った。三百六十度を映す半球形のカメラは、怪獣――目標の様子を明確に捕らえていた。
目標は思いっきり、身体をくの字に折っていた。そして、相撲取りが土俵際に追い込まれるかのように後退し、ついにはのけ反るように上を向き、そのまま背部から倒れ込んだ。
先ほどの零ポイントでの爆発と同規模の、凄まじい水柱が立つ。
同時に、通信兵が声を上げた。
「ECM効果が発生しました! 作戦司令室との通信が不可能になります!」
「了解。目標の様子の確認は、私が目視で行う! 監視機器を貸してくれ!」
俺は、今日ばかりはしっかりとヘルメットを装備した。
手渡された双眼鏡を握り、装甲車の外へ。双眼鏡からは太いケーブルが伸びており、装甲車キャビンのディスプレイに接続されている。アナログならECMの影響を受けずに済む、ということを想定した装備だ。
俺は堤防の上に立ち、腹這いになって双眼鏡を覗き込んだ。水柱と水蒸気煙は未だ凄まじい密度を保っており、目視確認は困難――と思われたのだが、その両方共が、一瞬のうちに引き裂かれた。
目標が熱線を放射したのだ。現在に至るも、一体どんなエネルギーなのか特定できていない熱線。それは鋭利な刃物のように視界を切り開き、同時に怪獣の健在ぶりを見せつけた。
グルルル――。
不気味な唸り声を上げる目標。その腹部は、しかし真っ赤に染まっていた。流血ではない。表皮が焼け爛れているのだ。それに、あれほど突き飛ばされるのは、目標にとっても未経験なことだったろう。
博士は、収束雷撃砲の発射スパンは一分ほどだと言っていた。これを連射すれば、目標を駆逐できる。
勝てる。俺の人生から多くを奪ってきた、奴を倒せる。奴が苦しみもがく様を、俺がとくと見届けてやる。
目標は、その場から退くようなことはしなかった。が、砲撃に加えてECMと同等の電磁気障害が発生している。目標の苦手とする状況だ。
しかし、目標にも察しがついているのだろう。自らに与えられた選択肢は、前進しかないと。背を向ければ、再び雷撃砲を喰らうことになる。今度は背部から、致命傷たる打撃を与えられるかもしれない。
さて、どう出るつもりだ、怪獣――。
遮光眼鏡越しに目を凝らす。すると音もなく、収束雷撃砲の第二射が、俺の頭上を横切った。轟音が耳に届くのはその後だ。ゴォン、という低音と、バシリッ、という高音。その異質な、禍々しい響きに巻き込まれながら、目標は再びのけ反り、突き飛ばされ、今度こそ致命傷を負う――はずだった。
ゴアアアアアアア!!
という咆哮と共に、目標は熱線を放射した。
「まさか……!」
そんな馬鹿な。いや、あり得ない話ではない。目標の知力をもってすれば。
目標は、最初の雷撃砲を受けた時点で、その発射場所を割り出したのだ。そして雷撃砲第二射に向かい、正確に熱線を放った。
雷撃砲と熱線が、一直線上で衝突する。
天地を切り裂くような凄まじい振動が、全てのものを揺さぶった。空気も水も地殻も俺たちも、為されるがままに上下左右、そして前後に跳ね回った。もし、もう百メートル後方で観測をしていたら、倒壊したビル群に装甲車ごと圧し潰されていただろう。
「くっ……」
左側頭部を装甲車の内壁に思いっきりぶつけ、じとり、と血が滲んでくるのを俺は感じた。だが、それに頓着している暇はない。
「皆、怪我はないか!?」
慌てて振り返るが、幸いなことに皆が無傷、あるいは軽傷だった。作戦に支障はない。
俺は再び双眼鏡を手に、堤防に陣取った。
真っ白になった視界の向こう、ぬっと漆黒の闇が立ち上がる。
「あの野郎……!」
第二射の成果はよくなかった。いや、むしろ悪い。目標に反撃の方法を教えてやったようなものだ。
「畜生!!」
俺は思いっきり、拳を堤防に打ちつけた。鈍痛が走る。手の甲から軽く、ピッと血飛沫が飛ぶ。しかし、今までの部下たちの苦痛を思えば、そんな痛みは痛みの内に入るまい。
その時だった。博士から俺に通信が入ったのは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます