23話 最も堅牢な種族Ⅰ

「そんな、馬鹿な……! マギア・マーザの直撃を受けてなお、なぜ立ち上がれる!?」


 足元がふらついている羅刹種オーガ、その身はボロボロで所々ひび割れ、もう一度マギア・マーザを放てば確実に息の根を止めることができるだろう。

 しかし、マギア・マーザは全てを賭した一度きりの魔法。

 二度は無い。


「止めを……刺さなければ……」


 ボロボロの状態なら、恐らく刃も通るはずだ。

 もう、おたぐりの余力もほとんど残っていない。

 死力を尽くし、この渾身の一撃で終止符を打つ。

 おたぐりは自らの大剣を振り上げ、クレーターを駆け下りる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!!」


 ――おたぐりは理解できない。

 なぜ、振り下ろした武器が届いていないのか。

 なぜ、自分が空中を舞っているのか。


 打ち付けられ、地面を滑る体。

 状況を理解できたのは、激痛が体中を走り回った時だった。

 事実に、理解してなお頭が混乱する。


「弟よ、随分追い詰めらているな」

「兄貴……すまねぇ」


 なぜ――


「――なぜ……羅刹種オーガが、二体いる……っ!!」


 今さっきまで戦っていた羅刹種オーガを庇うように現れ、おたぐりをその拳で殴り飛ばした正体。

 それは長身細身の羅刹種オーガだった。

 羅刹種オーガは、自らの角を髪をかき上げるようになぞる。

 弓のように湾曲した角。先端は内側に向かって四つに分かれており、付け根は薄く四角に広がった突起が角の隙間を狭めている。


「ほら、これを喰って傷を癒すんだ」


 兄貴と呼ばれた羅刹種オーガはおたぐりから視線を外さずに、頭程の大きさの肉塊を後ろにいる弟へ渡す。


「助かるぜ」


 弟は肉を受け取って貪り食う。

 弟を背に、兄は声を掛ける。

 その声色に心配した様子はない。


「痛い目を見たな」

「参ったぜ……すっかり狂気も覚めちまった」

「お前はいつも食欲を優先させ過ぎる。少しは我慢を覚えたらどうだ」


 肉をペロリと平らげて弟は言う。

 肉に治癒効果でもあったのか、いつの間にか僅かながら傷は癒え、体力も回復したようだ。


「でもよ、目の前に旨そうな食いもんがあったら我慢できねぇよ」

「ディナーは安全なところで、優雅に食べるべきだ。だから、まずはこいつを殺そう」


 兄は手のひらを真っすぐ伸ばして構え、地面に横たわるおたぐりへと歩み寄る。


「ぐうぅ……」


 おたぐりは迫りくる死から逃れようと、体を起こそうとするがまるで力が入らない。

 兄はおたぐりの前に立つと、伸ばした指先を突き刺そうと振りかぶる。


「さらばだ」

「そこまでっス!!」


 ここまでか、おたぐりが死を覚悟した時、森の広場に声が響く。

 突然の声に、兄は振り上げた手を止める。


 森を抜けてきたのは一体の羅刹種オーガ

 長身の方の羅刹種オーガより身長は高くないが、細身で筋肉質。

 そして、例に漏れず漆黒の体。

 三体目の羅刹種オーガの登場に、おたぐりが身を震わせる。


「ひぃぃ……」


 羅刹種オーガ達の後ろから現れた新手の羅刹種オーガに、おたぐりは後ずさりする。

 一方、幻馬種ケンタウロス達を襲っていた羅刹種オーガは見知らぬ登場人物に問う。


「貴様は誰だ?」

「糾合騎士団、『地獄の回転台ヘルスロット』ヤエヤママルっス! 狼藉はそこまでっスよ!」

「……成程、私の邪魔をしようというのだな?」


 二人のやり取りに、おたぐりは気付く。


「仲間、ではない?」


 なぜ、同種族で対立しているのだ?

 なぜ、思想が違う?

