25話 最も堅牢な種族Ⅲ

 元より、落下だけで倒せるなどとシュウは考えてはいない。


「明星を妬む紅き巨人、破滅へと誘う煉獄の炎」


 上空より落下するベリコサツを前に、シュウは今使用できる最大威力の魔法を発動する。

 ベリコサツは子猫が発する膨大な魔力を前にしても、空中に投げ出された体をどうすることもできず、体を丸め落ちるだけだ。


「汝が咆哮にて創造するは崩壊」


 上空へ飛ばしたのは詠唱の為の時間稼ぎ。

 空へ伸ばす手から、火の玉が膨張し巨大な太陽を形作っていく。

 さらにシュウは手を抜かない。


「【自動防御】リトス・ケラス」


 ベリコサツが地面に衝突する瞬間、土の円錐がベリコサツの落下地点に生えベリコサツを穿たんとする。

 それは、アイの自動防御の対象を地面に指定したことによるトラップ。

 ベリコサツが落ちる先を防衛対象として認識したアイが、地面を守る為に魔法を発動したのだ。


「ぐっ……!」


 土角魔法がベリコサツの体を貫く――ことは無く、鋼鉄を超える強度を持つ物体に激突し砕け散る。

 体を突き上げられたベリコサツは、落下の反動を相殺し空へ浮かぶ。


「解き放ち、焼き尽くし、飲み干せ」


 やっとの思いで地面へ足を付けることのできたベリコサツ。

 シュウを見据え、立ち上がろうとするベリコサツに太陽が落ちる。


「其れこそが天地開闢と知れ――エクリクシィ!」


 放たれたエクリクシィがベリコサツに直撃し、爆風と爆音をまき散らし、炎熱が草木を焼く。

 シュウは至近距離で発生した爆風から身を守る。


「どうだ……?」


 現在の最強攻撃力を誇る魔法。

 エクリクシィの直撃を確かに感じながら、一瞬の爆風が起きた地点へと視線を向ける。

 クレーターは衝撃によりさらに深くなり、燃え盛る炎。

 その地獄の業火の中、影がふらりと立ち上がった。


「クフ、クフフフフ……痛烈、痛烈だぞ……少し驚いたぞ、ほんの少し、な」


 静かに笑うベリコサツ。

 それを見てシュウは舌打ちをする。


「フン……やはり効かないか」


 ここに来る前に感じた膨大な魔力。

 あれは恐らく、最上級魔法であるエクリクシィよりも威力があったはず。

 魔法が作り出したであろうクレーターが、その威力を物語っていた。

 クレーターだけで判断するには正確さに欠けるが、1.5倍は威力があったと予想される。

 それほどまでの魔法を受けながら生還しているのだから、エクリクシィで倒せるはずもない。


「なかなか硬いな」

「貴様良い瞳をしているな、蒼く美しい。そして、勝利を諦めていない輝ける瞳だ」


 よろめきながらも、炎から抜け出してくるベリコサツ。

 よく見ると、リトス・ケラスが当たったわき腹に、僅かながらへこみができている。

 体もひび割れ、焼けていて無事ではない。

 ――だが、この程度のダメージとなると、同じことを最低五回は繰り返さなければいけない。


「うおおおぉぉ!」


 拳を握り突撃してくるベリコサツ。

 振るわれる拳を躱しながらシュウは考える。


(そのような悠長なマネはさせてはくれない、か)


 となると、一撃で決めるしかない。

 どうやって?

