第12話 思い出は変わらない

(車が通るなどの環境音)


 路地裏で目が覚めた。通りに出ると、見覚えのある町並み。師匠の工場がある街だ。夜も深く、人もまばら。


「師匠のとこに行ってみるか」


(走る音)


 師匠の工場は、まだ灯りがついていた。窓ガラスに数人の人影が映る。


(笑い声)


「もし、あの日なら俺の送別会をしているはずだ。かといって、何をすれば……」


 その時、ドアが開いて俺が出てきた。


(労いや応援の言葉)


「まずい。このままでは、おんなじだ!」


 俺は俺に駆け寄り、引き留めようとする。しかし、つかみかかってもつかめず、声も届かない。


 くそ!聞け!聞けよ!止まれ!


(石が転がる音)


 足元にあった石を投げつけるも、通り抜けるだけだった。思い出は思い出を傷つけないってことか?なら、書いて伝えれば!


 ダメだ…。何をしても、アイツには"何も"起きていないようだ。もうすぐ、あの曲がり角がくる。


(足音)


 街灯が数本立っているだけの路地。俺以外に誰もいない。


(足音)


 何をしても、俺には届かない。響かない!


(猫の鳴き声)


「あれ、お前人懐っこいな。よしよし。うん?お前、カナトっていうのか?飼い主さん心配するから帰んな」


 あぁ、カナトって…。カナトって…。あの猫だったのか…。


(急ブレーキ音)

(衝突音)


 救えなかった。俺は、あのときのように、猫と共に車に跳ねられた。包装が崩れて、中に入っていた「真帆へ」というメッセージカードと、オルゴールがむき出しになる。


「真…帆。かな…で…」


 俺は手を伸ばし、オルゴールを掴もうとする。だが、届かずに事切れる。


(車のドアが閉まる音)


「なんでこんなとこにいるんだよ、このゴミが!お前ごときが俺の邪魔すんな!はぁ……めんどくせぇ。とりあえず搬送させるか」


(コール音。車のドアが閉まる音。発車音)


 背広を着た大柄の男が、そう言い残して去っていった。その言葉は、俺にとって何の意味も為さず、ましてや感情を引き起こすものでもなかった。真帆を喜ばせるはずのオルゴールは、傷だらけになった。これじゃまともな旋律は奏でないだろう。


「ダメだった…ダメだった!ダメだったんだ!ちくしょう!!」


 慟哭。それだけしかできない。見上げた街灯の白色灯がぼやけ、やがて暗くなっていく。


(壊れたオルゴールの音)

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