第17話 消失と再生
その日以降、真帆が壊れて以降、高須が部屋に現れることはなかった。日々大きくなるお腹を気遣いながら、奏では真帆の世話を続けている。
「ゴメンなさい。お母さん……ゴメンなさい。私、病院行ってくるからご飯は食べてね。ゴメンね、母さん」
俺はそれを眺めていた。成長した娘の献身と嘆きを聞いても、感情が動くことはなく。街の痴話喧嘩を横目で見るほどの感心すらもなく。ただ、呆然と眺めるだけだった。
どれくらい経っていたのだろうか。気がついたときには、すでに映像は映し出されておらず、ただのふすまを見つめていた。目がひどく乾いていたようで、まばたきをすると多量の涙が溢れた。痛みも熱さも感じない。
「……現在の状況だよ」
それがどうした。
「……。高須は奏さんを誘惑してね。奏さんは父親代わりの高須に体を許した。それが続いた結果がこれだ」
カナトくん、黙って。
「高須は婿養子で結婚している。いずれは病院を継ぐ人間としてとしてね。さらに、警察庁長官の実父の権力を利用してやりたい放題だ」
黙れ。
「高須にとっては……。いいおもちゃだったんだろうね。真帆さんも奏さんも」
「うるせぇって言ってんだよ!!!」
気がつくと、カナトくんの胸ぐらを締め上げていた。気づいたからと言って、激情が収まることはない。
「おもちゃだと! 俺の家族をおもちゃだと!ふざけんな!」
より強く胸元を締め上げると、カナトくんは苦しげな声をあげた。
「俺には全てだったんだ! 全てだったんだよ!! 取り消せ!取り消せよ!」
「僕に言っても何も変わらないよ」
「黙れクソガキが!!」
左右に振って投げ捨てる。カナトくんは、畳に叩きつけられたままうずくまる。
なんでだ、なんで? なんで!? どうして。どうしてなんだよ。神様、お願いです。止めてください。嘘だと言ってよ。嫌だ。嫌だよ。こんなの嫌だ。嫌だ!!!!!!!!!
(絶叫)
(すきま風の音)
倒れ込んだまま動けない。何かをされたわけじゃない。立とうと思えばいつでも立ち上がれるはずだ。だが、立ち上がらない。立ち上がったら何かが始まってしまう。
それが怖いから、こうやって拒否しているのだろう。動き出せるまで休めと、心が言っているのだ。だから、俺は立ち上がらない。
「おじさん、どうするの」
「どうもこうもないよ。そう、どうもこうもない」
「そう……」
どうもこうもないのだ。だいたいどうしろと言うのだ? カナトくんはどうか分からないが、俺は死んでいる。高須に復讐しようとも、顔も分からない。
そもそも、未来に産まれたとしても、そこに高須がいるのか? 死んでから何十年も経っているのだ。すでに、高須はもう死んでいるかもしれないじゃないか。
はは、積んでるわ。
「おじさん。ドアって不思議だと思わない? 外と部屋を隔てるだけじゃないんだ」
急に何言ってんのこの子。
「何言ってんの?カナトくん」
「もちろん例外もあるけど。でも大抵の人に取っては、1日の始まりと終りの2回通るだけだよね。それって、部屋に戻るときは過去を置きに、部屋を出るときは常に未来に向かっているんだよね。そうやって毎日が繰り返される」
「あぁ、なるほど」
「つまり、僕らは消失と再生を繰り返している」
「ゴメン。分からなくなった」
「平たく言えば、室内は子宮でドアは産道口だってこと」
部屋の中で、毎日死んで、毎日生き返っているってことか?……あぁ、こういうことか。
「つまり、室内から出るとき、ドアは常に未来につながっているってこと?」
「そういうことだね。そして、僕がここにいる理由も分かったよ」
「なに?」
「おじさんを導くためさ。あぁ、準備が出来たみたいだ」」
(ドアが開く音)
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