 ダメージを与える方法を考えるシュウだが、ベリコサツは攻撃の手を緩めることはない。

 シュウは回避に専念せざるを得なくなっていた。

 できるだけ最低限の動きで拳を躱し、避けきれない場合は風爪魔法で拳を逸らす。


 急にベリコサツが追撃を止め、距離を離してフットワークを刻む。

 その隙を見て魔法を発動しようとするシュウ。

 ベリコサツは懐へと飛び込む。

 放たれる火球魔法を意にも介せず、攻撃をその身に受けたまま左足を前に出して渾身の右ストレートを繰り出す。

 鋭い突き、だが獣人種ワービーストには遅すぎる。

 シュウは難なくその拳を回避す――


「がはっ……!?」


 シュウを襲うのはわき腹の激痛。

 避けきれなかった攻撃、それは左のアッパー。

 踏み込みで右のストレートが来ると誤認させたフェイント。

 吹き飛んだ体がクレーターの壁へと激突する。


「貴様達獣人種ワービーストには効くだろう?」


 獣人種ワービーストの動体視力は非常に高く、ほとんどの攻撃を読み切ることができる。

 だが、それは目の前の些細な行動も見逃さないことであり、フェイントに簡単に引っかかってしまうことでもあるのだ。

 フェイントの後、アッパーが見えたところで体は既に動き終えていて回避は不可能。

 地面で苦しむシュウにベリコサツが歩み寄っていく。


「くっ……」


 シュウは痛む体を奮わせ走り出す。

 幼い体故かダメージが大きい。

 追いかけてくるベリコサツに魔法を放ちながら距離を開ける。

 通常魔法に交えて、先ほどと同じ様にベリコサツを打ち上げようとするが、動きながらでは当てることは難しい。

 かと言って、今の状態で接近戦を挑めば競り負けることは必至。


 ならば、次にやることは決まっている。

 シュウは真上へ大きく跳躍した。


「リトス・クリスタッロ!」


 そして、真下へ土球魔法を撃つ。

 地面で反射した土球魔法に乗り、シュウは空へと向かう。

 敵を空中へ飛ばせないのなら、自分が飛ぶしかない。


「明星を妬む紅き巨人、破滅へと誘う煉獄の炎、汝が咆哮にて創造するは崩壊、解き放ち、焼き尽くし、飲み干せ、其れこそが天地開闢と知れ――エクリクシィ!」


 シエル戦の時と同じ方法、空から太陽を落とす。

 遠距離の攻撃方法がない羅刹種オーガに対しては、安全に最上級魔法を詠唱できる最適解だ。

 ベリコサツは落ちる太陽を頭上に、避けるには遅いと判断したのか両腕を交差して頭を守っている。


「ぐおおおおおお!」


 太陽がベリコサツを飲み込み、爆発を生む。

 焼き尽くす炎、二度目の最上級魔法。

 巨大なクレーターに新たなクレーターを作り出す。

 着地してベリコサツの状態を確認する。


「焼石に水、だな」


 案の定、ダメージは与えられこそするものの決定打に欠ける。

 それがシュウの結論だった。

 最上級魔法でもあの程度となると、やはり羅刹種オーガの硬さは尋常でないと再認識させられる。

 だが、それでも、それしか方法が無いのなら同じことを何度も繰り返すしか道は残っていない。

 幸い、完全に無効にされている訳ではないのだから……。


『グオオオオオオォォオオオォォォ!!』


 シュウが羅刹種オーガの耐久力の高さに関心していたその時、禍々しい咆哮が響いた。


「ヤヤマルの戦っている方向だな。アイ」

「【起動】『衛星瞳サテライト・アイ』」

「……無茶苦茶だな」


 もしもの時の為に衛星瞳サテライト・アイでヤヤマルの戦況を覗いたシュウが見たのは、地面を砕くほどの力でヤヤマルを圧倒するタランドゥスだった。

 その姿はまさに羅刹。

 力任せに暴れ狂う鬼。

 戦闘スタイルも戦略もまるでない、暴力的なまでの力。

 最初に見たタランドゥスとは別人にも見える。


「まさか、あれがローブの男に貰ったとかいう力か?」


 恐らくは理性と引き換えに戦闘力を上げているのだろう。

 焼ける地面の範囲から出てくるベリコサツへと視線を戻す。

 ふらり、ふらり、と何やら様子がおかしい。

 見た目上のダメージはあまり無いように見えるが、高温の空気でも吸って内臓が焼けたか、二酸化炭素中毒だろうか。

 そんなヤワだとは思えないが。


「ク、フ……クフフクケキククキクフフフフ!」


 突然、カタカタと笑いだしたベリコサツを警戒する。

 ゆらり、ゆらり。

 両腕は力なく下ろされ、先ほどまでのボクシングスタイルは無い。


「……キサマァ、イいヒトミをしているな、アオくウツクしい」


 一度目のエクリクシィの時に言われたセリフ。

 そのセリフをベリコサツは繰り返す。


「その言葉はさっきも聞いたぞ」


 同じセリフ、だが違う。

 本能が告げる、アレは危険だと。

 だらだらと涎を垂らして、血走る眼でベリコサツは言う。


「――ウマそうだ……ッ!!」

「速い!?」


 ゆったりした動きからの急加速。

 その速度差もあるだろうが、それを踏まえても速い。

 明らかに速度が上がっている。


「くっ!」


 ギリギリで躱した拳が後ろの壁を易々と砕く。

 距離を開け、火球魔法で牽制するシュウにベリコサツは追撃を仕掛けた。

 手負いとは言え、獣人種ワービーストが『最も敏速な種族』と呼ばれるのは伊達ではない。

 小回りの利く小柄な体と速力は、並大抵の生物を置き去りにする。


「このまま距離を取って隙を見て飛ぶ!」

「イ、イ、イイイイイイイィヒト、ヒトヒトヒトトトミミ!」

「なっ!?」

「【自動防御】エダフォス・アスピス」


 ――その『最も敏速な種族』にベリコサツは追いつき、拳をねじり込んだ。

 ローブの男が、彼等ベリコサツとタランドゥスに与えた力こそ『狂鬼』。

 『狂鬼』それは、痛覚を遮断し身体能力の枷を解き放ち、眠れる力を呼び覚ますモノ。

 と同時に、欲求を際限なく開放し、知性、理性、感性を消失させるモノ。


 アイの防御諸共殴りつけられた体が地面を跳ねる。


(内臓とあばらを二、三本やられたか……思い返してみれば、重傷を負うのも久しぶり、だった、な……)


 薄れゆく意識の中、シュウはそんな事を思った。

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最強魔術師の俺、転生したら猫耳幼女!? 赤魔珠乃 @AkamaJuno

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