第7話 許されたら変わってしまう

(風が抜ける音)


 カナト君と2人でドアの前に立つ


「ちょっと緊張するな……」

「僕が先に行くよ」

「いや、いいよ俺が行く」

「いいから。見てて」


 そう言って、カナト君はドアノブに手を掛けた。


(衝撃音)


「えっ!?なんで!?」


 カナト君が手を触れた瞬間に弾き飛ばされた。なんだ、これ!?俺は何もなかったのに!


「カナト君大丈夫!?怪我はない」

「ね、呼ばれてないから……」

「呼ばれるとか呼ばれないってなんなんだ!?」


 カナト君は苦痛に顔を歪めながら立ち上がる。そしてこう言った。


「だって、許されたら変わっちゃうでしょ。いろいろと。そしたらおじさんもおじさんじゃなくなるよ」




(風が抜ける音)




 ドアの前で、カナト君と見つめ合う。頭の中で、さっきの言葉が反響している。収まっていくに従って、徐々に腹が立ってきた。


「さっきからどういうことだ!? 俺が知ってる!?俺が変わる!?なんのことだ! もううんざりだ!カナト君、全部君がやってるんだろ!!」

「僕は知らないよ」


(物を殴る音)


「いいかげんにしろよ!!知らない知らないって!知ってるじゃないか!ドアのことも、真帆のことだって!全部、全部!君が全部やってるんだろ!いいかげんにしろよ!何がしたいんだよ!」

「僕は何も知らない。ただひとつだけ知っているよ」

「なんだよ!」

「ドアは、おじさんを守ろうとしている。そして、教えようとしているんだよ」

「はぁ!?誰に教わったんだよ!」

「ドア」


 カナト君が俺の後ろを指差す。先ほどと変わらない様子のドア。


「そのドアはおじさんそのものだ。色というか、温度というか。とにかく似ているんだよ」

「何を言って…」

「そして、おじさんはわからないかもしれないけど、僕にはわかる。語りかけているんだよ」


 言っていることが意味不明だ。だけど嘘がない。そう思えた。だって、小刻みに震えながら、一生懸命話しているんだから。


「ねぇ、おじさん。僕は何も知らないんだ。教えてくれるって言われたから、信じてここで待っていた。そしたらおじさんが来たんだ。僕だって知りたいんだよ。だから、お願い。行ってきてくれないかな?そうすれば、僕もなにか分かるかもしれない」


 普段は無口な子なのだろう。途切れ途切れに、でも一生懸命に自分の思いを伝えて少し泣きそうになっているじゃないか。俺、こんないい子に何してんだろう。


「分かった。正直、君を信用できるかと言ったら……できない。こんな経験、したことないから。でも、ここにいてもしょうがないから、行くよ。帰ってきたら、見てきたものを伝える。俺が帰ってこなかったら、君はなんとかここを出るんだ。それでいい?」


 カナト君の頭を撫でながら、そう言う。カナトくんは頷くだけだった。


「いい子だ。本当は守ってあげたいんだけど、俺じゃどうしようもないみたいだし。基本、お互いの安全はお互いに確保する。それでいい?」

「うん、わかったよ」

「じゃあ、俺が出たらドアに鍵をかけて」


 そう言って、内鍵とチェーンロックをカナト君に触らせる。今度は弾き飛ばされることはなかった。


「無事に施錠できるみたいだね。じゃあ、カナト君。行ってくるよ」

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「何日も帰ってこなかったら、なんとか助けを呼ぶんだよ」

「多分ムダだと思うけど……わかった」

「じゃあ……またね」


 ドアを開け一歩踏み出す。相変わらず暗いな。振り向くと、締まりかかるドアの先に、カナト君が手を振っていたのが見えた。

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