 ヤエヤママルと名乗る羅刹種オーガは言った、糾合騎士団と。

 つまりは、ユッケの同胞になる。

 と、なると……


「救援……?」

「そうっス! アンタ達を助けに来たっス!」

「そんな、嘘だ!」

「混乱しているようだな、嘘ではない。オレ達は幻馬種ケンタウロスを支援する」


 疑いに答えるのは、幼女の声。

 ヤエヤママルの後ろから、その姿を見せる。

 猫耳の灰髪幼女と兎耳の黒髪少女。


「助けに来ました!」

獣人種ワービースト!?」


 「証拠だ」と、猫耳幼女が見せつけるのは、糾合騎士団の黒い手帳。

 ヤエヤママルもそれを見て、思い出したかのように慌てて手帳を取り出す。


「『白銀の幻日』ヒナタ・シュウだ」

「ケイト・ルナ・クレシエンテです! 安心してください、私達があなた方を助けます!」


 獣人種ワービーストと糾合騎士団の手帳。

 それだけで十分な信用には足る。

 だがしかし――


「……けるな」


 助けに来ただと? 鬼風情が。

 救援だと? こんな子供が。

 安心しろだと? こんな少女が。


「ふざけるなっ!! 我々は助けなど、求めて、いない、救援は断ったはず、だっ!! 人喰い鬼は、我々が打ち倒す……っ!!!!」


 場違いに響く救援への怒号。

 これに、ケイトが苦しそうに叫ぶ。


「そんな身勝手な復讐の為にっ、プライドで無駄に命を落とすのですか!?」

「身勝手でも、構わん! こんな女子供に、助けられるなど、毛頭御免だ! ぐぅ……」


 おたぐりは倒れた体を起こそうとするが、痛みに倒れる。


「グランハに残った人たちは、あなた方の無事を祈っています。どうか、私達に任せて欲しい、どうか……!」

「話は済んだか?」


 一瞬の静寂ののち、傍観を決めていた兄の羅刹種オーガが、おたぐりへと腕を振り下ろす。


「させん」


 振り下ろした腕を弾くのは、シュウの土球魔法。

 腕を弾かれ、僅かに苛立ちが現れる兄の羅刹種オーガ


「兄貴ぃ、面倒だ、あっちからやっちまおうぜ。俺あの兎喰いてぇ」

「名案だな弟よ。だが、お前の相手はそっちの羅刹種オーガだ。我慢を覚えるためにな」


 指を咥え、涎を汚く垂らす弟の羅刹種オーガは、残念そうに項垂れる。

 向けられる敵意にヤエヤママルとケイトは警戒する。


「分かった」

「こっちっス!」


 兄の命令を受け入れた弟は、ヤエヤママルへと向けクレーターを駆け上がっていく。

 ヤエヤママルは兄と弟を引き離すため、広場を森に沿って走り分断する。

 睨み合う兄の羅刹種オーガとシュウ。


「え?」


 その時、兄の羅刹種オーガの後ろから聞こえる間抜けな声。

 振り向くと、さっきまでそこにいたはずのおたぐりが消えていた。

 そして、灰色の獣人種ワービーストの隣にいたはずの黒色の獣人種ワービーストも姿を消している。


「何だ!?」


 正体は、ケイトの変異魔法ストレンジアーツ月への憧れクラロ・デ・ルナ・アドミラシオン』。

 空間移動する変異魔法ストレンジアーツによっておたぐりは安全な場所、幻馬種ケンタウロス達が集う場所へケイトと共に移動したのだ。

 兄の羅刹種オーガは一瞬の驚愕を捨て、目の前の敵、灰色の獣人種ワービーストへと対峙する。


「とんだ手品だが、まあいい。私の相手は貴様なのだろう?」

「ああそうだ」


 クレーターを滑って降りる灰色の子猫。

 そして、羅刹種オーガの目の前に止まる。


「お前達羅刹種オーガは普段は魔獣を喰ってるそうだな、なぜ幻馬種ケンタウロスを?」

「美味いからだ、気付かなかったよ。これもあの方のおかげだ」

「あの方? ローブの男の事か?」

「初めは仕事の依頼だった。アフティなんちゃらとかいう奴を殺してほしいと」


 シュウは謎の男の言葉を思い出す。

 『わたくしはしっかりと糾合騎士団の幹部を殺せたのか、そしてその後の請負人の体調の状態を確認しに来たのです』

 つまりは、請負人というのがこの羅刹種オーガの兄弟だった訳か。


「あの方は素晴らしい! 力をくれただけでなく幻馬種ケンタウロスの美味さを教えてくださった。実際、その力のおかげで初めに喰ったアフティなんちゃらとかいう奴も楽勝だったからな。欲を言うならもう少し歯ごたえがあっても良かったが」

「自白には十分だな、どれ平和の為にお前を討伐してやろう」


 楽しそうに、嬉しそうに語る羅刹種オーガ

 だが、シュウが敵意を露わにした瞬間、その表情を真剣なものにする。


「私は傭兵、ベリコサツ。望みは薄いが、貴様が少しは骨があることを願う」

「糾合騎士団『白銀の幻日』ヒナタ・シュウ。外見は子猫だが、中身は猛虎だ。油断せず全力で来い」


 クレーターの中心で向かい合う二人。

 今、戦いの幕が切って落とされた。

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