第9話 みんな、ご都合主義じゃないか

(風が吹き抜ける音)


「おじさん、大丈夫?」


 カナトくんの声。戻ってきたのか。まずい!戻らないと!


「ちくしょう!戻らないと!」

「どうしたのオジさん?」

「俺が死ぬんだ!」

「わけがわからないよ」

「アイツを止めないと、明日死ぬんだよ!」

「落ち着いてよ」

 カナトくんが抱きしめてくる。そして、子どもをあやすように、優しく背中を叩きながらこう告げた。

「焦っても良くならないよ。何があったの?」


 これじゃどっちが子どもなんだか。


(オルゴールの音)


 落ち着きを取り戻した俺は、持ち帰っていた万年筆を渡す。カナトくんは、万年筆を通じて俺の記憶を視ているようだ。


「幸せそうだね」

「ねぇ、カナトくん。気になることがあるんだけど…」

「なに?」

「なんで、分かるの?……その、持ち帰ってきたもので、俺の記憶が」

「わからないけど、わかるんだ」

「俺は君が分からない」


 本当に、この子は何なんだろう。人形のように無表情かと思えば、必死な表情もできるし。大人びた雰囲気なのに、言葉は子ども。さらには、持ち帰ったものから記憶が視えるって……。あれ?そうなると。


「ねぇカナトくん。俺が持ち帰ったものってどうなるの?過去から持ち帰っているのなら、過去を変えてしまっているんじゃないか?」

「心配ないよ」

「なんで?前にカナトくんは『 許されたら変わっちゃう 』って言ってたじゃん。過去を変えてしまうことは許されること?」

「変わってないんだよ」

「え?」

「例えば、写真を撮ったからといって、対象が無くなることがあるかな?それと同じだ」


 カナトくんが言うにはこうだ。俺が持ち帰ったのは記憶そのものらしく、当時の俺にとって思い入れがある物が、形骸化しただけに過ぎないらしい。つまり、俺が持ち帰ったものは【当時の記憶が物に変わった】だけに過ぎないそうだ。


「おじさんは…思い出から思い出を持ち帰っているみたいなもんだよ。だから、これはカメラみたいなもんなんだ」

「そんなご都合主義的なもんなの?」

「そんなもんだよ。それに、おじさんが持ち帰ったものは、いずれ朽ちてしまうものだ。だから、記憶もそこまでなんだ」

「確かに、その万年筆も壊れて捨てたしね」


 うまく言いくるめられた、そんな気がした。


「ところで、おじさん。死ぬってなんなの? この子はおじさんに捨てられて、ゴミとして溶かされた記憶しか残ってないよ」


 そうだった。俺は戻らないといけない! 何としてでも、俺を止めなければ!


「カナトくん!さっきの場所に戻してくれ!」

「僕にそんな力はないよ」

「じゃあ協力してくれ!」

「さっきと変わらないじゃないか。ムリだ…。ドアがその気になるのを待っているしかないよ」

「分かってる災難を黙って受け入れられるかよ!」


(何かを殴る音)

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