24話 最も堅牢な種族Ⅱ

「くそぉっ!」


 おたぐりは拳を地面に叩きつけ、憤りを露わにする。

 怒り、悔しさ、悲しみ。

 誇り高き我々が、こんな女子供に助けられた。

 亡き同胞の仇を取ることすら、相打ちに倒れる事すら叶わない。

 それでいて、現実は部隊は壊滅状態で彼等に頼るしかなく、敗れ去る彼等を止めることもできない。


「……我々の、無力のせいで……」

「復讐の為に身を滅ぼしては駄目です。ユッケさんが亡くなる事で悲しむ人がいるように、あなた方が亡くなる事で悲しむ人もいるんです」


 ケイトの説得におたぐりは声を荒げる。


「それならば! なおのこと、人喰い鬼を討伐する為に立ち上がらなくてはならない! ここで我々が敗北すれば、次は村に残っている女子供だ。我々には守るべき者達がいる!」


 戦わねば。

 その気持ちが、周りに集う同志達を立ち上がらせた。

 傷付いて、精神的にもボロボロの状態だが、それでも彼等は守るべき者の為に戦うことを諦めない。

 おたぐりも、立ち上がる同志達を見て自らの肉体を奮い立たせる。

 そんな、今にも戦いに参加しようとしている幻馬種ケンタウロス達をケイトが慌てて説得する。


「シュウはあなた方の為に戦っているんです。シュウの思いを無駄にするつもりですか!?」

「なればこそ、我々は参戦する義務がある。皆の者、ユッケの同胞を援護するぞー!!」

「「うおおおお!!」」


 幻馬種ケンタウロス達は武器を掲げ叫び、足を引きずり走り出す。


「大地よ受け止めよ、エダフォス・アスピス!」


 ――が、その行く先を阻むかのように次々大地がせり上がり、幻馬種ケンタウロス達の行進を止める。


「なに!?」


 出現するのは、幻馬種ケンタウロスより二回りは高い土の壁。

 その壁はシエルとの闘いの時に、団員達がシエルのエクリクシィから観客を守る為に発動した盾の魔法。


「これは……」

「戦いの邪魔だ、怪我人は休んでいろ」


 壁の向こうから聞こえるシュウの声。

 反発する幻馬種ケンタウロス達。


「ふざけるな! 我々も戦うぞ、この壁を退けろ!」

「聞こえなかったのか? 邪魔だと言ったんだ」

「くそ! 馬鹿にしやがって!」


 幻馬種ケンタウロスが武器で、魔法で壁を壊そうとする。

 しかし、もはや力は残っておらず破壊には至らない。


「壁も壊せないザマではないか、大人しくしていろ。邪魔をするな、三度目だ」


 壁の向こうから聞こえるのは、戦闘によって気分が高揚したシュウの声。

 幻馬種ケンタウロスの体を心配するどころか、お楽しみを邪魔するなといった苛立ちが垣間見えるてくる。

 おたぐりは思わず苦笑いを浮かべた。

 これには、ケイトも乾いた笑いを返すしか無い。


「あれのどこが我々の事思って、だ」

「ははは……シュウはきっとこう伝えたいんです。壁も壊せないくらい怪我をなさっているので、ゆっくり休んでここは私に任せてください、と……多分」








「これくらい離れればいいっスかねー」


 クレーターから充分に距離を離れたことを確認し、ヤエヤママルは一息吐く。


「やっと追いついた……」


 ドタドタと、すぐさま追いつく弟の羅刹種オーガ

 目の前の敵を見据えて、ヤエヤママルは腰を低く落とし戦闘態勢へと移行。

 半身に構え、拳を固く握る。


「どっすこーい!」


 ヤエヤママルが構えるのを見て、弟の羅刹種オーガが足を高く上げ、しこを踏む。

 落とされた足が重音を響かせる。


「俺はタランドゥス。この取り組み、早く終わらせる」


 右の拳を地面へ付け、前に体重を掛けるタランドゥス。


「はっけよーい……」


 そして――


「のこった!!」


 タランドゥスは勢いよく弾きだされる黒の弾丸となって、ヤエヤママルへと突撃。

 迫りくる巨体を受け流し、ヤエヤママルはシュウの方向を横目で見る。

 その姿はクレーターに隠れて見えない。


(早くこいつを倒して、ヒナタに合流しないとダメっスね)


