第16話 おじさんがおじさんでいてほしい
「おじさん、目が怖いよ。まだ、残っているけど……大丈夫?」
「平気だよ。怒ってもないし、悲しんでもいない。ただ、決意が固まっただけだ」
「じゃあ、これで終わろうか」
「いや、見せてくれ……」
万が一でもアイツを許してしまうことがないように。余すところなく恨めるように。知っておきたい。
「繰り返しになるけど、終わることもできる。もう少し時間を置くことだって……本当に最悪なんだ」
「いいんだ。全部見ておきたい」
「そう……。じゃあ、これだけは覚えておいてほしい」
「なに?」
「僕はおじさんの味方だ。高須は罰を受けるべきだと思う。でも、そんなやつでも、感情はあるって覚えておいてほしい」
「知ったことじゃないよ、それは」
一瞬、カナトくんが悲しそうな目をした。そんな気がした。カナトくんはためらいがちに、オルゴールのネジを巻く。どことなく悲しげに思えた。オルゴールが回りだし、現在に向けての描写が始まった。
(狂ったオルゴールの音)
真帆は、奏を育てるために必死で働いていた。実家に奏を預けに行き、そのまま弁当屋で働く。終わったら、濃い化粧を施してスナックで酔客の相手をする。そんな毎日を送る真帆に、高須は援助を申し出ていた。しかし、心からの謝意と心配を装い「愛人になれと口説いている」に過ぎない。
「自分が殺した男の妻を口説く……本当に人間なのかよ」
高須からの申し入れを、真帆は頑なに断り続けていた。しかし、高須は理由を付けて俺の家を訪れ、真帆を口説く。奏が言葉を覚え始めると、溺愛した高須が訪れる回数は増していき、さまざまなものを買い与えた。そのせいで、奏が初めて覚えた単語は「高須」「おじちゃん」だ。真帆がそれに怒り狂う声を聞き、怒りを通り越し吐き気を覚えた。
「カナトくん、少し止めて…。気持ち悪い」
オルゴールが止まる。
××××××
「どうする? 止める?」
「いや、大丈夫」
「本当に?」
「カナトくんって、見せたいの? 見せたくないの?」
「……知ってもらいたいけど、知ってほしくない」
「どうして?」
「知ったら変わっちゃうから」
よくわからなかった。この子は何をしたいのだろう。
「おじさん、どうしたの?」
「ねぇ。カナトくんってどうしたいの?全部分かったんでしょ?」
「そうだけと、どうしたいかはないよ…。でも、ここからは出たいかな。会いたい人もいるし」
「へぇ。そうなんだ」
「うん。『大丈夫。幸せになるよ』って、伝えたいんだ」
そう言って、微笑んだ。なんだ。笑えるんじゃん。
「おじさん、どうする?」
「視るよ」
「じゃあ、次で最後だよ。準備はいいかい?」
「大丈夫」
「明るくはいけないけど、せめておじさんがおじさんでいてくれることを願うよ」
カナトくんがネジを巻いた。
映し出されたのは、俺の部屋で正座している高須の後ろ姿だった。隣には女子高校生が同じように正座している。その向こうに、真帆が険しい顔をして座っていた。
「カナトくん、隣にいる女の子って誰?」
「奏さんだよ」
そっかぁ。奏なのか。大きくなったらあんな感じになるのか。後ろ姿だけ見ると、真帆と似ているな。どんな顔なんだろうか。かわいいのは間違いないな。
「お母さん……。お話があるんです」
「いや、私から言うよ。真帆さん。ご報告と謝罪があるんです」
「……なんですか」
「奏さんが、妊娠しました。相手は私です。申し訳ありません」
「……ゴメンね、母さん」
真帆は目を全開まで見開き、激痛を拒絶するかのように絶叫をあげた。
「償いとしてですが…毎月、養育費をご用意します。経済的にご負担はかけないように致しますので。申し訳ありませんでした」
真帆は取り乱して、部屋中のものを投げつけている。いや、取り乱しているのではない。言葉にならない声をあげ、半笑いで手元にあるものを投げつけ、頭や顔をかきむしっている姿は、まさに常軌を逸したと表現するしかないだろう。それ以降、真帆は心を失い、廃人となってしまった。
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