第8話 闘い
管理された空気ばかり吸っていた鼻が外の空気に反応する。外の空気はCの匂いに似ているのだと感じ、胸が熱くなる。それほどまでに隔絶された世界にずっと閉じ込められていたのだ。
「嗚呼。」
重い扉が閉じられているはずのそこにはもう、外と中を隔てるものはなにもなく、昼下がりの明るいどこか作り物めいた風景が広がっていた。
そこに横たわる人と、機械のようなボディ。
そしてそれを踏み潰すように歩いてくる、人間ではない怪物のそれ。
「動ける人は奥へ!余裕があんなら一人か、二人抱えて避難しろ!」
そう叫んだ男もまた機械人の強靭に倒れ、
ぐしゃり。
命が終わる音がする。
Dは自分の命の終わりをもそこに見ながら、非常用ボタンを押し、ERへと戻る。
彼女はもう、生きていても動けないものたちを見ようとはしなかった。
「みんな、よく聞いて。扉が壊されて機械人がそこまで来てる。………逃げられる人は逃げなさい。」
「…け、怪我人は…。」
「諦めて、もう救えないわ。」
Dの声は患者に繋がれた心電図の音だけが響く部屋でいやに鮮明に皆の耳に届いた。
一人、また一人と奥の部屋へ逃げていく。
どうか生き延びれるように、その魔の手が追い付く前に彼らが消え去ってくれますようにと願いながら。
「Aも早く行って。患者を救う医者が死んではいけない。」
「…お前はどうするんだよ…D。」
「私?私は、ほら、戦うこともできるから。」
それも使命だからと、Dは笑う。
時間稼ぎをして、一人でも多く生き延びられるように闘うと、Aに告げる。
「一緒に逃げよう。お前も医者だ。」
「それはできない、だって、この奥にはUもいるもの。奴等を―。」
足止めしないと。と、続くはずだった言葉は後ろから聞こえた悲鳴にかき消された。
おかしい。そう思うと同時にDは走り出していた。
元々あった外来の出入口や職員の出入口は封鎖され、コンクリートで固められているため、今現在は病院の中に入るには救急搬送に使われる出入口しか方法はない。そしてその出入口はERを通り抜けることでしか中には入れないはずなのだ。
ERを出て、廊下を走り出す。
悲鳴はどこから?何が起こってるの?自衛部隊は?いくつもの疑問が息を乱す。
「D………助けて。」
長い廊下を駆け抜け見た、一番近くのナースステーションは、もう、地獄だった。
白い清潔間のある白い壁は赤黒く染まり、その所々に見える白や黄色いものはきっと人間だったもの。
助けてとか細い声を発したナースもまた、死者の名簿に名前を連ねていた。
「グルルルルルル。」
機械のエンジン音の様な咆哮が機械人の口から漏れる。小、中合わせ5体の目がDと後ろに続いたAを射ぬいた。
「なるほど、ダクトか………。」
妙に落ち着いたAの言葉がトリガーになり小さな機械人3体が二人に飛び付いてくる。それを腰のホルスターから抜いた愛銃―sigp226を関節に向けて正確に放つ。
一番弱い関節に撃ち込まれた機械人はオイルのようなものをそこから漏れさせながら動かなくなった。
「なんでこんなに賢いのかしら、ね!」
室内で振り回すのに向いていないとはいえ、銃弾は高価で、今は大切な資源であるため、Dは日本刀に持ち替え中型の機械人との距離を詰める。かの有名な剣士の刀を型どったそれの切れ味を2体は味わうこととなった。
「………ダクトで移動しているなら、もうこの階に安全な場所はない。」
「そうね、盲点だったわ。そこが移動経路になるなんて、ね。」
上の階には上がってないといい。Uが巻き込まれてないといい。そう祈りながらも二人は口に出さず、無言で足を進めた。
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