 羅刹種オーガの縄張り争いとの名目で遣わされたヤエヤママル。

 今やその名目は無駄になり、ただの救援になってしまったが、こいつを追い出すことはできる。

 つまり、縄張り争いに勝利すればいい。

 並大抵の攻撃は効かない羅刹種オーガの縄張り争いの勝敗は、戦闘力で決まるのだから。


 より多く有効な技を決める事。

 もしくは参ったと言わせる事。

 それこそが勝利条件。


「どすこいどすこい!」


 連続で打ち込まれる突っ張りを手刀で逸らし、受け流す。

 逸らされ続ける張り手。

 それなら、とタランドゥスは体重を乗せ攻撃する。


「どりゃあ!」


 ヤエヤママルはその攻撃を危なげなく受け流し、バランスを崩す巨体に腰の入った回し蹴りをねじり込む。


「せいや!」


 巨体の重量がずしりと足にかかる。


「やっぱりこの体格差はきついっス! でもあれを使うのは……」

「全然効かんなぁ」


 バックステップで距離を取り、様子を見るヤエヤママル。

 タランドゥスは、じゅるりと舌なめずりする。

 捕食対象はヤエヤママルではない。

 ヤエヤママルを倒した後に貰えるご褒美。

 黒色の兎と、付け合わせの灰色の子猫。

 幻馬種ケンタウロスと同じく、いつも食べていた魔獣よりも美味しいのだろうと胸が躍るのだ。


「ああ~、早く喰いたい、早く早く早く早く早く!」


 餌を前に待てをされる犬のように、タランドゥスは涎をだらしなく垂れ流す。

 それを見て、ヤエヤママルは呆れた表情を見せる。


「亜人を喰うのは禁忌っスよ、知ってると思うっスけど」

「知らねぇ、知ったこっちゃねぇよ。俺は喰いたいんだよおぉぉ!!」


 湧き上がる飢えを紛らわせるように、体を細かく震わせ叫ぶタランドゥス。

 警戒して構えをとるヤエヤママル。

 タランドゥス独り言のように叫び続ける。


「あの野郎に力を貰ったあの時から、腹が減って減って仕方ねえええぇんだよおおおおおぉ!!!!」


 再び前方へ重心を傾け、地面が抉れるほどの脚力で体当たりを仕掛ける。

 その速度は決して早くは無いが、避け切ることもできない。

 かと言って、ヤエヤママルの細身の体躯では受けきることはできない。


 ならば、正面から受け止める――振りをして、体当たりをかわして足払いで転ばせる。

 後は関節技を決めればおしまい。

 いくら強固な肉体を持とうとも、付け入る隙はあるのだから。

 例えば関節や、目、内臓といった、機能上どうしても柔らかい部分だ。


 ヤエヤママルは、自分を弾き飛ばそうとするタランドゥスの体当たりを受け止める構えをとる。

 そして、体がぶつかった瞬間に右足を引き、タランドゥスの重心を崩す。


「うおっ」


 急にぶつかる対象を無くしたタランドゥスの体は、予定通り足払いでいとも容易く自由を失う。

 そして、ヤエヤママルはぶつかる時に掴んだ腕を引っ張り、その腕を足で挟んでタランドゥスと共に地面へ倒れ込む。


「いででででで」


 決める関節技は腕挫十字固うでひしぎじゅうじがため

 タランドゥスの上腕部を両足で固定し、頭部と腕を締め上げる。


(完全に決まったっス。ちょろいっスね~)


 技を振りほどこうともがくタランドゥス。

 だが、完璧に決まった腕挫十字固は、体格差があろうとも逃れることは不可能に近い。

 ヤエヤママルは込める力を強めて、タランドゥスへと警告する。


「このままだと腕を持っていかれるっスよ。早く降参することを勧めるっス」

「こ・と・わ・るー」


 痛がりながらも、降参を選択しないタランドゥス。

 ヤエヤママルは、仕方ない、と力をさらに強めた。

 腕を一本破壊して、拘束連行することにしたのだ。

 関節から靱帯の悲鳴を上げる音がバリバリと鳴る。


(気は進まないっスけどねー……)


