第4話 俺の名は…

(せせらぎの音)


 少年は少女と合流し、土手に座っている。浴衣姿で髪を結い上げている少女は、後ろ姿だけだが、瑞々しいうなじが、少年と同年代だと語りかけているようだ。2人は黙ったまま川を見ている。


 俺は少年が考えていることを知っている。少女に伝えたいことがあるけど、どう切り出せばいいのか。泣かせてしまったらどうしようか。怒るんじゃないか。


 そんな一つ一つの迷いが、告白の決断を遅らせているのだ。



 そして、彼女は辛抱強く待っている。彼の言葉をずっと。でも、耐えきれなくなるんだ。


「ねぇ、マコト。 なんで黙ってるの?」


 あぁ、君はいつもだ。 いつも、知らず知らずに俺を助けてくれる。


           

           そう、マコト。


 


 オルゴール職人で白河真帆の夫、白河誠。それが俺の名前。高校卒業を間近に控え、最後の夏祭りに真帆を誘ったんだった。


「うん、真帆。実は報告とお願いがあってさ」

「へー何?」

「師匠、見つかったんだ。 オルゴールの」

「マジ!? 良かったじゃん! 場所どこ?」

「東京」

「私も東京の短大通うんだ! 卒業しても近くだね!」

「うん、でね。 お願いがあるんだ」

「何? なんか気持ち悪いんだけど」

「僕の奥さんになってくれないか? 答えは急がないけど」

「……。二つ返事で『お願いします』だよ」



       「「ありがとう……」」



 真帆への感謝が、若かりしころの自分と重なって自然と口から漏れる。溢れ出す愛しさと懐かしさに負け、妻となる少女を抱きしめるべく、たどり着くことはできなかった。


 記憶を取り戻した副作用なのか。それとも、記憶を刻み込んだ代償なのか。突如襲ったこらえきれない頭痛に耐えかね、その場に倒れ伏してしまった。水が徐々に沸き立つような痛みが思考を霧散させていく。


 痛みに叫ぶことすら放棄せざるを得なくなった刹那、赤い花が見えた。そんな気がした。そう説明したのは、そこから先は何も覚えていなかったからだ。


(ドアが閉まる音)

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