第5話 閑話

 パーセル・ロングエッジは、小さな田舎町出身だった。流星が降ったあの日、彼はまだ5歳だった。ローレンスと同じように、人類を滅ぼさんとする流星の軌跡を、綺麗だと思った。パーセルの家庭は決して裕福とは言えなかったが、愛に溢れた両親と少し意地悪な兄、泣き虫な妹に囲まれて幸せな毎日を送っていた。だが、強運と言いうべきか、それとも悪運というべきか、彼以外の家族は”天使の堕ちた日”に、全員死んだ。 流星の内の1つが、彼の町の近くに落ちたのだ。

 

 得体の知れない生物に、小さな町はパニックに陥った。S.I.L.Fは人間に種子を埋め込んでいき、次々と同族を生み出した。パーセルの母と妹はS.I.L.Fに変化し、果敢に向かっていった父と兄は、胴体を切断された。S.I.L.Fの感染力は、非常に強力なものだった。気が付けば1匹が2匹に、2匹が3匹と数を増やしていった。彼の故郷は、たった数十分の間に壊滅した。幼かったパーセルは、父の「走れ」という言いつけを守り、とにかく走った。木霊する悲鳴に耳を塞いで。

 

 彼は目を覚ませば、知らない部屋に居た。何でも、道端で倒れている所を助けられたらしい。傍に居た優しい笑顔の男から、

「君はどこから来たの」

と聞かれてパーセルは答えた。ほんの一瞬だったが男の頬が引きつり、また優しい笑顔に戻った。話を聞くと、彼の故郷は壊滅していた。村人は、”彼を除き”全員死んだ。S.I.L.Fになった人間は生きているとは言わないだろう。

 パーセルは、その時に決心した。多くの人々を助けようと。そして、両親や兄妹の仇を打つと。


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 壁を降りると、壁の中の惨状を目の当たりにすることになった。建物という建物は、そのほとんどが倒壊し、人の住んでいた痕跡など無いようであった。

「俺は本当に無力なんだな」

悔しさを噛みしめたようにパーセルは言葉を吐きだす。

「悲しんでいる暇はないぞ、ナンバー783」

「わーってるよ」

左を見ると、遠くにS.I.L.Fの長い列が出来ている。蠢く大群は、中央に向かっている。


僕達はS.I.L.Fに見つからないように防御壁沿いを進んだ。暗視センサーで視界が悪い中、瓦礫を踏まないように歩くため神経を使う。

モニターには、残骸に紛れて白いシミが至る所に映っていた。

「早く司令部へ行こう」

僕の口から不安が零れた。



 進み始めた頃は圧倒的にミストルテインの残骸が多かった。急襲で対応できなかったのだろう。だが、歩を進めるにつれて、S.I.L.Fの死骸とその数は逆転していった。指揮系統が回復したのだろう。だが、比率が少なくなっただけで、その被害は甚大であった。


 10分程進むと大きめの倉庫に辿り着いた。それが格納庫である。案の定、格納庫も破壊されていたが、原型は留めていた。

「ベスタ級1匹遭遇しなかったのは、なんか拍子抜けだったな」

軽く息を吐く、パーセル。

「奴等は司令部に戦力を集中させているのだろう。とは言っても、単に運が良かっただけけかも知れないがな」

ティンに警戒を解いた素振りはない。 


 開け放たれたゲートを潜ると、ミストルテインのガレージは空っぽだった。

「総動員かよ。それで、この被害だもんな。気合入れないとコレは死んじまうかもな」

とは言いつつも、パーセルのその言葉から緊張感が無くなりかけている。

「お前ひとりで死ぬのは勝手だが、私たちを巻き込むなよ」

ピシャリとティンは言う。

「そんな悲しいことをいうなよ。俺はあいつらを根絶やしにするまで、絶対に死なないからな」

ははは、とパーセルは笑う。 


「そういえばタンクの燃料はどう?」

特に誰という訳ではなく呼びかけると、

「あと半分くらい残ってますよー」

とラルカが答えた。

「ありがとう、ラルカ。それじゃあ、各自ミストルテインに燃料を補給しておいてくれ」

返事後、それぞれのミストルテインが、ガレージへと収納されていく。

 

 機体へホースを繋ぎ、燃料を送る。その間、僕は生身で周囲の見張りを行っていた。外には相変わらず、紅蓮の炎が這いずり回っていた。実のところ、僕は未だに現実感が無かった。空気を揺るがす音と乾いた喉は、紛れもない現実なのだが。

倉庫の前をウロウロしていると、

「ナンバー782。補給はあと5分程度だそうだ」

 と僕を呼ぶ声がした。振り返ると、やはりティンが居た。

 

 彼女の身長は、僕と同じくらいで女性の中では高い方である。また、キッパリとした性格の表れか髪の毛はショートカットだ。美しい容姿と凛とした雰囲気にファンは多い。だが、大きい目の視線には鋭さを含み、思ったことを素直に言う性格から、人を遠ざけてしまっていた。男性訓練兵は、彼女の事を「赤い薔薇」と表現するが、妙に的を射ている。

「ありがとう、ティン。燃料補給後、武装の確認をして、足りない分はここから頂いて行こう」

「了解した」

コクンと頷き、彼女は引き返していく。最初の頃は彼女と会話をすることに恐怖を感じていたが、内面を知るにつれ、特に気にすることは無くなっていた。第一、彼女の言うことは、そのほとんどが正しいのだが。


「おい、ローレンス、次はお前だぞ。見張り変わってやるから、装備整えてきな」

数分後、パーセルが倉庫の外に出てきた。

「ありがとう、パーセル」

どういたしましてと言い、彼は金色の前髪をかき上げた。パーセルが髪をかき上げる仕草をする時は、大体照れている時だ。

彼は常に明るく、周囲のことを考えられる人間だ。容姿とスタイルもそこそこ良く、女性に積極的な性格も合いまって、浮いた話が絶えない。

そんな彼の表情には、珍しく疲れが少し浮かんでいた。

「パーセル、少し休むか?」

「いや、大丈夫だ。俺たちがみんなを助けなくちゃいけないんだ。休んでなんかいられない」

パーセルは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「わかった。ただ、無理だけは絶対にするなよ。これは命令だからな」

「はいはい」

と、背を向け手を振りながらパーセルは去って行く。


格納庫に入ろうと背を向けた時、パーセルに呼び止められた。

「その…なんだ……。さっきは取り乱して悪かった」

彼は、俯きながら照れ臭さと反省を織り交ぜたような声を出す。


自然と笑い声が出てきてしまう。

「パーセル、そういうの何か似合わないな」

「うるせーよ」

フンッと鼻息を吐き、彼は見回りに戻っていく。



僕はパーセルの背中を見送った後、格納庫へと入っていった。

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Mistilteinn やまむら @yamamura

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