第9話 仮定
もし、あと数秒俺の動きが早かったら。
もし、あと数メートル俺が近くに居たら。
そんな仮定をこの短い人生に俺は何回したのだろう。
人生100年とも言われていた時代で20そこそこの俺がいくつもの仮定を積み重ねて、否定し、今を生きているのはなんて滑稽なんだろうか。
「今日もまた、仮定が積み重なるのかよっ!」
ナイフを人間で言うところの頚部に突き刺す。
こいつにやられたのは二人、一人はUと仲がよかった看護師で、もう一人は俺の同期。
俺があと数秒早く振り返ってたら、救えたかもしれない、命。
カシャと、首元でドッグタグが存在を主張する。
平和ボケしたこの国ではいらないはずの代物がいつの間にか身体の一部になるほど、俺の世界は変わった。無力な俺は変われないのに。
「ユウ!!!」
叫べば叫ぶほど、声をあげ生を主張するほど敵はこちらへ向かってくる。それをひたすらに凪ぎ払う、俺を狙えばいい、ここにいないUさえ守れればそれでいい。
全身の血が身体を動かすのを感じながら俺はUを探して走り出した。
その一歩が、絶望への一歩だったとしても、前に進む以外に選択肢はない。
「チッ、リーチが足りえねぇ。」
俺を凪ぎ払おうとする中型の腕をすり抜けるようにスライディングし、そのまま倒れ伏す味方だったものの腰から黒鞘の刀を抜き取る。
長物は室内では不利なのは確かだが、病院という特殊な空間ではその限りではない。病院はその性質上大型のベッドが通り抜けられるように廊下が広く作られている。
それ故に機械人達の動きは外に比べ制限される一方で俺はホームグラウンドだけあり建物の使い方を心得ているためそれなりに有利だ。
昨日のDの戦い方を瞬きの間に目蓋の裏に描く。
Dの戦い方を、俺にはないしなやかさを、思い描き身体を動かす。
このフロアに残っていた小型5体、中型3体倒す頃にはそれは俺の戦い方になっていた。
「C!」
階段をかけ上がってきたAとDが俺の名を呼ぶ。そこにUの姿はない。
「……AとD、Uは……一緒にいないのか?」
「あの子今日ここの担当でしょ?むしろなんであんたがここにいるのよ。」
「俺はトレーニング合間の休憩であいつに会いに来たの!でも、ERから呼び出しがあってお前らの方に行ったんだよ……いや、待て……Uは地下に寄ってなにかとって行くって言ってた……。」
「おい、まさか。」
なぜそんな簡単なことに気づかなかったのだろう。なぜ思い付かなかったのだろう。いつも俺たちは後で悔やむのだ。
あの時、ああしていればと、仮定を積み上げていくのだ。
東ノ京ガ終ルマデ 金魚殿 @Dono-Kingyo
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