叶わぬ想い

はくのすけ

第1話

「アキト、一緒に帰ろう」

突然の声に驚いた。

振り向くと、見慣れた幼馴染の彼女が居た。

彼女は少し抑えめの茶色の髪を風になびかせて走ってくる。

「ユカ、シュウヤはどうしたの?」

俺が尋ねると、

「シュウヤはいつも通りに遊びに行っちゃった」

少し悲しそうな笑みを浮かべるユカ。

シュウヤとはユカの彼氏で、男の俺が見てもかっこいいと思うほどの奴だ。

シュウヤの周りはいつも女子が数人集まっている。

シュウヤにとってユカは彼女の一人であって特別な存在と言うほどの事ではないのだろう。

しかし、ユカにとってのシュウヤは誰よりも大切な人なのがはた目で見ていても分かる。

そして、俺はと言うと、ユカに密かに想いを寄せている。

「あいつ!」

ユカをほったらかしにして別の女と遊びに行っているシュウヤが正直嫌いだ。

「いつものことよ」

ため息交じりにユカは言った。

「あんな奴のどこがいいの?」

本気でそう思う。

なぜシュウヤなのだろう?

あんな浮気性の奴なんかのどこがいいのか分からない。

「そうね、いつも違う女の子と遊びに行って、私と会う日なんてあんまりないけど……」

そこまで言って俺はすかさず割り込む。

「ならどうして?」

「でもね、いつも最後は振られるの。そして私のところに戻ってきてくれるから」

少しはにかんだ表情で言った。

「そ、そんなのでいいの?」

「うん。いいの。私はシュウヤと少しでも一緒に居られるのならそれで」

ユカに迷いなど無いのだろう。

それを聞いた俺は正直、心が締め付けられる思いだった。

ユカのこの想いがシュウヤではなく、俺に向いくれていたら。

そんな願いを常に胸に抱いている。

そして、俺とユカはゆっくりと駅に向かった。

校門を出た直ぐ傍でシュウヤが居た。

相変わらず周囲には数名の女子がいる。

「シュウヤ君、今日はどこに行くの?」

「映画とかどう?私見たい映画あるんだ」

シュウヤに話しかける女子の声が否応なしに耳に届く。

それはユカも同じだろう。

ユカの表情がとても悲しそうになっていくのが分かる。

シュウヤの前を通り過ぎようとしたときにユカの足が止まった。

胸に抱える鞄に自然と力が入っているのが分かる。

彼女は俯きながら何をすることもなくただそこに立ち尽くしている。

「ユカ、行こう」

そんなユカに声を掛ける。

ユカは黙って頷くだけ。

俺たちは再び歩き出そうとしたその時

「ユカ、そいつ誰?」

シュウヤがユカに声を掛けた。

ユカはゆっくりとシュウヤを見て

「幼馴染のアキト」

消えそうな声でそう言うと

「ふーん、なに?彼氏とか?」

「ち、違う。ただの幼馴染」

必死で否定をするユカの目には涙が零れていた。

俺は我慢の限界だった。

「おい!お前はユカの彼氏だろ!」

シュウヤに怒鳴った。

「それが?お前に関係あるの?」

人を馬鹿にするような口調と笑み。

「アキト、止めて」

小さな声でユカは俺を止めようとするが、俺は止めることが出来なかった。

「お前はユカの彼氏なのにどうして他の女と遊ぶんだ!」

「なに?お前、ユカに気があるの?」

相変わらずな態度なシュウヤ。

そんなシュウヤを見ていたら体が勝手に動いてしまった。

シュウヤを殴ってしまった。

シュウヤの周りにいた女子からは悲鳴が聞こえる。

「お前なんか……お前なんかに……」

上手に声に出せない。

こんな奴にユカを渡すわけにいかない。本気でそう思っていた。

「『お前なんかに』なんだ?何が言いたい?」

シュウヤは鋭い目で俺を見ている。

「お前なんかにユカの彼氏を名乗る資格なんてない」

言ってやった。

ずっとシュウヤに言いたかったことだ。

「……別に彼氏だと名乗って覚えはないし、それに資格ってなに?そんなの必要なの?」

シュウヤの鋭い目が俺からユカに移された。

ユカの涙が俺に目に映った。

ユカはシュウヤを一点だけ見つめて泣いている。

俺は答えらなかった。

資格?何それ?

シュウヤの言う通り、彼氏の資格とは一体何なのか?

正直、俺には良く分からない。

だけど、シュウヤは少なからずその資格は持っていないと思う。いや、思いたい。

俺はシュウヤに目を向ける。

シュウヤはユカをじっと見つめている。

「ユカ、俺はお前の彼氏と名乗る資格は無いらしい。だから、お前が望むなら、彼氏は返上しよう」

そう言うと、シュウヤは俺を見た。

「……いや……嫌……私はシュウヤの彼女でいたい……」

ユカの消えそうな声に心が締め付けられる。

「わ、私はシュウヤの彼女の資格はあるの?」

ユカは誰に言ったのだろう?

俺なのか?シュウヤなのか分からない。

「どうなんだ?」

それを聞いたシュウヤが俺に尋ねる。

「そ、それは……」

俺は答えられない。

「答えられないのか?」

シュウヤに言われて、ただただ、頷くだけだった。

「結論から言えば、お前に資格云々とか言われる筋合いはないってことだよ」

シュウヤの言う通りだと思う。

俺はユカを悲しめたくなかった。

しかし、俺の取った行動でユカを悲しませてしまった。

俺こそ、ユカの彼氏になるなんて出来ない。そんな資格がない。そう強く感じてしまった。

「ユカ、この際だから、はっきり言っておく」

そんな事を考えていたら、シュウヤがユカに言った。

「俺は、色んな女と遊ぶのが好きだ。色んな女が好きだ。だけど、お前以上の女はいないと断言できる。だから、お前が望むなら、今後一切、別の女と遊ぶことを止める」

はっきりそう言った。

「……シュウヤは私を彼女として認めてくれるの?」

ユカは涙を流しながら、ぎこちない笑みを浮かべる。

「それなら、俺はお前の彼氏として認めてくれるのか?」

シュウヤはユカに訊き返した。

ユカはシュウヤの元に走り寄り抱き着いた。

二人の会話は聴こえてこない。

しかし、お互いの気持ちを伝えているだろう。という事は分かる。

先ほどまでシュウヤの周りにいた女子がそんな二人を暖かく見守っていた。

女子たちは基本的に優しいのであろう。

それはシュウヤの人徳なのかも知れない。

俺だけがシュウヤという人物を誤解していたのかもしれない。

その誤解はユカを思う気持ちがそうさせたのか?それともただの嫉妬なのかは分からない。

しかし、一つだけはっきり言えることがある。

俺はユカに想いを伝えることが出来ないまま振られた。

これから先、絶対に口に出してはいけない想いが俺の心の引き出しにしまわれた。


俺は一人で駅に向かった。

良く晴れた空にはのんびりと雲が流れる。

そんなそれを見上げて俺は思う。

さあ、次の恋をしよう。次は想いが口に出来るような恋をしよう。

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叶わぬ想い はくのすけ @moyuha

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