 もう少しで靱帯が破断しようとしていたその時、ヤエヤママルは信じられない体験をする。

 禍々しい雰囲気と共に、轟くのは魔獣のような咆哮。


「グオオオオオオォォオオオォォォ!!」


 そして、腕をがっちりと捉えていたヤエヤママルを軽々と投げ飛ばす。


「うわあぁぁ!」


 ヤエヤママルはなんとか受け身を取り着地して、異変が起きたタランドゥスを見る。

 そこにいたのは、知性の欠片も感じない純粋な狂気。

 直後、狂気が牙を剥いた。








 魔法の不便なところは、発動位置の範囲が狭い事だとシュウは考えている。

 発動位置の範囲、つまりは魔法の出現位置。

 魔法を出現させられる位置は、両腕を広げた範囲+α。

 さらには、魔法によって発動しやすい位置というものが存在するのだ。

 例えば、基本的な球系魔法は広げた手のひらの前から。

 例えば、尻尾魔法は尾てい骨の位置から。

 例えば、爪魔法は指の先から。


 このように、大抵の発動位置は決まっている。

 魔法を極めれば、範囲内であればどこからでも発動できるようになることは可能だが、やはり、遠く離れた位置から発動することはできない。


「アネモス・ニヒ」


 頭を狙った殴りを屈んで回避し、足へと風爪魔法で斬りかかるシュウ。

 ――が、その攻撃はベリコサツに傷一つ付けることも叶わない。

 シュウは難しい顔をして、左手を横へと伸ばす。

 すると、拳を振り下ろすベリコサツの頭に、真横から火球魔法が直撃し上半身を揺らす。

 

 それは、伸ばした左手の方向から発動した火球魔法。

 通常ではあり得ない、離れた地点からの魔法攻撃。

 この異常な事態にも、ベリコサツは表情を変える事はない。

 既に、このやり取りは何度も行われていた。

 最初こそ驚きの表情を見せたベリコサツだが、いくら異常であろうとも慣れる程に。


 離れた場所から魔法を発動する常識外の技。

 魔術、天涯比燐てんがいひりん

 これは、三つの変異魔法ストレンジアーツの解析によってもたらされた賜物だった。

 ケイト・ルナ・クレシエンテの空間移動の変異魔法ストレンジアーツ月への憧れクラロ・デ・ルナ・アドミラシオン』。

 ヒトミの物を抜き取る変異魔法ストレンジアーツ『エクストラクト』。

 シエル・カルマンの対象箇所同士を結びつける変異魔法ストレンジアーツ強要の遭マーシー・ソーイング』。

 これらから得られた効果こそが、対象地点に効果を送る効果(対象地点は選べない)。

 対象を決定する効果。

 対象を繋ぐ効果(対象は選べない)だった。

 それらをシュウの変異魔法ストレンジアーツ呪文機構スペルギア』で組み合わせることによって、離れた地点から魔法を発動することが可能になったのである。


 これによって、先ほど幻馬種ケンタウロスの行く手を阻んだ土盾魔法、エダフォス・アスピスも離れた位置でありながら、幻馬種ケンタウロスの眼前に発動することができたのだ。


「アネモス・クリスタッロ!」


 この魔術を使い、攻撃の効かないベリコサツにシュウは新たな策を実行する。


「ぬっ!?」


 身長差があるシュウへ攻撃しようと、重心が前に寄っていたベリコサツを後方からの不意打ちが襲う。

 バランスを崩したベリコサツに、今度は真下からの風球魔法が腹部に命中する。

 損傷こそないものの、被弾面積が広がった体を空中へ浮かすには十分だった。


「アネモス・クリスタッロ!」


 シュウは僅かに浮いたベリコサツに、間髪入れずに同じように下から風球魔法で追撃。

 ――連撃、その攻撃を何度も何度も繰り返しベリコサツを上空へと打ち上げる。

 そしてついには、周りに立ち並ぶ巨大な樹木さえも超える高度へと達した。


 如何なる攻撃も受け付けない硬度でも、高所から叩き落せば無事では済まないはずだ。

 それがシュウの考えだった。

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